閑話 魔女の話
「みんなは魔女についてどこまで知っているかな?」
「うーん……怖い女の人ー!」
「はは、それも正解かな? それじゃあ、おじさんが魔法の絵本で教えよう」
インフィニートで有名な時計台のある広場で、黄昏色のベレー帽を被った初老の男がニカッと笑う。
彼は決まった日に現れて、不思議な魔法の絵本を使って子供たちに読み聞かせてくれる黄昏おじさん。魔法の絵本は不思議でもなんでもないが、黄昏おじさんと呼ばれる男の読む物語は真実を語る。
十人ほど集まった子供たちは怖い話で有名な“魔女”についてにも関わらず、地面へ座りこむと目を輝かせて興奮していた。
「それじゃあ、始めようか。魔女とはそう、とても悲しい“元人間”だ――」
ゴソゴソと黄昏おじさんの背後から取り出された一冊の分厚い絵本。
魔石のように深い青色をした絵本の一ページがめくられる。
すると絵本の中から文字や絵が具現化して空へ舞い上がり、子供たちの歓声が上がった。
誰もが知る魔女という存在。
それは『魔女症候群』という正体不明な病から生まれる。
呪いのような病を発症するのは、未発達な少女だけ。
魔女症候群に侵された者は、細胞を破壊され、悶え苦しんで死んだのち、桁違いな魔力を有する魔女という破滅の化身へ変貌してしまう――。
「……そう、発症したら殺すしか方法がない」
「魔女さん、かわいそう……」
「おじさんもそう思うよぉ……だけど、やむを得ない。魔女が増えると、町や人を壊しちゃうからね」
魔女になった少女たちは元には戻れない。なぜか? すでに魂は消滅しているから……。
魔女は言葉を持たない。感情もない殺戮兵器と化す。ただ、人を狙って殺す知能もなく、町や村などを破壊することから“厄災”と呼ばれていた。
また『魔女を殺すと魔女になる』と囁かれ、魔女を討伐しているのは魔導隊に所属する男の魔導師たち。
そう言われるようになったのは、いまから約五百年前。
魔導隊の中でも選りすぐりの精鋭で作られた魔女を狩る組織が出来てまだ浅かったとき、当時のトップだった女魔導師が突如失踪したからだ。
「精鋭って、なーに?」
「うーん、そうだなぁ。魔導隊で十本の指に入る強い人だよ」
「すごーい‼」
失踪と同時に残されていたのは魔女と争った形跡。
魔女は殺すと灰になって遺体は残らないが、同時に、現在でも恐ろしい魔女代表である『白の魔女』の誕生と重なった。
魔女になると姿形は変貌し、透き通った肌に作り物のような目玉をした人形へ変わる。
ただ、白の魔女は他とは違って言葉を介した。
意思疎通は出来ず、ひとりでに語るだけ……。
そのため、別名『喋る悪魔』と呼ばれている――。
悪魔という単語が絵を介して不気味さを演出し、子供たちの表情は硬くなっていった。それを払拭するように、女性のような甲高い声で笑う黄昏おじさんの演技が場を和ましていく。
魔女狩りによって数を減らしたいま、残りは三体。
なぜか、白の魔女が誕生して五百年。新たな魔女が生まれた情報はない。
厄災と一括りにして、魔女の存在を調べてこなかった魔導院は原因究明をする気もなく、そして残った魔女たちもひと筋縄ではいかない強者揃いだ。
最近では唯一、白の魔女と渡り合える魔導隊ナンバーワンだったトップがまた、無期限休止という実質消息を絶つ。
「えー、トップの人って強いんでしょー? また消えちゃうの?」
「うーん、おじさんにも分からないんだけどねぇ。ただ、同時に白の魔女も消えたらしい……」
「そういえば、ママ言ってたー! 街が平和になったってー」
魔法界から魔女が全員消えたら、魔女症候群は無くなるのか。また新たな魔女が生まれるのか、今年魔導院として選ばれた男の魔導師を筆頭に議論され始める。
魔女がこの世に生まれたのは魔法暦から魔導暦へ変わった約千年前。
歴史が動いたと同時に現れた謎の存在であり、厄災。一部の大人たちは、非魔導師と交わって魔力の血が薄まったことで、魔法界の怒りに触れたと畏怖する者も多くいた。
歴史の話は子供たちの眠気を誘う。
残っている魔女は異なる属性魔法の使い手たち。
赤の魔女は炎。青の魔女は氷。そして、白の魔女は属性を持たない――無。光魔法の対と呼ばれる無属性魔法だ。
魔女たちは分かりやすく色で呼ばれている。
再び魔女の話では絵も色が華やかとなり、目を輝かせる子供たちも前のめりになって聞いていた。
赤の魔女が齎す厄災は一番犠牲を生む。人だけではなく、町や村そのものも。そして青の魔女。氷は苦しみもなく、町や村を凍結させる。
「白の魔女はー?」
「白の魔女はねぇ……一番恐ろしいんだ。魔法暦の時代に存在した闇魔法使いと呼ばれる悪の集団が使っていた魔法の、もーっと強い魔力の塊を放つことで、町や村、おじさんたちの肉体も消してしまうんだ……」
「こわぁぁい‼」
子供たちが想像以上に怖がって泣き出したことで、魔法の絵本は閉じられ、浮かび上がっていた文字や絵も吸い込まれていった。
「あそこは何をしているのかなー? キラキラしているようで、邪悪が漂っているね」
「知らないわよ……それより、アンタはキラキラしてないと生きていけないわけ? それでも、死刑執行者のナンバーツーなの?」
「フフッ……死刑執行者だからって、目立ってはいけない規則はないよ? お嬢さん……」
「気色悪いんだけど」
広場の入口から子供たちをなだめる黄昏おじさんを眺めるキラキラした男。言っている言葉と冷めた表情が合わず、森のような緑色をした双眸はまったく笑っていない。
死刑執行者のナンバーツーであり、自ら顔を出して有名人になった金の髪を撫でる男は、妖精族であるエルフの美しさだけを持つ異端な存在として知られている。
連れ立って歩いていた同僚に気色悪いと暴言を吐かれても気にする素振りもない男は、立ち去っていく女のあとを追って消えていった。




