第15話 行方不明の少女
涼しい風が頬を撫でる翌日、住人が寝ている早朝から出発しようとしていたサフィールたちは、町の出口で一人の女性に声をかけられ足を止める。
「あの、もし……魔導隊員の方でしょうか? そちらから出てきたのを拝見いたしまして……」
「いや……」
「良いんじゃない? 女の勘で危ない感じはしないし!」
「女の勘って……。はい。俺は魔導隊の者ですが、どうかしましたか?」
「お、お願いいたします! 娘を……十六歳ほどの娘を見かけませんでしたか⁉」
震える体ですがりついてくる女性は行方不明の娘を探す母親だった。
崩れるように顔を伏せ首を垂れる様子は尋常じゃなく、思わず腰をつき手を差し伸べるサフィールは、布越しからでも感じた土の冷たさすら気にしていない姿へ、町を出るのは一旦辞めて話を聞くため簡易的に作られていたベンチへ移動する。
母親を座らせて二人で囲むのもどうかということで、機転を利かせたルベウスは離れた場所に移動した。
面と向かって話す形になったサフィールは、慣れないことから目線を少し上へ向ける。
そこにはサフィールしか視えていないネフリティスがいた。
「なによー? まさか、こうやって住人と話したことないの……? 魔導隊員歴二年は⁉」
「……魔導隊歴二年は、先輩を押しのけて前線で魔女と戦っていた……」
「ええぇぇ⁉ そこまで戦闘狂だったなんて……仕方ないわねー。この天才美少女魔導師のわたしが、人との話し方を教えてあげる!」
沈黙してベンチに座る母親を上から威圧するのは良くないと言われ、サフィールも横へ座る。身長がさほど変わらなくなったからか、おずおずとサフィールへ向く母親は娘について話しだした。
「……私たちは、厄災の魔女からどうにか逃げ延びて、避難先に向かっていました。その間も話をしていたんです……。そしたら、急に声が聞こえなくなって……振り向いたら娘は居なくなっていました――」
「――何かの音や、悲鳴なども聞いていないんですか?」
「は、はい……。こつ然と姿を消していました……なんの痕跡もありません」
魔法界で、町や村から人の消える話は聞いたことがない。
遺跡や魔導施設などでは、罠にかかって移動したりして行方不明になることがある。
サフィールは顎に手を当て、思いつくことを考えた。極たまに人攫いなんて話もあるが、抵抗しない少女を狙うのが定石だ。過去に死刑執行者の仕事で、雇い主を始末したこともある。
だが、魔女が襲っている町や村でそんな危険の高いことはしない。するなら事件後から、魔導隊が訪れる前までだ。
「……そのことは、他の魔導隊員に話されたんですよね? 何か言っていませんでしたか?」
「いえ……何も……。捜索はしてくださったんですが……手掛かりもなく。あ、そういえば……一つだけ。……意気消沈して避難所へ戻ろうとしたときに、魔導隊員の方が――他の町や村でも行方不明な少女が……と聞こえたような」
「他の町や村か……。――それが本当なら、闇雲に一般魔導師には話せないな」
特徴を教えてもらった娘らしき人物は残念ながら見ておらず、意気消沈で頭を下げた母親は避難所へ戻っていく。
寂しそうに丸まった背中を見て、以前なら何も感じなかったサフィールは眉を寄せた。
いつもなら変化を感じ取ってからかうネフリティスも心配そうな表情をしている。
一度、町を出る前に魔導隊員の話を聞くため避難所横の施設へ戻ったサフィールたちは、一人を捕まえた。
「あれ? まだ町を出てなかったんだな?」
「ああ。外へ出ようとしたら、娘が行方不明だという母親に捕まった」
「あー……あれかぁ」
「知っていることがあったら共有してくれ。目的の町に行くまでも、同じ現象が起きているなら確かめたい」
少しだけ言葉に力を入れてみると、勝手に感心してきた単純な魔導隊員はすべて話してくれる。
母親の言っていたとおり、別な村や町でも同じことが起きているという情報だった。
表向きにはまだ確信が持てず調査中らしい。魔女の被害を受けた町や村では、亡くなった人間なども把握するのに時間が掛かるし、他の町や村へ逃げた可能性もある。
魔導隊も死刑執行者と比べたら長い歴史はあるが、町や村よりも当然人員は少なくて足りていない。
一通り話を聞いたサフィールは難しい顔をしたまま町の外へ出る。隣を歩くルベウスも静かだった。
「ねぇ! 考えていても仕方ないと思うの! 次の町に行ったら情報が得られるんだから、先を急ぎましょうよ」
「まぁ、ネフリティスの言葉も一理あるな……。ただ、なぜ十六歳から十八歳くらいの少女なんだ? それ以外で共通点はない気がするし……」
「長寿としての勘だが。魔女症候群を発症する人間の娘と同じ年齢じゃないか」
「……それは、魔女に関することだって言いたいのか? まさか……魔女が誘拐事件もしてるなんて、聞いたことないぞ」
魔女症候群で魔女になった元少女だった人形は、人間を殺すことだけしか考えていない殺人兵器だ。
むしろ、人間を殺すことすら考えていないだろう。人間が空気を吸うのと同じように、殺すことが自然だから厄災なのだと――。
魔女の痕跡で縄張りを主張していることを知り、死刑執行者ナンバーツーのグランツに目撃されていたことも知った。
今度は行方不明な少女と、次々考えることが増えるサフィールは頭に手を当てて、ため息をつく。
そのとき、不意に脳裏を美しい女性の髪が通り過ぎた。
「そうだ……俺も、気になることがある。町に来たときは見なかった、華やかな髪色をした女性を見た……」
「あー! サフィールが見惚れてた女の人よね⁉ わたしの話し、まったく聞こえてなかったし!」
「見知らぬ女か。それは、興味深い。そういう女についても次の町で聞いてみたらいい」
ネフリティスにもしっかり見えていたことで、見間違いではなかったのが分かった。
サフィールたちが次に目指す町は少し大きめな川を超えた先にある。
少し歩いたら大きな橋があるということだったが、その川は魔法界で随一危険な海に続いていた。




