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第2話 圧の強い看板娘

 魂が消滅した肉体(うつわ)を素体とし、失われた部分はすべて魔力で満たされた美しい人形。

 心臓部は魔石となり、新たな肉体(うつわ)を稼働、形成している。それが、魔法界で生まれた魔女という厄災の存在だ――。



 どこへ行っても魔女の話で持ちきりな魔導師たちの会話が聞こえてくる街中を、昨晩酔い潰れたサフィールは二日酔いの頭を押さえながら徘徊している。


 此処は魔法界で三大都市の一つ、インフィニート。

 魔法暦の時代にあった魔法省の代わりを担う、魔導院の本部がある。当然、魔導隊の宿舎もあり、サフィールが所属する死刑執行者(ラモール)も街のどこかで隠れ住んでいた。


 街は平屋から三階建てもある家が連なり、基本として屋根は青く統一され、一階の半分は明るい煉瓦で造られていて白い壁で清潔感が目を引く。


 昨夜は酒場で寝てしまったはずなのに、朝を迎えて目を覚ましたら自分のベッドの上だったサフィールは面食らった。

 街を徘徊する前に立ち寄った酒場の店主は、眠ったまま一人勝手に家へ戻っていったと言う。

 思い出して複雑な表情をするサフィールは息を吐いた。


「――絶対、あの男だろう……。フィニス……だったか? 気づいたら消えていたのに、どこで俺に魔法を……」


 認識阻害が付与された黒いローブ姿で、焦げ茶色の少し跳ねた癖のある短髪をなびかせながら、目的地へ向かう。

 早朝であるため、大都市でも静かな時間が流れる中、敷地面積の広い店の前で立ち止まった。

 髪の色と変わらない焦げ茶色の切れ長な双眸(そうぼう)が見上げるのは、魔導具店と書かれた看板。


 白い壁が少しだけ灰色がかっているこの店は、五百年以上の歴史をもつ有名な老舗で、魔導具を買いに来る魔導師のために早朝から開いている。

 フィニスが言っていたように、魔導暦を生きる魔導師たちの魔力は低く、魔法の質もいいとは言えない。

 そこで、魔法暦ではちょっと役立つ道具扱いをされていた魔導具が一気に急成長し、いまでは欠かせない便利道具になっていた。

 

 魔法が使えないことを知られたくないサフィールは、店内へ入る前に頭からフードを目深に被る。

 「――これじゃあ、誰かさんみたいだ」と皮肉を口にしながら扉に手を伸ばした。


 カランと扉についた鈴の音を響かせて中へ入ってすぐ、店員とおぼしき女性が走ってくる。


「いらっしゃいませ! 当店は初めてでしょうか? 初心の方にも安心安全な、魔導具をお売りさせて頂いています!」

「あ、ああ……初めてだけど。好きに見て回ってもいいか?」

「はい! もちろんです! あっ、私は魔導具師見習いのフロイデと言います。店主の孫娘です! 何か分からないことがありましたら、お呼びください!」


 腰まである明るい茶髪の一部が三つ編みに結ばれ、一つにまとめて後ろへ縛った姿で微笑む彼女は、名前を名乗って店の奥へ消えていった。


 呆気にとられるサフィールの耳元で、途中何かに躓いたような悲鳴と音が聞こえたが、気にせず店内へ視線を向ける。

 昼間ではあるが、暖かみのある店内を演出している大きめな魔導灯が三つあった。横に広がった球体で、中心に黄昏色の光を放つ魔石が嵌っている。魔法界の灯りを担う魔導灯も様々な形、種類、用途で分かれていた。


 三つの魔導灯で照らされた巨大な白い棚に、整頓された魔導具がずらりと並んでいる。


「種類別になっていて分かりやすいな。あと武器になる物、それ以外の便利道具で分かれているわけか……」


 物心ついてから二十五年。魔法に頼った生活をしてきたサフィールにとって、魔導具店は不思議で溢れていた。

 武器になる魔導具は薬から形の異なる装備品まであり、触れる際は店員までと書かれている。明らかな危険物と思わしき発光物や刃物もあるから当然かもしれない。


「この発光物はなんだよ……小さすぎないか? 雷の魔法が付与されているのは分かるが――」

「そちらはですねー! 外と中に雷の魔法が付与されている品物でして! 威力は通常の魔弾(まだん)とは別格なんです!」

「魔弾……? って、呼んでないのに……地獄耳か」


 なぜか照れた仕草をするフロイデは聞いていないことまで説明し始める。

 しばらくして本題へ入ったところで、聞き馴染みのない単語に言葉を遮った。


「ちょっと待て。さっきの魔弾もだが、“魔導銃”ってなんだ? 流行りの武器か?」

「魔導銃というのは、こちらの商品になります! 素材は主に魔物から採れる魔石を重要な心臓部に配置し、他の部分は硬さを誇る魔法鉱物で作られています!」


 魔法が使えなくても分かるほど、魔法素材に包まれた銀色で手に馴染む少し斜めへ反った持ち手。筒状に空いた穴のある先は、持ち手部分より横に伸びた四角い得物。引き金になる部分は半円を描き、出っ張った箇所を指で引いて魔弾と呼ばれる専用の魔導具を使って対象を撃つ武器だと教わった。


 遠距離武器なところが魔導師に人気らしく、ただ扱いに慣れるまで時間がかかるらしい。

 優秀な魔導師なら、自身の魔力を魔導銃に流すことで軌道を調整することや、そのまま魔法を撃つことも可能だとか。


「……魔導師の武器っていう意味は分かった気がする。俺の中に魔力は流れていても……」


 どんなに集中しても体内魔力は動かない。


 サフィールの事情を知るはずもないフロイデは他に客がいないことで、あれやこれと紹介してきた。


「魔導銃の中でも、こちらは特別でして! 使われている魔法鉱物はなんと! 魔法暦でも一世を風靡したオブシディアン!」

「えっ……数多くのおとぎ話で、英雄譚にも出てくる?」

「そうです! オブシディアンは未だ謎の鉱物ですが……強度は保証します! 万一砕けても、自動修復機能付きです!」


 フロイデがこんなに熱演する理由は分からないが、オブシディアンという未知の素材が使われた魔導銃は一品だけしかなく、他よりも扱いやすいと絶賛する。

 値段が通常の魔導銃より十倍するとかで、店に置かれてからずっと残っているらしい。


 残念ながら金はあるのに趣味らしいものがなく、食事や衣類などにもこだわらないサフィールは、この魔導銃を購入しても溢れる財力があった。


「だけど、すぐに使いこなせるものじゃないんだろう?」

「うーん、そうですねぇ。おじいちゃん……祖父は、天才なら一週間でものにできる! とか言ってました!」

「一週間か……時間は有り余っているしな」

「あっ! 実は地下で試し撃ちが出来るんです! ずっと眠ったままで可哀相なので是非! 試し撃ちだけでも!」


 両手を合わせて懇願するフロイデに押されて試し撃ちだけと了承してしまったサフィールは、嬉しそうな彼女に連れられて地下室へ下りる。


 中は魔法鉱物で出来ているようで、防護結界魔法もされた武器の試し打ちが出来る場所だとすぐに分かった。


 壁向こうに(まと)があるだけの殺風景な場所で、フロイデから先ほどの魔導銃を受け取る。


「魔弾は練習用のを入れておきました! 鉱山で採れる魔石なので、不発もありますから! ちなみに、魔弾は六発まで入れられます!」

「不発もあるとか……だから、鉱山で採れる魔石と魔物じゃ値段が違ったのか――」

「あっ! 安心してください! うちで売ってる魔弾は魔物から採れる魔石を使用しているので不発はありません!」


 練習用として敢えて作られているだけで、粗悪品を売る魔導具店もあるから気をつけるよう忠告された。


 魔弾の込め方、軽く撃ち方を教わったサフィールは魔導銃を持った左腕を(まと)へ伸ばす。

 なぜか自然と額にじわりと汗が滲み、胸に手を当てなくても早くなる鼓動を感じて左右へ首を振った。

 通常の魔導銃は鼓膜を震わす音がするらしい。


 目を輝かすフロイデと違い、魔導具自体を使うのが初めてだったサフィールは、深呼吸してから重心を少しだけ前へ傾け(まと)に向かって一発を放つ。

 (まと)の端に当たった魔弾は一瞬ボワッと炎が上がってから鎮火した。


 辛うじて見える魔弾の速さと、体への衝撃も一切ない魔導銃は本当に魔法の代わりを担ってくれる予感がして、サフィールの胸を焦がす。


「……本当に一切音がしなかった。練習用の魔弾は炎の魔法か」

「でしょう!? なので、お値段に見合った価値は保証します! それから、初めてで(まと)に当たったのはお兄さんが初めてですよ!」

「持ち手部分も意外としっくりくるな……。もしも、これを購入したら、地下室に通うことは可能か?」

「――是非‼ 大歓迎です! その他、保証も充実していますよ! こちらをご購入された方には当店自慢の魔弾を一日計算六発として、三十日分! 百八十発お付けしています! それから――」


 長くなりそうなフロイデの話を軽く聞き流しながら、地面へ雨のような染みが出来ているのに気づくサフィールは額の汗を拭い、手に馴染む漆黒の魔導銃を握りしめた。

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