第13話 サフィールの目的
同じページを読み進めていくと、最後の方に小さく暗号のような文字が書かれている。
それは死刑執行者が良く使う、男を表したものと――魔女を意味する刻印だった。
最後に疑問符が書いてあり、辛うじて真実まで辿り着いていないことを意味している。
そのあとは他愛もない話が並んでいて、めぼしい情報は見当たらない。
手記を閉じた直後、暗闇から再び気配を感じて魔導銃に手を伸ばす。以前なら魔力感知で、誰かを警戒するなどしてこなかったサフィールは眉を寄せた。
ズリズリと何かが這うような音で、視線を下へ向けて太くて長い尻尾が目についたネフリティスが叫ぶ。
「あっ! ルベウスよ」
「……そうみたいだな」
「すまない。驚かせたか」
感情の起伏が薄いルベウスは真顔で謝罪を口にした。魔導銃を握りしめていたサフィールは手を下ろし、手記をローブの懐へ収める。
別行動をしていたルベウスは、魔女の痕跡に違和感を覚えて瓦礫の中であるモノを見つけたと話した。
ただそれは、インフィニートでも見た魔女の文字であり、読めなかったため戻ってきたらしい。
「インフィニートの壁もそうだけど……魔女って言葉も話せないし、文字も書けないのよねー?」
「そう言われていたんだけどな……。俺が魔女にされたことで、何か異変が起きているのか?」
「相手は白の魔女だ。他の魔女がおかしくなっても不思議はない」
白の魔女自体が特別な存在であるのは周知の事実だ。ルベウスに案内されるまま、魔女の痕跡があった場所へ戻ってすぐ。尻尾で退けたのだろう壊れた家屋の床に、インフィニートの壁で書かれていたのと同じ、彫られた文字を見つけた。
近寄ってその場にしゃがみ込んだサフィールは文字を手で触れる。筆跡から見ても明らかに同一人物だった。つまり、この町を襲った赤の魔女とは別な存在になる。
「――もしも、これを書いたのが白の魔女だったら……意味深すぎる」
「う、うん……だって、書いてある文字を直訳すると『全ての魔女を殺すことでしか呪いは解けない』この呪いっていうのが……サフィールのことなのか、魔女症候群までは分からないわよね……」
「お前の目的になることは書いてあったか」
「……俺の目的か。ハッキリとは分からないが、魔女の文字にも関わらず自分たちを殺せって指示してるな……。俺から最強の称号を奪っておいて、すべての魔女を殺せとか――笑える話だ」
ネフリティスを視ることは勿論、声も聞こえないため、内容をルベウスに説明すると無表情な顔が少しだけ緩んだ。
「笑い話じゃない。言葉の意味するまま、お前が三人の魔女を殺せばいい」
インフィニートを出てからずっと考えていたサフィールは、立ち上がると視線をそらす。
腰のベルトに装着された魔導銃へ手を伸ばして改めて思い知る。まだ魔物相手にすら使ったことがない初心者だと……。実戦で使えないと意味がない。
魔女が生まれる前も、比較的に外を歩いていて魔物に襲われることは滅多になかった。基本的に、魔物と呼ばれる生き物たちは森の中や水中を棲みかにしている。
この近くにある森も深くはないため、獰猛な魔物はいない。
不意に両肩を強い手で掴まれ正面へ向き直ると、再び無表情のルベウスが思いがけないことを口にする。
「実戦で魔導銃を使えるのか不安があるのなら、我が相手をしてやる」
「えっ……? 何を――」
「魔法より劣る人間が作った魔導具などに傷を負ったりはしない」
「わざとらしい挑発か……分かった。それじゃあ、遠慮なく試させてもらう」
二人で話を決める様子に思考が追いつかず停止していたネフリティスは背後で騒ぎだす。
「ちょっ……ちょっとー⁉ 仲間同士でやめてよー! 練習でも妖精族だって危ないじゃない!」
「大丈夫だ。竜人は頑丈が取り柄だろう?」
「知らないわよー! それに、どこで……」
近くにある森の中でやるのかと思いきや、掃除をするような尻尾の動きで壊れた家屋の残骸を取り除くルベウスは、しゃがみ込み鋭い爪で文字を刻んでいた。
それは明らかに魔法文字であり、刻まれた魔法を見て結界魔法だと分かる。
書き終えたのか、すべての文字が一本の線で紡がれるように中心部から光りが駆けていき、金色の輝きを放った。
「えっ、なんの魔法文字なの⁉」
「高等部じゃ習わないからな……。主に決闘とかで使う結界魔法だ」
「そうだ。例の幽霊娘へ説明か。魔法を唱えるより文字だと効果が倍になる」
「す、凄すぎる……て、名前! サフィールから伝えたのにー! 幽霊娘とか美少女らしくないから!」
ネフリティスの騒ぎ声はサフィールにしか聞こえないため、「横でうるさい」と、片手で耳を押さえる仕草にショックを受けている。
滅多に表情を崩さないルベウスの微笑を見て、サフィールは顔を背けて頭を掻いた。
「仲が良いのはいいことだ。恥ずかしがることもない」
「……恥ずかしがっているわけじゃない。――それよりも、始めるぞ」
「えー? わたしと話ししてるのを見られて恥ずかしがってるのー? カワイイー!」
「――次の町まで無視されたいらしいな」
明らかに焦るネフリティスの謝罪する声と姿を無視して、腰の魔導銃を取り出すサフィールは魔弾の確認をする。
魔弾は六つまで装填可能で、替えは反対側のベルトに専用の革袋を取り付けていた。
革袋には魔法で重さ軽減、内容物固定、物量誤認が付与されていて、通常なら精々五十個しか入らない魔弾も百個入る。属性で分けているため、革袋は三つあった。
基本的な装備にルベウスは感心したように喉を鳴らす。
「いつでも来い。どこを狙っても問題ない」
「分かった。遠慮なく胸を貸してもらう」
二人の間で漂うネフリティスはオロオロする中、魔導銃の持ち手を掴んだサフィールが動いた。真正面から一発を放ち、横へ移動して二発目を撃つ。
魔弾は被弾してから魔法の効果が分かるため、一発目を軽く身を横に流して躱し、二発目はなぜか片手で受け止めたルベウスは掌が凍りついた。
その直後、背後で激しい爆発音がして炎が見える。結界内のため被害はなく、実際に外で音は聞こえない。
凍りついた掌の氷も高い音を立てて簡単に粉砕される。
「嘘……だろ」
「初歩魔法など我にかかればこんなものだ。どちらも質の良い魔法ではある。魔物相手なら健闘するだろう」
「えっ、えっ⁉ 何がなんだか全然分からなかったんですけどー‼ さすが妖精族……」
魔導銃から放たれた魔弾は魔導師であろうと人間の目には見えないほど速い。
それをいとも容易く掴んだ瞬発力は勿論、敢えて体で受けるルベウスに圧倒された。
しかも竜人だけじゃなく妖精族は寒さに弱いと文献に載っている。ルベウスの強さは圧倒的だった。
さほど動いていないにも関わらず、ぎこちないサフィールにルベウスは何か考え込むように視線を伏せる。
「狭い結界内ではあるが、我と模擬戦をしよう」
「えっ? 模擬戦って……実戦形式か?」
「そうだ。お前の動きはぎこちない。魔女もだが、魔物も止まっていてくれはしない」
「えっ……でも、いまのサフィールは魔法で身体強化も出来ないじゃない! あっ……それで、実践……」
ルベウスの意図することをネフリティスも読み取って、美少女らしからぬ渋い顔をした。実戦で体力が切れたら元も子もない。いまの限界を知るにも良い機会だった。
短く息を吐くサフィールは革袋の口を開ける。内容物固定の付与により走っても転がったとしても中身が落ちることはない。
「合図は……」
「お前が動いたらで良い」
「上等だ」
魔弾を入れ直したサフィールはすぐさま横へ走って二発撃ち込む。
瓦礫は退かされて、身を隠す場所はない。実戦形式のため、今度は避けるルベウスも太い尻尾を軽々と持ち上げてサフィールの顔面に迫る。
サフィールに合わせているのか、魔法ではなく物理攻撃で長い腕を首へ伸ばした。
とっさに体を捻って転がるような体勢でルベウスの背後へ回り、今度は三発撃ち込む。
魔弾のすべては尻尾で払われ、結界に当たって周囲に冷気を漂わせた。
無傷な尻尾を見てサフィールは笑う。
「尻尾は大事だから防護魔法を張ってるわけか……」
「当然だ。それよりも、既に息が上がっているぞ」
サフィールは死刑執行者に所属していたため、他の魔導師が疎かにしている体力作りもしていたが、実際身体強化なしで戦闘の動きをしてみて分かった。
思った以上に体力が奪われる感覚。転がる動作によって太腿の靭帯が痺れていた。
「ははっ……魔法よりも隠れて攻撃する必要がありそうだな」
「そうらしい。死刑執行者のお前なら、上手く使えるだろう。だが、いまは隠れられない場所で己の限界を知れ」
「本当に……上からだな、妖精族は!」
模擬戦を繰り返しながら会話も重ねるサフィールは、徐々に青年らしい姿を見せていく。
最初はオロオロしていたネフリティスも、いつの間にか目が輝いて声援を送っていた。
何度か体を捕らえられそうになるサフィールは気合で避けてから、魔弾を補充して撃ち込んだ。だが、肩で息をし始め体力の限界から足が滑って床へ倒れ込むと、すかさずルベウスの長い腕がサフィールの喉元に伸びる。サフィールも限界を超えて尚、攻撃の手は止めず魔導銃を正面に向けて笑った。
「相討ちを狙うのは良い判断だ。その姿勢が戦いにおいて寿命を繋げることにもなる」
「はぁ、はぁ……。そう、だな……疲労困憊になったのも……いつぶりだ」
「終わった……の? ちょっと! サフィール、大丈夫⁉」
離れていくルベウスから入れ替わって飛んできたネフリティスを見て、魔導銃を下ろしたサフィールは倒れたまま口で呼吸する。
ただ、抱えていた何かが抜け落ちたように、心地のいい疲労感を覚えていた。
「――上等だ。全員まとめて始末してやる……」
焦るネフリティスを見て肩を震わせて笑いを堪えるサフィールは、訳が分からないといって膨れる顔を眺めながら、暫く床に寝転む中で、これからの未来を見据えていた。




