第12話 四体目の魔女
ルベウスが見せてきた束は、まるで数百年の間、魔女を監視してきたかのような記録が書かれていた。
見た目だけなら三十代といった風貌のルベウスは、妖精族でも不老不死に近い長寿を誇る種族だ。おかしくはない。
数ページめくっていき、あることに気づいた。
以前から魔女は神出鬼没と言われていたが、ここ数週間で目撃情報が明らかに増している。
しかも、最初に異変を感じたと書かれたルベウスの記録は、サフィールが白の魔女に敗北して男の魔女にされた日から――。
「えっ……これって――」
「お前が魔女として、他の魔女にも認識された証拠だろう。そして、明らかに異物として敵視している」
「えぇぇえ⁉ ど、どうするの⁉ いや、サフィールは男で……魔女だけど、魔女じゃなくて……魔法を奪われたけど!」
「……落ち着け。大したことじゃない。魔女たちは俺の正体までは知らないだろう。それに――」
インフィニートを飛び出すことになったが、目的を決めた二人とは違い、未だに明確な目的のないサフィールは迷っている。
以前であったなら魔女を狩るのは仕事だった。だが、いまのサフィールに魔女を倒すだけの力があるか分からない。
魔導銃は基本的に魔法の代用品だ。つまり、強力な魔法を使えて、常に防護結界魔法を張り巡らせている魔女へ対抗できるかは考えなくても不利だと分かる。
自分の魔法を取り戻すのに魔女を殺すことが大前提なら色々考えないといけない。
だからこそ、それしか道がないのだという明確な情報をサフィールは決断するために欲している。
束をルベウスに返すと、サフィールは乾いた笑みを浮かべた。
「さすがに男の魔女については書いてないよな」
「ああ。お前が初めての症例だ。魔女が魔法を使って同族を増やすなど聞いたことがない」
「俺もだ。魔女狩りをし始めたのは五年前だが……。それから、どうして死刑執行者ナンバーツーのグランツが来ていたか調べてみるか」
ルベウスはグランツの話をすると黙り込む。謎の多いルベウスにとって、グランツの存在がなんなのかサフィールは考えた。
基本的に死刑執行者は仲間意識があるかも怪しい。表に顔を出しているグランツすら見た目で判断出来る情報以外隠している。
魔女の痕跡については分かったサフィールが動き出した。
目指す場所は、魔導隊が滞在している宿代わり。
その近くに家屋が無事で残っている住民もいるから情報収集して次の町に立つ予定だ。
明かりが見えてきたところで、再びルベウスが立ち止まる。
「独自で調べたいことがある。一時間後にお前たちがいる場所へ向かう」
「えっ……まぁ、良いけど。分かった」
「なんかルベウスって不思議よねー? 妖精族だから当たり前かもだけど」
「ああ……そうだな。まだ何も知らないし……だけど俺のことは知っていそうな気がする」
住民がいる場所以外は魔導灯の明かりも無く、暗闇の中へ立ち去っていく大きな背中を見据えた。
別れてすぐ魔導隊の元へ向かうと、ひっそりただよう幽霊たちの姿がある。自分が死んだことを理解していない様子で、複数の幽霊が固まっていた。
その中には当然、幼い子供や逃げ遅れただろう年寄りの姿もある……。
横を通り過ぎて施設内へ入ろうとしたとき、ネフリティスが幽霊に声をかけていた。魔女の厄災で亡くなったばかりのため、もしかしたらと思ったが、同じ幽霊なのに誰の目にもネフリティスは映っていないのが分かると肩を落としている。
「いまに始まったことじゃないだろう。魔女以外には視えないってことだ」
「うぅ……そうだけどー! なんか釈然としないっていうか……悔しい」
「中に入るから話しかけるなよ」
妖精族だからかルベウスは気にしないため、普通にネフリティスとも会話をしてしまっていて返事をしてしまう可能性があるからだ。
不服そうなネフリティスは背後霊のように密着してきたが、気にすることなく改めて情報収集をする。
もちろん調べるのはグランツの情報だが、魔導隊員たちは何も聞いていなかった。住民たちは深夜で眠っていたが、すでに魔導隊に情報提供をしていたため目新しい収穫はない。
「うーん……情報収集って難しいのねぇ」
「……そうだな。さすがに、意気消沈な幽霊にも聞けないか」
「えー! サフィールなら問答無用で聞きそうなイメージだったのに」
ネフリティスに言われてサフィールは視線を幽霊の集団へ向ける。生きているネフリティスの両親や本人には酷いことを言ったにも関わらず、街を出てから少ししか経っていない感情の変化へ眉を寄せた。
施設を出て幽霊がいないところでルベウスを待っていると、暗闇の中から知らない老人が歩いてくる。ルベウスが消えた方向とは反対側だったが、深夜帯にも関わらず老人が町中を歩いているのは不自然だ。
とっさに魔導銃があるベルトに手をかける。
「もし、魔導隊の方ですかな?」
「……アンタは町の人間か? こんな遅い時間に、どうして出歩いているんだ」
「自分の自宅が恋しくなりまして……ちょうど、街の端にありまして壊されずに済んだのです」
疑いの眼差しを向けたまま、白い髭を生やした白髪頭の老人は手に何かを持っていることに気づいた。
サフィールの視線に気づいた老人は持っている物を明かりに照らす。
老人が手にしていたのはNo.2と書かれた皮の手記だった。微かに魔法紙の束が見える。
「それって……」
「ああ、そうでした。実は、少し前に訪れていた魔導隊の方が忘れていかれたものでして、渡して頂けないかと」
「ああ、構わないが……その男は、忘れ物以外で何か言っていたか?」
「いえ、何も。あっ、一つだけ……ここにも魔女の痕跡が残されているのか、と」
お辞儀をして明かりのある施設に入っていく老人が視界から消えたあと、サフィールは受け取った手記を睨みつけた。
完全な個人情報ではあるが、魔導隊には遺失物を預かるのも仕事にある。
守秘義務はあるが、本人の手掛かりを掴むため中身を確認することは悪いことじゃない。
――ただ、それが仲間内や誰の物か見当がついている場合は別だ。
辺りを見回してから人気のない場所へ移動したサフィールは、後ろから覗き込むネフリティスを気にすることなく中を確認する。
「誰のか分かってるのに見ていいのー?」
「騒ぐな……気が散る」
「むぅ……さすが、死刑執行者ね!」
軽く犯罪者扱いされても気に留める精神は持ち合わせていないサフィールは、数ページ開いて手を止めた。
書かれていたのは魔女の痕跡が縄張りを主張しているという事実について。ルベウスと同じ解釈をしていたことが分かった。しかも、グランツは四体目の魔女誕生を疑っている記述が書いてある。
白の魔女が姿を消したことについても書かれていた。
「……妖精族は、魔女に関わらないんじゃなかったのか」
ルベウスにグランツも、妖精族の中では異質な存在かもしれないと眉を寄せる。妖精族は過去に魔法生物扱いされていただけあって、自然に近い存在であり、厄災である魔女へ関わらないと噂されていた。
白の魔女は、サフィールが活動し始めてから頻発に目撃されている。
そして、この男はただの目立ちたがりでキラキラしているわけじゃない一文も書かれていた。
「ククッ……まさかの、目撃者か――」
「えっ……⁉ あっ! 『ナンバーワンが、白の魔女に負けて姿をくらませた』って書いてあるんだけどー⁉」
「目撃者がいたらどうしようかと思っていたが……フィニスの他にもいて、まさか身内なんてな」
不気味な笑みを浮かべるサフィールに肩を震わせるネフリティスは、逆鱗に触れないよう口を押さえていた。




