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第19話 偽物の魔女

 一触即発になるか、隠した左手で魔導銃へ触れる刹那。門番の男が見ているのはサフィールたちが着ているローブの裏地である。

 赤の魔女を探しているため、ルベウスは色を赤くしていた。門番の男も赤い。


 急に笑顔へ変わった男はバンバンとサフィールの背中を叩いて陽気な声を上げる。


「いやー! 兄ちゃん若いのに分かってるじゃねぇの! やっぱり赤の魔女様だよなー。いやー、すべての魔女様は最高だけどオレの推しは断然赤の魔女様さ!」

「えっ……推し?」

「あ? 推しだから、赤い色をしてんだろうが! もしかして、もう古い言葉か? 一番好きってことだよ!」


 一番に押すから来ているらしい造語に困惑するサフィールを、ルベウスが話を合わせて無事中へ潜入した。

 思っていた印象とだいぶ違う闇の結社に、冷静を取り戻したサフィールは集落を見回す。


 簡易的ながら本格的な拠点で、平屋が密集していた。

 話で聞いたとおり、外にいる数だけでも三十人はいる。

 そんな中、一つの集団が広場らしい場所に集まっていた。

 風になびいて見えたローブの裏地は赤い。赤の魔女が襲撃してから二週間は経っていないため、まだ次はないだろうと踏んでいるサフィールはゆっくり近づいていく。途中で赤いローブへ気づいた男たちに腕を掴まれ連行された。


「俺達は同志だ! そんな恥ずかしがらずに集会を聞いていけ」

「あ、ああ……。なんだか、調子が狂う」

(われ)もだ。もう少し陰気臭いとばかり思っていた」


 中へ入ってから一切話さなくなったネフリティスも真剣な眼差しを向けている。

 ネフリティスが片手で反対の腕を抱いているときは、不安や戸惑いの表れでもあった。

 仕事に対しては冷静沈着なサフィールでも、想像と違って困惑する集団である。


 何を拗らせて魔導師の敵である厄災の魔女を崇拝しているのか……。


 思考を巡らせていると、パンパンと手を叩く音で全員が一点に注目する。

 中央にいたのは顎髭を生やし、黒いローブのフードを頭から目深に被って顔を隠しているが、手の肌感で分かる年配な男だ。


「赤の魔女様が、近くの町に降臨する」


 突拍子のない発言に目を見張るサフィールとは違い、周りの信者たちは野太い声を上げる。

 どこで得た情報かまったく分からない中、身支度をする中年の男に声をかけた。


「俺たちは最近になって、その――赤の魔女様を信仰するようになったんだ。他の連中は、どうして崇拝しているんだ?」

「あぁ? そりゃあ、魔女様の魔法だよ! 俺は赤の魔女様に家を焼かれて放り出されたが、あの美しい赤い花弁……ずっと見ていられるくらい最高だろう?」

「えっ……ああ、そうだな。あんな独特で見た目が華やかな魔法は見たことが無かった」

「他の連中も基本的に魔女様の魔法を間近で見て、被害を受けた奴らだ。あれは人間の最高傑作だ……これで魔法界が滅ぶなら、運命だろうよ」


 完全に魅了されている中年の男は準備が出来たらしく、行列の出来ている輪の中へ入っていく。呆気に取られる内容へ困惑するサフィールは、無言でルベウスを見た。

 中年の男が言う話を鵜呑みにすると、闇の結社を名乗る者は、魔女の魔法による被害者で生き残り。そして、魔女の魔法に魅了された者たちだということ。


 正直言って、闇の結社に動機や目的はない。大抵の魔導師が抗えない存在に対して、畏怖(いふ)が反転して魂が歪んだ背景のように感じた。


 集会をしていた年配の男が号令をかける声で、サフィールたちも集落を出た。

 その数、約二十人。集落についての情報は得られず、無言でついていくことになってしまったサフィールたちは、年配の男へ導かれるまま隣町にたどり着く。


 同じ格好をした二十人の魔導師が一様に集まっている姿は異様であり、町の中はざわつきだした。

 ただ、ルベウスの地図だと魔女による被害を受けたことがない町らしく、運良く魔導隊は滞在していない。

 年配の男が先導するまま、路地裏へ入っていくと庭付きで大きな廃屋があった。年配の男は無言で中へ入っていく。

 周囲は花もなく雑草が生い茂るみすぼらしい庭の奥へ進んでいくと、見覚えのある姿態(したい)に目を見開いた。


「おお……赤の魔女様」

「――嘘だろう。本当に、赤の魔女なのか?」

「分からない。だが、見た目は赤の魔女にしか見えないのと、好き好んで魔女へ変身する奴は少ないだろう」


 瓜二つにしか見えない艶のある赤髪は腰まで垂れており、斜めに切り揃えられた前髪で片目が隠れた人形にしか見えない姿をした赤の魔女がいる。

 だが、本当に赤の魔女ならこんなに大人しくしているはずがない。

 沈黙した赤の魔女は、根が生えた木のように佇んでいる。人形のような顔からは表情を読むことも叶わない。


 手を合わせる信者たちの中で一番うしろにいたサフィールは、急な動悸を感じてふらついた。いままで感じたことのない体内を駆け巡るような熱に思わず胸を掴む。異変に気づいたのはネフリティスだった。


「えっ? ちょっと⁉ どうしたのよ、サフィール」

「うっ……分からない……急に、体が熱く――」

「サフィール。貴様の体から青い魔力の膜を感じる」

 

 基本的に魔力自体は視覚化出来ない。妖精族には視えている説もあるが、人間には不可能だ。

 沈黙していた赤の魔女もいつの間にかサフィールを見据えている。

 赤の魔女が動いたことで、信者たちもどよめくが、サフィールを魔女と思う者はいるはずもなく、認められた者と誤解して手を合わせ始めた。


 ただ、赤の魔女は違う。

 沈黙から一転して、片腕を伸ばす先は当然サフィールであり、手の先から赤い花弁が静かな波のように無風の中、円を描いて流れてきた。

 異変で身動きが取れないサフィールを庇ったルベウスが横へ転がるように押し倒す。赤い花弁は目的を失って背後の廃屋に触れた瞬間、燃え上がった。


 赤の魔女は花弁を操って炎へ変えると知られている。

 サフィールが実際に赤の魔女の魔法を見たのは初めてだった。


 異変に気づいた信者たちも赤の魔女に選ばれた者ではなく、敵と認識する。

 だが、どこか高揚して見える崇拝者たちは、赤の魔女が放つ花弁に魅了されてみえた。


「うっ……悪い……。だけど、あの赤の魔女は本物じゃない気がする――」

「直感というやつか。それとも、魔女としての同族嫌悪」

「ちょっと! そんなことより、あいつらやる気だからね⁉」


 赤の魔女を守るように前へ立ち塞がる闇の結社たちの目は血走っている。炎の魔法が赤い花弁として生み出される現象も分からない。

 体勢を立て直したサフィールは体の熱が馴染んだのを感じて掴んでいた胸から手を離して、魔導銃を取り出した。

 その瞬間、さらなる異変が襲う。握った黒い魔導銃が青く眩い光を纏っていた。これは魔導銃を購入したときに店員であり、魔導具師見習いでもあるフロイデが言っていた魔力の流れている証拠である。

 だが、サフィールは一切魔法も使えず自身の魔力を流す方法も分からない。


 呆気にとられるサフィールの手に馴染む魔導銃は、次第に姿を変えていく。筒状の部分がさらに前方へ突き出て、真四角に近い形状は全体的に細長く、持ち手の先へ翼のような鋭い突起が二つ現れた。


 入っている魔弾は赤の魔女を意識して氷魔法――。

 理解の追いつかない頭で一発だけ魔女へ向けて発砲する。撃ち出された魔弾は目で追えないほどの速さで肩へ命中し、赤の魔女の小さな顔を凌駕する氷の華を咲かせた。けた違いの威力で言葉を失う中、赤の魔女にも異変が起きる。


「アァァァァァ‼」


 急に叫び声を上げる赤の魔女へ視線が一心に注がれた。

 魔女の叫び声など聞いたことがないサフィールたちも驚きを隠せない。そして、最も重要なことすら気づかなかった。


 顔を覆う赤の魔女は、白い人形の顔に収まった作り物の眼球から赤い涙を流している。

 それは徐々に赤の魔女の白い肌を焦がしていった。


 激怒した信者たちの炎魔法が炸裂する。

 痛みを感じて叫んだわけでもなく、魔導隊で得た情報とは明らかに違う姿を気にしながら、ルベウスがサフィールの腕を掴んで促した。


「一旦引くべきだ」

「あっ……ああ、そうだな――」

「何が、どうなってるわけ……? 魔女って魂のない人形じゃないの⁉」


 魔女の奇声が轟き、ルベウスは逃げる最中、町の住人へ避難を促す警報魔法を発動する。逃げ惑う住人と共に外へ出たサフィールたちは、赤の魔女の炎で包まれる町を背にして追手が迫ることを危惧して走った。


 数日身を潜めたあと町へ戻ると、建物は焼け焦げて半壊したり、被害が目に見えて分かる光景と灰色の煙も未だ燻っている。

 ただ、ルベウスの警報魔法に加えて、赤の魔女が放った魔法の威力はさほど強くなく、“一部を除いて”町の住人への被害はゼロだった。

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