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第1話 失った魔法

 魔法の炎を花に見立てた火華(ひばな)が空を彩る最中、誰もいない薄暗い路地裏で、粉雪のような白くて艶のある長髪が風になびく。

 背後で火華(ひばな)が打ち上がり、一瞬だけ見えた左頬の装飾模様(レリーフ)が、前方にいる男の姿を映した。


 路地裏だけが静寂に包まれた深夜(よる)。二つの人影が動いていた。

 隔てる家屋に浮かび上がる白髪をした女は、まるでおとぎ話の死神のように映り、中身の見えない白いローブが風に揺れる。


 死人(しびと)のように青白く透きとおった肌、輝きのない作り物のような白い瞳。巷で騒がれている“魔女”と同じ顔――。

 誰もが口を揃える、美術品にある“人形”のような姿であり、畏怖べき存在……。

 異質を放つ彼女は“白の魔女”と呼ばれる厄災であり、最強最悪の殺戮兵器だ。


 白の魔女と遭遇した黒いローブ姿にフードで顔を隠した男は、地面へ垂れる汗を気にする暇もなく魔法を詠唱しようとする。

 だが、白の魔女はすでに固有魔法であり、空間を支配する“領域展開”していた――。


「くっ……! 魔法が思うように使えない――」

「わたくし、白の魔女が命じる――この男に魔女の魔法(呪い)を行使する。即ち、男の魔女である――“魔女(わたし)”を殺して……」


 紡がれる声は雑音のない透明でいて、一切感情のこもっていない音で締められる――。



 魔導暦千年、鮮やかな花が芽吹き始めた頃。

 魔法界を統べる魔導院で発足された、魔導隊の裏機関――死刑執行者(ラモール)に所属するナンバーワン。サフィール・ヴァールハイトは、魔導歴千年を迎えた祝祭の翌日(よる)――白の魔女に完全な敗北をした。


 ◆◆◆


 黄昏色をした魔導灯で明るい店内は、丸い木のテーブルが六つあり、すべてが埋まるほど賑わっている街外れの酒場。

 お一人様はカウンター席で、店の一番隅で空のグラスを見据える目の虚ろな男がいる。


 昨日まで空を飛び回っていた男は地面に足をつけていた。白の魔女に魔法(呪い)を掛けられ、自由の翼を失ったサフィールは酒に呑まれ、うなだれている。


 殺されなかった理由は分からない……。ただ、意識を失って、気づいたときには白の魔女の姿はなく満身創痍だった。飛べなくなったことで、魔法が使えないことはすぐに分かり、絶望したまま酒場に入り浸っている。


 悲しいことに、趣味らしい趣味もなく金だけはあった。

 表機関の魔導隊とは違う死刑執行者(ラモール)は暗殺から人には言えないこと、出来ない仕事を生業にしている。もちろん、魔女の討伐もその一つ。中でも歴代最強と謳われる男が、飲んだくれている残念なサフィールだ。


 (ゆえ)に、死刑執行者(ラモール)は素性を明かさない。だから、サフィールのことも“男”以外の情報はなかった。


「ああ……クソッ! 俺は負けたんじゃない……大仕事の後で、疲れていて……不意をつかれただけだ……‼」


 哀れな酔っぱらいの独り言に思われているだろうサフィールの耳へ、騒がしい店内でも分かるほど不思議なコツコツと変わった音が響く。

 それは、珍しい杖の音だった。


 サフィールの座るカウンター横に姿を現す、仮面をつけた金髪の男。ローブ姿で目深にフードまで被った男は異質である。

 だが、対して客は誰も気にした素振りもなく騒いでいた。

 男を凝視するのはサフィールだけ――。


「――カウンターなら、他にも沢山席はあるぞ……」


 現に、カウンター席を使っているのはサフィールだけで、隣でなくても残り四席ある。

 夜の相手を見つける目的以外で、敢えて隣に座る理由がない。


「あー……そうだねぇ? 実は、ボク――占い師、みたいなものなんだ。相手の生命(ほし)を視る、ねぇ……」

「……そんな怪しい商売なら他所を当たれ。俺には必要ない」


 身長は百六十センチを超えているくらいで、大きく見えるローブからして痩せ型の小柄な男。

 加えて、高い声は男であっても声変わりをしなかった子供のように感じた。


「……それに、子供が来る場所じゃないだろう」

「ああ、子供に見えるよねぇ……。でも、安心してよ。これでも、キミより遥かに年上だからさっ」

「……御託はいい。俺に構うな」


 なんとか穏便に遠ざけようとするが、一向にどこかへ行く気配はなく、隣に座る男から辛うじて見えた口元は笑っている。

 酒に溺れているせいで、頭が回らないサフィールはカウンターに突っ伏して両手で頭を掻いた。

 我が道を行くような怪しい男は、フードを被ったまま強い酒を頼んでいる。


 サフィールは一番弱い酒を二杯飲んで、この有様だった。


「キミ、お酒弱いのに大丈夫? 魔女のおかげで場所によっては男だろうと物騒だから、気をつけたほうがいいんじゃないかなぁ……」

「……ぐっ――魔女の話はやめろ。醜態(しゅうたい)が蘇る……」


 頭を抱えるサフィールの耳へ、思いがけない呪文が聞こえてくる。

 思わず顔を上げたサフィールへ、フードの中から仮面越しにギラリと光る目が合った男は、不敵な笑みを浮かべていた。


「――アンタ、何者だ……」

「さっきもいったけど……占い師――うーん、生命視(ほしみ)にしよう」

「……適当なクセに、遮断魔法とは恐れ入る――」


 現在(いま)では魔導具に頼って使う者がいない旧魔法。

 自分を中心とした狭い範囲の空間を切り離すことで、姿を認識させなくする上級魔法だ。


「いまじゃ魔導具頼りなんて、魔法暦の魔法使いが泣いているよ」

「魔法暦……そんな遥か昔の歴史、本でしかもう覚えられてないだろ」

「そうだねぇ……残念だなぁー。だから、いまの魔導師は弱いんだよ」


 喧嘩をふっかけるような口振りに反応しかけたサフィールだったが、いまの自分は魔法すら使えないことに苛立って、追加の酒を一気飲みする。

 ただ、酒が弱く既に酔っ払っていたサフィールが酔い潰れるのは必然だった。


「あれぇ? もう酔い潰れちゃったのぉ……。男でも危ないって、忠告してあげたのになぁ――お持ち帰りして、人体実験しちゃうよぉ?」


 ツンツンと肩に何かが当たる感覚で細めた目を見開くサフィールは、陽気に笑う男を睨みつける。


「怖いなぁ……何もしないよ。ただ、そんなキミに一つだけ助言をしてあげる――」

「――助言、だと……」

「そう。キミの生命(ほし)はまだ、輝いているよ。こんなところで燻っているのは、勿体ないと思うなぁ」

生命(ほし)が輝いてる……? 意味不明だ」


 眠そうな瞼を必死に開いて、男の言葉へ耳を傾けるサフィールは、グラスを揺らして酒を嗜む横顔を見据えた。

 男なのに、どこか魅了される雰囲気を醸し出している姿にサフィールは頭を振る。


「白の魔女と対峙して約五年。死刑執行者(ラモール)ナンバーワンの最強魔導師だった男は、魔法界において重要な魔法を奪われた――」

「――ぐっ……。そんな解説はいらねぇ! って、年数とか……どこかで見てたのかよ。悪趣味な変態野郎だったとはな……」

「ボク、実は物凄い大罪人なんだよねぇ……。本来ならキミたちが粛清する相手だ。だけど、残念ながらボクは“死ねない体”なんだよねぇ」


 聞いていないことを根掘り葉掘り口にする軽い男は、久しぶりに話が出来て嬉しいといった表情が口元だけで垣間見えた。

 ただ、酔いが覚めるような言葉の数々にサフィールは頭を持ち上げる。


「……大罪人で、死ねない体って……まさか――」

「“不老不死”。キミたちの時代だと、おとぎ話くらい現実的じゃないかなぁ? 禁忌の魔法すら忘れられてる時代だ……」


 時代と共に名前すら忘れられた最悪な古代魔法の代表だった。

 魔導暦で禁忌の魔法を扱えるほど素質がある魔導師もいないだろう。元最強魔導師のサフィールを除いて……。


 目の前にいる男が自分を不老不死だと語る姿に、再び睡魔が襲う。


「ハッ……そんなの、本当におとぎ話以上だろう……」

「そうだよねぇ……? 信じてもらえなくても良いんだ。ボクにとって重要なことじゃないし。おかげで、人体実験されてたんだよねぇ……。いまじゃご法度だけど」

「……人体実験って。さっき、アンタが言ってた気色の悪い話かよ……」

「気色悪いってヒドイなぁ? まぁ、おかげで町一つ分なら、全体を見通せるんだよ」


 男が笑って話すのは“見透す目”と呼ばれる魔法の存在。別名『精霊眼(せいれいがん)

 遠くからでも見たい場所が視える優れもの。


 呆気にとられるサフィールを笑っていた男はフードと仮面を取った。

 首まで伸ばされた明るい金髪が目を引く、予想通り童顔な男。薄茶色の瞳は底の知れなさを物語っている。


「ボクはフィニス。キミって、誰かに似てるんだよねぇ……。闇の中で生きているのに、正義感ぶら下げて――まぁ、彼は闇を照らす側だったけど……」

「――なんだよ、それ……。誰かと比べるな」


 次第に頭が回らなくなるサフィールは、重い頭がカウンターに近づく中、先ほどまで高かったフィニスの声が耳元で低く囁いた。


「――嫌だろうけど、魔導具に手を出してみなよ。キミなら大丈夫……絶対、使いこなせるよ」


 薄く開かれた目にフィニスの姿は映らない。最後の力で頭を持ち上げたサフィールは、背後に気配を感じて振り返ると、黒いドレス姿の金髪美女が映る。


「おい、あんな美女いたか?」

「すげぇ、美女なのに気づかねぇとか‼ ちょ、お姉ちゃん!」


 ひときわ騒ぐ店内で、出口へ向かう美女と目が合ったサフィールは、ウィンクする姿になぜか悪寒がして身震いした。

 カランという音で前に向き直ると、占いで使う水晶のような丸い氷が眠気を誘う。


 次第に遠ざかる意識の中、フィニスと名乗る男の言葉が脳裏をめぐって消えていった。

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