第18話 闇の結社
満足な食事をしたあと、聞こえてきた闇の結社について部屋で意見を交換していた。
「ルベウスは闇の結社についてどこまで知っていたんだ?」
魔導隊員から聞いたときに知っている素振りをしていたルベウスは、窓の壁へ背中を押しつけて立っている。
「当時は人間への興味が薄く、深くは調べていなかった。聞いた話以外で知っているのは、我の書いた地図で奴等の拠点はないことだ」
「規模としては五十人程度だったか? 数十年前にしては少ない数だが……結社なんて名乗っているわけだし、野良みたいな奴もいそうだな」
「わたしも魔女を崇拝してるような人間がいるとは思わなかった……。魔女なんて、人殺しの兵器なのにッ……」
二つあるベッドに座るサフィールの横で、普段より低くくなるネフリティスの声からは憎悪が感じ取れる。自分も魔女症候群によって魔女へなりかけて、自死を選ばざる終えなかったのだから当然の反応だ。
闇の結社はなぜか魔女を崇拝していて、捕まりそうになったら魔女の魔法で自ら命を絶っている。魔女は魂のない器であって、それ故に人形と呼ばれていた。洗脳などはあり得ない。
動機や目的、崇拝する背景など情報は少ないが、サフィールたちの敵であり、魔女の情報源になることは明確だ。
襲撃した闇の結社について目撃した住人がいるかもしれないため、町が起きる時間帯で情報収集することに決めて就寝する。
翌朝、予定を変更したことを酒場で仕込みをしていた店主へ伝え、他の客と同じ時間帯に朝食を済ませて宿を出た。
「はぁぁ……やっぱり、夜って暇よねぇ。ルベウスは起きてたけど、会話出来ないし」
「まぁ、俺も寝なくて済むならそうしたいけどな。ルベウスは寝ないのか?」
「我はどちらでも可能だ。ただ、寝るときは本当に何も考えることがないときだけだ」
妖精族は不老不死と同格扱いされる長寿にも関わらず、無駄を好まないらしい。ルベウス以外の妖精族はグランツしか知らないサフィールにとって、情報は浅くもある。
表通りでは住人が笑いながら歩いていた。とても良い町に見える。路地裏とはいえ、襲撃されたのは一般の魔導師ではない。だから他人事のようにすら感じられる風景だった。
手当たり次第聞き込みをするサフィールたちに住人は怪訝な表情をする。
他人事である話を蒸し返されるのを嫌っているような……。
だが、知っていることは素直に話してくれて情報を繋ぎ合わせるため、家屋の裏へ回る。
路地裏は町が起きている朝方ですらシーンと静まり返って、住人の姿すらない。表通りより僅かに肌寒さも感じた。
「闇の結社が逃げた方向は北の方らしい。町の外へ出た無法者を追いかける奴はいないからな……」
「ああ。我も同じだ。それから、魔導隊の宿舎がある路地裏。魔女へ対抗しうる存在の魔導隊が負傷したことで、家を空けている者が多いと聞いた」
「なるほどな……。だから、こんなに静かなのか。それと、崇拝する魔女によってローブの色を変えているらしいぞ」
「なんか、異常よね……。でも、他に有力情報はないみたいだし、北へ行くしかないんじゃない?」
しかも派手な色は裏地らしく、表に見えるのは黒くて分からないという。
ネフリティスの言うとおり、現状で他の選択肢はなかった。
早朝に町を経つ予定だったサフィールたちは、同じ酒場で昼食をとってから町を発つ。
宛もなく北を目指すことになったサフィールたちだったが、赤の魔女を探す道筋としても悪くはなかった。
ただ、見た目で特徴のない闇の結社とはいえ、表立って行動はしていないはずと踏んで、町へ続く道からそれて歩いている。
僅かな森へ続く獣道で急にルベウスが立ち止まった。
先頭を歩いていたサフィールは首をかしげる。
「貴様は魔法を封じられて感じなかったようだ。此処から先、結界魔法が張り巡らされている」
「えっ……それって、何かを隠している奴がいるってことか?」
「そうだ。壊すのは容易いが、気づかれぬよう潜り込むのが良いだろう」
「……そんなこと出来るのか?」
「造作もない」
他人の魔法へ干渉するため見えない何かに手の平で触れたルベウスは声を出さず、唇を動かした。
妖精族は基本的に魔導師と違って呪文を口へ出さなくても魔法が使える。魔力が形を成したと言われるだけあって、別格な存在だ。
まったく変化の見られない空間で、一歩踏み出したルベウスは空を見上げて沈黙している。
数分が経った頃、ようやく此方へ振り返るルベウスが目線と首だけで指示をしてきた。
「ちょっとー! 急に黙りで、その態度ってどうかと思うんだけど!」
「……いや、敢えてだろう」
誰が張った結界魔法かなど考える必要すらない。サフィールたちが追っている闇の結社は、未だに情報も少ないため会話をしながら結界内を歩くべきじゃないという判断からだ。
ひたすら森の中を歩いていき、開けた場所に出ると途端に簡易的な門が見えてくる。上の方には主張するような文字も並んでいた。結界魔法を過信しているのか、隠す気がないか、それとも――。
「闇の結社って、頭悪いのかしら。いま思うと、闇のとか結社って、拗らせた大人よね」
「お前が俺以外の大人に視えなくて良かったよ」
「えー⁉ なんでよ! わたし、変なこと言ってないでしょ⁉」
「闇の結社全員を敵に回すぞ」
「幽霊娘が小馬鹿にしているのは聞こえなくても想像出来る。ローブの色は変えた方が良いだろう」
ネフリティスが視えず、会話も聞こえないのを相変わらず読み取るルベウスを感心しながら、色を変える魔法を施してもらう。
念には念を入れると言って、顔も認識阻害魔法を掛けた。全身ではなく、一部にだけ掛けることで魔法を感知され難くする特徴もある。
こんなに近づいても中から聞こえてくる声に変化はみられない。魔法で造られただろう石壁に囲まれて中まで確認することは出来なかった。
慎重なのか、抜けているのか分からない闇の結社にため息をつく。
何かあったときのために腰の魔導銃を確認し、ルベウスを先頭に中へ入ったサフィールたちはすぐに門番と思われる裏地が赤い色の男に呼び止められた。




