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第11話 魔女の痕跡

 夜を迎えてすぐ町を出発したサフィールたちは、魔法は疎か、魔導具すら使わず星の明かりだけを頼りに人気のない道を歩く。

 夜は魔物が活発になることもあって、暗くなってから町を出る者は少ない。

 夜目が利くというルベウスを先頭に、星空だけで喜んでいるネフリティスが両手を広げて飛び回っていた。


「素敵ー! インフィニートは大都市だから全然星空が見えなかったからね!」

「お前は楽しそうでいいな」

「当然よ! 幽霊になっちゃったけど……楽しまなきゃ損だしね! サフィールは生きてるんだから、もっと楽しんで」


 彼女なりの気遣いか、ネフリティスの言い分も分かる気がしたサフィールは視線を空へ向ける。

 深い青に染まった空は何もない景色にも関わらず、キラキラと輝く星の光だけで世界が違って見えることをネフリティスに教えられたサフィールの表情は、インフィニートに居たよりも穏やかだった。


 だが、そんな穏やかな空気は一変する。目的地である赤の魔女の襲撃にあった隣町へついた途端、サフィールたちは門の前で魔導隊に取り囲まれた。


「ちょ、ちょっとなんなのよ⁉」

「……分からないな。魔女の襲撃は数日前だ。こんなに厳重なものか?」

「この人間たち、心拍数が高い。興奮状態だ」

「……こんな夜に町を移動するなど、怪しい奴らめ! 名を名乗れ!」


 魔導隊員は全部で三人。サフィールが所属する死刑執行者(ラモール)でなくとも魔導隊は選りすぐりの魔導師集団だ。中でも魔導隊は拘束魔法を得意としている。魔法を封じられているサフィールにとって、一番避けたい魔法だ。


 なぜか興奮している魔導隊員を見て、素性を明かす以外に方法がないと悟ったサフィールは、懐から例の徽章を取り出して掲げてみせた。動くだけで攻撃魔法を放ってきそうな勢いだった魔導隊員たちも、暗闇の中で目を凝らす。

 だが、徽章が本物だと分かってすぐ、表情から伝わる緊張感は和らいだ。


「すまない……仲間だとは思わなかった」

「いや……俺たちも夜に移動したのは間違いだったようだ」

「この町に派遣されたわけじゃないよな? 他の町や村で魔女の被害情報はないぞ」


 仲間だと分かった瞬間、聞いてもいない情報を話してくる魔導隊員に眉を寄せる。


「……こいつら、大丈夫か?」


 呆れを含んだ言葉も小声だったことで魔導隊員は首を傾げていた。

 相手が勝手に喋ってくれるのなら、好都合と捉えて情報を引き出すサフィールは、何食わぬ顔で町の中へ入り込む。


 町はルベウスの言うとおり、半壊した家屋や燃えて焼け焦げた臭いが未だに燻っていた。


「……本当に厄災だな」

「……ひどい。沢山の、幽霊もいる――」

「魔女に殺されたんだ。成仏したくても出来ないんだろう……」


 魔導師として嬉しくないことは、幽霊が視えることかもしれない。魂は成仏したら少し先の未来で生まれ変われると信じられている。成仏出来ない魂に未来はない。


 幽霊の存在を認識出来てしまう故に、負傷しながらも留まっている人間も多くいた。無傷で残った家屋は、宿屋のようにごった返している。


 まずは町全体を見るため、人気のない路地裏に入ってすぐサフィールは足を止めた。


「いまさら気づいたことがある……」

「お前も漸く気づいたか」

「えっ? 何が?」

「……インフィニートで、ネフリティス以外の幽霊を俺は知らない。五百年も白の魔女に襲われているんだぞ?」


 説明を聞いても頭をひねるネフリティスに、サフィールは疑いの眼差しを向ける。


「ちょっ! いま、本当に天才なのか? って疑ってたでしょ!?」

「事実だろう。まぁ、アイツの魔法は魂も破壊するって言われているから……判断できないが」

「わ、わかったわ! 白の魔女に殺された幽霊がいないんでしょ⁉ 言われると……インフィニートで他の幽霊に会ったことないかも。でも、光魔法以外で幽霊は殺せないんじゃ?」

「ああ……アイツが使っているのは無属性。そもそも光魔法は罪人に使えない……」


 サフィールたちは一番被害の多かった場所へ向かった。

 魔導隊の話では、そこに魔女の痕跡がくっきり残っているという。町を破壊したのは明確だが、いままで魔女が何かを残すことはなかった。


 双眸(そうぼう)に映る瓦礫の山へ視線を向ける度、視界へ入るネフリティスはサフィールの周りをクルクル回っている。思わず手で払う仕草をするほど正直邪魔だった。


「……ねぇ。サフィールは光攻撃魔法使えないの?」


 ずっと何か言いたげだったネフリティスの口から紡がれた言葉はサフィールの胸を焦がす内容で、切れ長の双眸(そうぼう)が大きく見開かれる。


「――死刑執行者(ラモール)に所属している俺が使えると思っているのか?」

「うん! だって、サフィールは……や、優しいから‼」


 回り込んだ道から表通りに出ようとして足が止まった。

 顔が赤くなるネフリティスにサフィールの目は呆れを含んだように冷めている。

 いままでと明らかに違い冷たく、射るような目――。自分の内情を探るなとでも言うように一線を引く威圧で、小刻みに体を震わせるネフリティスにルベウスが口を挟む。


「幽霊娘の声と姿は見えないが、だいたい把握した。この男は光魔法を使えるぞ」

「……ルベウス」

「……えっ? 本当⁉」

「ああ。我は使えないが、種族柄、様々なモノが視える」


 声が聞こえないのに噛み合っている不思議な二人。

 隠していたことを早々と暴露されたサフィールは眉間に皺を寄せ、再び歩きだした。

 

「――食えないやつめ……」

「隠す必要性を感じなかった」

「サフィール……素直じゃないんだから!」

「うるせぇ……」


 先ほどの緊迫した空気が嘘のようで、笑いながらサフィールの周りを飛び回るネフリティスを牽制(けんせい)している間に、目的の場所へたどり着いてすぐ、足元へ触れる魔力残滓に気づいて立ち止まる。

 ざっと見て地面を抉ったような五つの焦げ跡が目に入った。

 巨大な炎の鞭で地面を叩きつけたような跡。


 サフィールが口を開くより先に上空へ飛び上がるネフリティスは大きく目を見開いて大声で叫ぶ。


「――えっ……嘘でしょ⁉ こんなの、魔法じゃない……」

「ネフリティス、何が見えるんだ」

「……なんて表現したら良いんだろう……。爪……痕?」

「……爪痕?」


 戻ってきたネフリティスは体全体を使って説明した。

 巨大な五本の爪で引っ掻いたような焦げた跡があると。


 確実に魔法ではない痕跡だが魔力残滓は感じた。空の飛べないサフィールは意味が分からず眉を寄せる。

 ただ、ルベウスだけはネフリティスの言葉を説明してから下を向いて沈黙していた。


「――魔女の痕跡で間違いない。文字とはまた別物だ。それは、縄張りを主張したものだ」

「えっ……? 魔女が縄張り? アイツらに、そんな感情……というか、何もないはずだ」

「ああ。魔女は何も考えていない人形だ。だが、明確に魔導師がいる町や村を襲っている。つまり、魔物とは別な本能のような物だ。あとは、何者かの誘導」

「えっ、えっ? それってどういうこと? 全然分からないんだけど!」


 困惑するサフィールに、ルベウスは懐から古い魔法紙の束を開いて見せてくる。

 そこには魔女の痕跡と縄張りについての記述、五本の指で引っ掻いたような爪痕の絵が描かれていた。

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