第20話 美女の正体
一番焼け焦げていた廃屋には魔導隊による侵入防止魔法で規制されていた。
逃げた住人の話を聞くと、そこでは複数の人間が炎で焼かれていたという……。
現場は異臭すらなく、焦げ跡だけが残っていた。
「……本当、何考えてるか分からない集団だったわね……」
「……そうだな。加えて、此処へ戻ってきて気づいたことがある」
「防壁結界魔法だろう。貴様の言うことは正しいかもしれない」
複雑な表情をするネフリティスは、何もない地面へ触れる。当然幽霊に触れる感覚はない。
赤の魔女の違和感。三大魔女は強固な防壁結界魔法に守られているため、サフィールの放った魔弾がなんの衝撃もなく肩へ被弾するはずはない。
しかも、赤の魔女は血の涙を流して自分の炎で顔が焼かれていた。あの現象も意味が分からない。
そして、闇の結社たちは残らず赤の魔女に殺されたのか……実態は不明だった。
魔導隊の目が光る廃屋をあとにして、表通りに戻ってきたとき。曲がり角で走ってきた女性とぶつかり、転倒しそうになる相手を受け止める。
「あっ……す、すみません……お怪我は」
「いえ、俺の方は特に何も」
「あの……不躾で申し訳ないのですが、茶髪でうなじが見える短い髪をした十六の女の子を見ませんでしたか?」
「えっ……それって、いつの話だ」
思わず女性の肩を両手で掴むサフィールに、ネフリティスから駄目だしが飛んできた。紳士として、あるまじき行為だと罵られ、謝罪して手を離すサフィールをルベウスが鼻で笑う。
また行方不明の少女を探す家族に出会った。
娘が行方不明になったのは、ちょうど赤の魔女による襲撃後――。
「あの赤の魔女は本物じゃなかった……。そして、また行方不明の少女か」
「複数の同一魔女か。謎解きみたいで面白い」
「全然面白くないんだけどー⁉ これだから妖精族はー!」
「そうだ。行方不明の少女がいたなら、あのとき見た女も――」
サフィールは一度だけ目撃した人形のように美しく、巷で見ない髪色の女を探して歩き回る。
二人も後ろからついていき、町中を探し回ったが該当の人物はいなかった。諦めて町の入口へ戻ってきたときだ。
風になびく煌びやかな髪へ、時間が止まったかと錯覚するほど目を奪われる。
色素の薄い茜色――。
「待て」
ルベウスが何かを言おうと口を開いた直後、サフィールの体は動いていた。
ネフリティスの言葉をすっかり忘れて女の腕を掴んだ瞬間、芯まで冷えるような感覚と突き刺さる胸の痛み――動悸に襲われる。
こちらへ振り返る女は赤の魔女とも異なり、血が通った人間とは思えない無表情さで、視線も合わない造り物のようだった――。
棒立ちの女は抵抗することなく、サフィールは握力も失われたように掴んでいた手は離れ、その場で崩れるよう膝をつく。突然のことで全員がサフィールに注目する間、女の姿は消えていた。
「うっ……ぐッ……!」
「ちょっ! ちょっと、大丈夫!? えっ……また、あのときみたいな⁉」
「体の拒絶感がある。あの異変より鼓動も早い」
なぜか相変わらず息のあった二人を気にする余裕がないほど、サフィールは寒さで体を震わせる。ルベウスが触れると氷のように冷たく、肌の色も青白く唇は紫に染まっていった。何か暖かいものを貰ってくるとルベウスは町の中へ颯爽と消えていく。
何も出来ず地面に大量の汗が滴るサフィールの上空でネフリティスは飛び回っていた。
視界がぼやけるサフィールの双眸に、廃屋とは反対側の静かな路地裏から姿を見せる人影が映る。
紫色のローブ姿でフードを目深に被った横から白髪が覗く老婆だった。
青白い顔の額から汗が滴るサフィールは少しだけ顔を上げる。辛うじて見える老婆の顔はフードによって、動く口元しか分からない。
「――魔女に触れし者。凍りつき息絶える」
「――どう、言う……」
「意味だ」と問いかける前に急な突風が襲いかかり、一瞬目を離しただけで老婆は忽然と消えていた。
幽霊なのに同じく顔を覆ってしまったネフリティスも叫ぶ。
意味深な老婆の言葉がサフィールの頭を巡った。
思考が停止するサフィールの前に、毛布と暖かいスープを手に戻ってきたルベウスが頬へ触れてくる。
「大丈夫じゃないが、意識をしっかり持て。スープだ。飲め」
「あっ……悪い……」
「町の人間が、近くにある森の奥に秘湯があると教えてくれた。立てるか」
「秘湯……。それじゃあ、厳しい気がするけどな……」
足を動かそうとしたサフィールは手と同じ違和感を覚えた。まったく力が入らないどころか、抜けていく感覚に肩を揺らす。
状態の悪さを感じ取ったルベウスは、指を三本立てた。
「一、腰を支えて自力で歩く。ニ、荷物のように担ぐ。三、腰を抱いて運ぶ。どれが良いか決めろ」
「えっ……⁉ 三番って、もしかして……」
「一で頼む……他は……男の誇りを、失う予感がする……」
ルベウスの肩を借りて立ち上がるサフィールの足は、踏ん張らないとすぐにでも倒れそうなほど震えている。
身長差から肩に腕を回すことは出来ず、腰を支える形で一歩ずつ秘湯のある森へ向かって歩き出した。
森を歩きながらルベウスにも老婆の話を共有する。
「貴様たちが見た老婆の言葉を信じるのなら、サフィールが魔女だからこそ助かったとも言える」
「だけど……魔女同士なら、そもそも……こんなことには、ならないんじゃないか……?」
「貴様は魔女としては異例すぎる。男であること以外でも、一番は魂が消滅していないことだ」
「言われてみると、そうよね! それに、身体的変化もないし……? 偽魔女と出会って、魔力が解放されたことくらい?」
偽魔女と呼ぶネフリティスが先に湯気が出ている場所を見つけて飛んでいった。声の方を指さすサフィールの指示で移動するルベウスも、上空を流れる湯気に気づく。森の中でわずかに開けた場所へ踏み込んで、大人が二人入れるほどの水溜まりがあった。
サフィールを地面へ下ろしたルベウスは湯気が出ている水へ手を入れて確認する。
「温かい。ここで間違いないだろう」
「……確実に、意味は……なさないだろうけど、な」
「まずは試してからよ!」
サフィールのローブを脱がすルベウスの動きで、何かに気づくネフリティスが待ったをかけた。服を脱がせようとしていると思ったネフリティスは、言葉にならない言葉を口にして近くの大木へ身を隠す。
「お、終わったら呼んで‼」
「何が……」
「このまま入るぞ」
こっそり木の表面から顔だけ覗かせて、同化して見える異様なネフリティスと視線が合ったサフィールは、呆れた顔をしていた。
白いシャツから透けるサフィールの肌は湯気のせいで見えない。明るい紺色のベストにシャツを着込んでいるルベウスも同様だった。
だが、サフィールの言うとおり、震えは止まることなくさらに悪化していく。次第に視界がぼやけてきたサフィールはルベウスに支えられないと、顔を水面につけそうな勢いで、ネフリティスの呼びかけに虚ろな目を向けた。
幽霊だからこそ感じる恐怖に、唇を噛みしめるネフリティスがサフィールの前へ飛び出す。
「――まだ、こっちに来ちゃダメ……。魔女だか知らないけど、天才美少女魔導師を舐めないでよ‼」
両手を湯へ浸けるネフリティスの腕はすり抜けて見えるだけだったが、叫び声へ共鳴するように霊体である体が青く輝きだし、同時に秘湯も眩しい光で包まれた。




