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薔薇♡百合どっちの蜜が甘い?  作者: 白嶺 姫逢麗
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桜木実香の騙し騙され恋愛ギャグ小説

薔薇?百合どっちの蜜が甘い?

白嶺 姫逢麗


 「君と結婚したいんだ。」

傘から落ちる雨粒に、陽の光が反射する。人生初のプロポーズは、さっきまで降っていた雨みたいに突然訪れた。

「はい。」

自分でもわからない。普通無視するか、戸惑うところなのに、私はなぜか承諾してしまった。

「ありがとう。」

その男性は私の返事を聞いて微笑むと、そのまま近寄ってきた。

「君を幸せにする。何があっても、君を幸せにする。」

 二度繰り返された「君を幸せにする」がごく自然に心の中まで届いてくる。まるで体の中にまでそよ風が入り込んできたみたいに、心地良い。

 彼が手を差し出してきた。

「お願いします。」

彼に手を差し出したとき、私はもう何も考えていなかった。


 「えーーー!それでOKしたの?ありえない!」

親友の柊 琴音は口をつぐんだ。

「ごめん。つい。っていうか、それ大丈夫なの?」

私は琴音から視線をずらした。

「わからない。」

「はー。」

琴音は溜息をついて、頭を抱えた。

「まあ良いんじゃない。別に今からだって断ろうと思えば断れるんだし、その人が本当にいい人ならラッキーじゃん。」

「うん。」

「あんた。さては、その男に対して興味ないでしょ?」

「興味ないっていうか、ほんとに急なことすぎて頭が追い付かないっていうか。」

「無理もないけどさ。でも返事しちゃったのは実香のほうなんだからね。しっかりと断るんなら断るんで、どこかでその人には伝えなきゃダメよ。」

「はい。」

ラテの白い部分が消えて、茶色くなったティーカップの水面を桜木 実香はじっと見つめた。

 この恋の結末がハッピーエンドになるのか、バットエンドになるのか、ラテの水面は教えてくれなかった。

 

 「かっこいいわよねー。」

 同僚の女性社員らが話している。彼女らの視線の先には、南海 春人がいる。

実香の勤めている会社には、イケメン二大巨頭がいる。南海 春人はその一人だ。彼はダークブルーのセミロングの髪に、大きくて少し切れ目気味の目、すらりと流れるような決して高さが強調されることのない鼻、耳元から流れるあごのラインは横から見ると芸術だ。そしてもう一人、この会社の社長である御空 海人。金髪でウェーブのかかったショートヘア、大きいけど目尻が丸みの帯びた子犬のような目、鼻筋がしっかりと通った中くらいの鼻、そしてこの男の最大の特徴である膨らみのある唇。

 おそらくこの会社に入った女性は一度はどちらかの男に恋をする。もちろん、恋心がすぐにアイドルに恋する感情と同じだということに皆すぐに気づく。だけれど二人は、まさにアイドル同様に彼らの一挙手一投足で女性の妄想をかき立てる。きっと全員何かしらの妄想をしているに違いない。

 「おい!この資料提出したやつ誰だ?」

 南海 春人がまた怒っている。いつものことだ。一体誰だろうと、周りを見渡していたら、つかつかと足音が近づいてきた。丸い影が私のひざに落ちた。

 「おい、お前だろ。桜木。」

 半分怒りを噛み締めて、半分ニヤニヤしながら、意地悪そうな顔が目の前にあった。

 「あっ。」

 私は怒られてるのに、なぜかキュンとしてしまった。

 「なにぼうっと俺の顔見てんだ。これ今すぐ直せ。」

 資料をデスクに置くと、くるっと踵を返して南海は歩いていった。

 

 「どんまい!」

後ろのデスクの女性社員が励ましてくれた。

「きゃー、怖っ!あの性格さえなきゃ南海先輩が一番かっこいいのに。」

「えー。私は南海君のあのキャラいいと思うけどなー。」

「君付け!笑。いや絶対無理。あれは無理。」

「加奈ああいうの苦手だよね。」

「苦手じゃないよ。マジで嫌い。桜木さんああいうの平気なタイプ?」

山本 加奈。私よりいっこ先輩で、クール美人。だけどすっごい優しくて、好き。大のケーキ好きで、ケーキのために一週間のダイエットメニューを作ってるらしい。ストイックなのに後輩には優しくて、かなり人気の先輩だ。

「私結構平気なタイプです。っていうか、ちょっと今のトキめいちゃいました。」

「きゃー。実香ちゃんかわいいー。」

根本 美瑠先輩が人差し指で私の二の腕をつつく。加奈先輩が

「気をつけなよ。嫌になったら私に言いなさい。あいつにガツン、と言ってやるから。」

「ありがとございます。」

私は机に向かい合って、さっそく資料の直しにとりかかった。

 

 「遅れてすみません。」

南海の背中に呼び掛けた。椅子をくるり、と回して

「遅かったな。」

英文でぎっしりになった資料を机の端にやると、私が持ってきた資料に南海は目を通した。「うん。いいじゃないか。」

彼が顔を上げて、私を見た。

「一回でこんなに良くできるんだから、初めからこうすればいいのに。」

「すみません。」

「何度も謝らなくていいよ。あっ、そうだ。お前今度ニューヨークの開発の件、俺についてこい。パスポートは持ってるよな?三日後だから荷物用意しとけ。」

「えっ。あ、はい。」

南海は資料を横の棚に移すと、また英文の資料を読み始めた。

 

 南海先輩と旅行かー。緊張するな。きっと服装も言われるだろうし、部長に聞いとこ。自分のデスクに帰ろうとすると、南海に呼び止められた。

「おい、桜木。今夜空けとけ。飯食いに行くぞ。」

「はい。」

急いで返事をすると、今度はもう呼び止められないように急いでデスクに戻った。

 

 ガーン。今日は楽しみにしてたドラマがあるのにー。なんでよりにもよって今日なのよー。昨日でいいじゃん。っていうかおとといも暇だったし。しかも今日、下着全然可愛くないし。いやいや私何考えてるんだ!

「どーしたの?」

後ろから聞こえてくるその声に一瞬風でも吹いたのかと思った。

「赤嶺先輩!」

首をかしげて長い髪をかき分けてる。

「聞こえたよ。あの鬼軍曹とニューヨークデートじゃん。がんばれー。」

小さくガッツポーズを作ってる。

「先輩ー。助けてくださーい。私無理ですよ、あの人と一日以上一緒にいるの。」

「もうわがままなんだから。大丈夫だよ。実香ちゃん結構できるから評価してくれると思うけどな。」

赤嶺 姫亜羅が頭を撫でてくれた。赤嶺先輩、ていうかティアラ先輩は憧れの人だ。正直男の人ってよく理解らないし、自分がしっかりしてなきゃ恋が成り立たない感じがするけど、ティアラ先輩だと落ち着ける。私が男だったら、とか考えてた時期もあるけど、今は女でもいい。この人に恋してる。その感覚だけが本物な気がして、こうして平静を装って甘えてる。きっと先輩は気づいてるかもしれないけど。

「荷物のこととか相談してね。がんば!」

ティアラ先輩は歩いていった。先輩の長い後ろ髪が、揺れている。いつも別れが寂しいはずなのに、この後ろ姿が好きだ。

 

 「よく来た。偉いぞ、桜木。」

もう出来上がってるんじゃないかっていうぐらい酒臭い。南海先輩はめっちゃ酒臭いのに、全然顔赤くない。お酒強いんだなー。

「はい。」

うん、南海先輩は頷くとカバンから資料を取り出した。

「これが今回の案件だ。ニューヨークのセントラルパークは知ってるな?あそこに面してる古いアパートメントが売りに出された。それを買い取ったのが、今回の取引先ハロルド・ジョシュだ。そのアパートメントをビルにする上でのディベロップを任してもらえるかどうかが今回の案件だ。もちろんすでに会社の中にチームも立ち上げてある。今回お前には俺の助手をしてもらうってわけだ、ジョシュだけにな。」

はははははっ。南海先輩が高笑いしている。めんどくせー。そう思いながらも

「なんで私なんですか?私より優秀な人他にもっといると思うんですけど。」

「いい質問だ。」

南海先輩がダルキャラからいつもの鋭い感じに戻った。

「お前は確かに仕事ができない。」

「そんな。」

「まあまあ、よく聞け。しかしお前たしか大学英文学専攻だったよな。」

「はい。」

「向こうは世界屈指の最大手だ。もちろん取引先も優秀な人材が集まるところばかり。アイビーリーグだけじゃない、超精鋭がライバルにたくさんいる訳だ。そこで、」

南海先輩が私の前に人差し指を立てた。もしラブホだったら何が私の目の前に、、

「俺たちがやるべきことは、取引先と仕事の優秀さ以外の面でメリットをつくってあげるというわけだ。つまり、お前のように英文学を学んだことがあるやつを使わない手はない。聖書とかキリスト教も学んでるんだろ?そういう知識を使ってもらうってわけだ。意外に少ないからな、そういう人材は。会社もきっとお前をそういう理由で採っているはずだ。」

へー。そういうもんなんだ。確かにうちの大学からこの会社に入れたのは、私とあと国際関係の学部の人だけだったけ。

「わかりました。私頑張ってみます。上手くできるかどうかわかりませんけど。」

「おう。頑張ってくれ。別に今回誰もこの案件で成功できるとは思ってない。失敗するのが当然だからな。でもな、喧嘩ってのは楽しんでやらなくちゃいけない。理解るか?受験の時みたいに勝てる喧嘩をするわけじゃないからな。とことん自分の勘に身をゆだねろ。きっとうまくいく。」

やっぱ南海先輩ってこういうところかっこいいよな。なんだかちょっと嬉しい。

「まあ本質の事務的な作業はほかの優秀な社員がやってくれてるからな。」

うわ、余計ー。でも私は少し微笑んで

「先輩ってお刺身好きなんですね。」

「ああ、なんか悪いか?」

「いいえ。別に。先輩お酒飲んでる方がかわいいですよ。会社にも飲んでから出勤すればいいのに。」

「お前、軽口たたくんだな。」

「だって一応いま別に勤務中じゃないですもん。」

「勝手にしろ。」

先輩がおちょぼでお酒を飲んでいる。少し火照ってる横顔が美しかった。


 「部長ー。助けてください!」

「おお、桜木。どうした?どうせ南海君との出張の件だろ?」

「はい、そうですー!」

「なんだ、桜木ちょっとめんどくさいぞ。服装は赤嶺君に聞いてくれ。俺にはわからん!」

部長はオアシスだ。間抜けそうな顔、こんな顔していながらなかなか人物は大したもんだ。部長に選ばられる際に、やっぱり蹴落とし合いは起こったらしい。部長を推薦すると約束していた前専務は、部長を応援する部下に危ない案件をわざと振って部長の降格を狙ったらしいが、部長はそれを見抜いていたらしい。たまに部長が俺はいわば城代家老だ、なんていうことがあるがよく理解らない。部長は南海先輩のことをたまに「君はいわば椿 二十郎だね。」なんていうが、それがもっと理解らない。それでも部下のことをよく信頼してくれてるのは理解るし、私は好きだ。

 

 結局部長からは何もためになるような情報は聞けなかったが、マスコットでチャージしたから満足だ。会社の廊下を歩いていると、姫亜羅先輩の声がした。ティアラ先輩だ!声のする階下を見ると、社長とティアラ先輩は一緒にいた。

「どうしてもダメなんですか?」

イケメン色白金髪白馬に乗った子犬系社長は頭を?きながら、ちょっと困った様子で

「ごめんねー。僕も君は綺麗だし、素敵だと思う。だけど、やっぱり立場があるし、赤嶺さんはもっと良い人がいると思う。」

そういえば、ティアラ先輩って社長のこと好きだったよな。本気だったんだ。自分の好きな人が悲しんでる様子を見るのは胸が痛む。あんなに可愛くて、美人な先輩でも落とせない男の人っているんだ。むしろ今回はびっくりが勝ってしまったが。

「私、会社辞めてもいいんです。御空さんのためなら、なんだってします。いま会社にいるのも御空さんと会うためなんです!」

「うーん。嬉しいけどな。でもごめん。やっぱりデートには行けないや。」

「好きな人、いるんですか?」

金髪色白チェック柄の高級スーツはティアラ先輩と向き合う体勢から横を向いて

「いる。もう心に決めた人がいるんだ。」

後ろ姿で表情が分からないが、落胆しているであろうティアラ先輩は

「そうですか。」

それだけ言って、階段を上る。あっ、やばっ。こっち来る。どっかに隠れようとしたが、この廊下には部屋に入るところがない。あたふたしていると先輩に会ってしまった。

「あっ。あのごめんなさい。」

私はなんだか取り返しのつかないようなことをしたみたいで、嫌われるかもしれないという感情から何とも情けない表情をしてしまった。先輩にとっちゃ、こういう時にまごまごする自称自分推しの使えない恋愛経験処女ほどわずらわしくて、むかつくものはないと思うはずだ。ビンタでも憎悪の表情でも向けてくれー!怖さで目をつむると、柔らかい感触が顔と背中に伝わった。

「ごめん。ちょっとだけ。」

姫亜羅先輩私のこと抱きしめてる?一瞬頭が追い付かなかったが、確実ティアラ先輩の胸が頬にあたってる。

「先輩、」

「ごめん、もうすこしだけ。」

ティアラ先輩はきっと何も聞きたくないんだと思う。変な慰めの言葉より、今は先輩のために身を任せよう。一分経つかそこらだったと思う。先輩はまるで元気よく目覚めるときみたいに、ばっと私から離れて

「ありがとう、実香ちゃん。嫌じゃなかった?」

私は頭を横に振った。

「先輩、もし悲しくなったらいつでも私のこと呼んでくださいね。」

ティアラ先輩は目尻に残った涙を拭きながら

「実香ちゃんって優しいよね。私好き。いつまでも友達でいてね。」

先輩は私の肩にのっけていた手で私の頭を撫でると、ごめん、行くね、と言って去っていった。

 

 うわー。寝れねー。まじで寝れねー。私は今、ポテチを食いながら少しづつ溶けるアイスをかきこんで、ドラマを見てる。柔らかいピンクのクッションを背中に敷いて、膝の間にスマホを挟んで、器用に鑑賞している。こういう器用さが一番自己肯定感高めてくれるよねー、なんて心の中でほざいているとラインの通知が入った。

 「たぶん寝れてないんじゃなーい?実香ちゃん?」

ティアラ先輩からだ。目の前に憧れの人なんていないのに、とっさに髪の毛を直そうとして、返信返すのとどっちを優先するか考えているとポテチが二、三枚落ちた。やばっ。拾おうとしたが、返信するほうを選んだ。

「先輩ー泣、助けてください!眠れません。私このままだと徹夜ですー泣」

送信の紙飛行機のマークを押す前に、あれっ、この前あんなことあったのに先輩にこんな軽いノリでいいのか?という疑問が頭に浮かんだが、変にかしこまるほうがキモイと判断して送った。

「じゃあ、徹夜しようよ。お姉さんと?」「今から行っていい?」

もしかしてティアラ先輩酔っぱらってる?グイグイ系のティアラ先輩を想像するとなぜか緊張したが、会いたいのは確かだし、どうせしっかり寝ても飛行機乗るだけだし、会うことにした。

 

 部屋を片付けて、Uberでタピオカとスタ丼を頼んだ。やっぱ女子会にはスタ丼でしょ!ぬいぐるみの配置を考えていると、チャイムが鳴った。

「はーい。今開けまーす。」

入り口のドアを解除して、部屋から出てエレベーターの前で先輩を待った。

 明るい蛍光灯の光が見えると、中からティアラ先輩が直ぐに私を見つけて、手を振ってくれた。先輩チョーかわいい?会社にいる時と違って、オフの感じで少し緩めの、でもって可愛さはいつも満点パーフェクトガールはやっぱ違う!めっちゃ推せます!いやこの命をかけて推します!私も先輩に手を振って

「せんぱーーい!めっちゃかわいいーーー!」

「えーーっ!ありがとう!実香ちゃんもか・わ・い・い?」

「先輩に会えるなんてめっちゃ最高ですー!どうぞ中へ、どうぞ、どうぞ!」

「お邪魔しまーす。えーっ!部屋めっちゃ可愛いじゃん!なんか急に押しかけてすいません!」

「いいえ?こちらこそ、ゆっくりしてくださーい!」

先輩の上着をハンガーにかけて、お茶を入れようとしたら先輩が急に立ち止まった。

「えっ。待って。なんでここにあるの?」

先輩の声から深刻さが伝わる。先輩の視線はどうやらテーブルに向けられているようだ。「スタじゃん。スタ丼じゃーん?」

先輩が目をキラキラさせて、こっちを見てくる。

「えーー!なんで理解ったの?最高じゃーーん?」

「どうも!どうも!先輩にはスタ丼かなーって。」

「めっちゃ良い子だね!実香ちゃん」

先輩が頭をなでなでしてくれる。このひと時はたまらない。溶けそうだ。私のキュンのメルトダウンすでに始まってます?飲み物の用意をして、二人はテーブルの前に座った。

「なんかさ、ユーチューバーみたいじゃない?」

「わかります!」

「わかる?そうだよね!どうもミカティラでーす☆的な!」

「先輩のギャルピースめっちゃ可愛い!!えっ、もう一度やってください!」

「ミカティラでーす。」

今度はシックな感じだ。

「ちょーかわいいーーー?ですー。」

「実香ちゃんもやってよ!」

少し恥ずかしがりながら、でも心の中では自信をもって

「ミカティラでーす☆」

ウィンクにベーちょろだし。

「やだー!かわいい!!」

ティアラ先輩が私の頬をさする。目があう。ふたりとも瞳が輝いて、頬が赤らむ。何とも言えない、やわらかくてムズムズした感じ。ゆっくりとふたりは、唇を近づける。濡れた感触。ふっくらと柔らかい。私が上唇を吸うと、先輩が顔を右から左へ、離れずそのまま、次は先輩が私の下唇を吸う。微かに聞こえる二人の鼻息に、喉の奥から出る小さい喘ぎ声。最後にお互い全体の唇で吸いあって、視線はそのままに唇を離した。

「わたし、みかちゃんのこと、好き。」

「私も、です。ティアラ先輩。」

ティアラ先輩が私の髪を撫でる。指の間に髪を通して、優しく、降りてきた手で頬に手を当てる。私も両手を先輩の太ももに置く。

「先輩、社長のこと好きなんですよね。」

「うん。好き。」

ティアラ先輩は軽く頷く。

「社長って誰が好きなんでしょうか?」

「さあね。私にもよくわかんない。きっとセレブの誰かじゃない?」

ふーん。私はちょっとつまらなかった。好きな先輩がほかの誰かを好きになる。もちろん、結婚とかそういう意味で、みんな幸せを願ってる。純粋な好きなんて、みんなたくさん持ってる。その中でも、結婚する人っていうのは、条件とか、容姿とか、性格とか、ライフスタイルとか、あまりに理由としては脆くて、すぐにでも壊せるようなそんな小さな好きを育てるものだ。

「先輩、今日のこの時間だけ、先輩のこと独り占めしてもいいですか?」

「うん、して。」

私は先輩の首に手を回した。口づけして、覆いかぶさる。自分の気持ちを表現するために、先輩を押し倒して、唇で見返りを求める。相手がどれだけ自分を好きなのか、知るために。今度は、先輩の首をなめる。あごにキスして、先輩のにおいをかぐ。香水の匂いはよくできている。人の汗と混ざって、はじめて「匂い」が完成する。良いものは全部そうだ。余白を作ってくれる。「自分」が入れるところがある物に人はのめりこむ。「生きてる」って実感が得られるから。食べ物だって、靴とか家具だって、本とか漫画もそうだ。妄想とか、それを身に着けてる時間とか、思い出に金を出す。人は求める。純粋にはお互い好きなのに。悔しさが口づけを強くする。この人の気持ちは開かれない。お互い好きだけど、本当の好きって、エゴとか暗い気持ちとか、そういうの全部ひっくるめた全てを乗り越えられる何かが必要だ。だから人目には一瞬くだらなく映るけど、汚くていい。恋愛は汚くないと、何の価値もない。ただ純粋に好きってのは、言い換えれば商品パッケージが好きっていうことと同じだ。

「んっ。んっ。」

先輩の服をめくって、胸の間をなめる。どんなに強い女性も肌はやわらかい。白くて、きれいな肌にすがって、今度はブラをはずす。自分が縋ったものを愛撫しても無駄だ。もう縋ってるんだから。負けてるものが愛する資格はない。だからどんどん過激になる。愛は過激になるほかに道がない。終いには憎悪になって、取り返しがつかなくなる。明治の文豪じゃないから心中とかはしないけど、世の中の悪い思い出の別れって全部そうだ。好きが気持ちの殻を破って、相手に届かないってわかった瞬間から、憎悪の芽は出てる。リーマンショックみたいに愛のレバレッジが高くなって破綻するタイミングとか、被害の形が違うだけ。愛のゲームは始まってしまった。終わりが予感出来た瞬間から、それを忘れたくて相手を求める。今度は先輩の脚に自分の太ももを絡める。足の裏で先輩の肌の感触を感じて、頭で考えてること全部忘れたくて、勢いが増す。

「あっ。あっ。」

先輩の鼓動と自分の鼓動を合わせるために、自分の胸を先輩の胸に重ねる。この時間が一番無我夢中だ。手に入らないという安心感と、手に入れたいっていう馬鹿な焦燥感が、快感を求めさせる原動力になる。次第に手があそこに行って、お互い今度は見つめ合いながら刺激する。

「私たちって心の底から愛し合えないのね。」

お腹の快感を感じるときには、頭は冷静になる。瞳は潤んで、目の下は赤らむ。愛の終着点をお互い確かめる。

「だからこそ、寂しさを埋め合えるんじゃないですか?」

「そうしよっか。」

ティアラ先輩の小さな息が温かい。

「そうしましょ。」

二人とも今度は目を閉じて、お互いキスをした。


 「素晴らしい朝だ。」南海 春人、二十九歳。イケメンであり、人情味あふれるエレガントスマイルキラー。俺ほどにオートクチュールのスーツが似合う男はいない。否、一人だけいる。三船敏郎。いや、三人いるな。渡哲也に、ティモシー・シャラメ。しかし、俺をあなどるな。彼ら三人は確かにスーツが似合う。そしてイケメンだ。だが、彼らの魅力はスーツでなくても発揮される。つまり、彼らはスーツから愛されているとは言えないわけだ。それに引き換え、俺は

「スーツしか似合わん!」

カーテンがたなびく。窓も開けてないのに。俺はスーツ以外のとき、はっきり言ってダサメン。否、刺激すると通り魔しそうだから、警察さえも職質せずに後をつけるほどの超危険人物。ぼったくりバーでさえが、俺からだけ金をとらない桜通りの水戸黄門。俺なんだよ。結局、俺なんだよ。

「スーツを愛し、スーツに愛されている、完全無欠の超ーー、、、」

「うるさい!はやくスーツ着ろ!パンイチでカーテンひらひらさせんのまじでやめて!うち寝てんの。たくっ、まぶしー、、」

早川 美奈。俺が薔薇だと知る唯一の女だ。ママを除いては(注)。俺が高校のとき人生最大の失恋、瀬川 明人からフラれてから、メンタル管理と将来を見据えたカモフラージュ結婚への備えの点で利害一致。それからというものの、同棲を続けている。読者諸君、勘違いしないで欲しい。クリスマスにはプレゼント交換だってするし、夜景の綺麗な超、超、超、高級レストランで食事もするし(コース六万三千円だけど)、サンタコスしてクリパもやる。完全数記念日だってお祝いするほど俺たちはいい恋人同士だ。だが、愛してはいない。残念だが、俺が人を愛するには、でっかい胸筋とそこから垣間見えるあばら骨、ネルネルネルネのお水入れみたいな風呂桶の端っこみたいな三角形の鎖骨、麗しく骨太な太もも、そして反り立つ愛の電波塔がなければ、

「悲しいかな。俺は人を愛せないのさ。」

ふうー。

「コーヒーでも入れようかな。」

みなちは携帯をいじっている。

「みなちもコーヒー飲むか?」

「いらなーい。それよりフルーツ食べたい!」

きらきら光る瞳。俺が愛の電波塔と西川エアーみたいな胸筋とネルネルネルネの水入れみたいな鎖骨を必要としない、誰でも最初は愛せちゃう心の鍵ガバガバ男子だったら、きっと美奈を愛していただろうな。

 フルーツをみなちにお供えして、東京港区の安全を確保してから、俺、南海 スーツが似合う超イケイケ最高に女性をハッピーにする太陽より出しゃばっちゃうコラ!いけないぞ?笑顔が素敵な白馬の王子 春人は空港に向かった。


 「早いな。」

フライトの三時間前に俺、南海 春人は待ち合わせのBゲートに着いた。

「おはようございます!」

桜木 実香が明るく挨拶する。こいつ、可愛いよな。こういうところ。なんだか、心が温かくなった。

「よし、いくぞ。」

桜木の手を引こうとしたら、陰から御空 海人が出てきた。

「こんにちは!春人くん!」

グレーのスーツに青のネクタイ。ふん、自分の金髪を際立たせるコーデか。

「社長!どうしたんですか?」

あくまで明るくだ。

「んー。僕も同行しようかなって!実香ちゃんの仕事ぶりも見てみたいしね。」

「さっき、空港で南海先輩待ってたら社長に会ったんです。すっごい面白い人ですね!」

桜木がきらきらした瞳で御空を見る。なんだ?こいつは桜木を狙っているのか?

「桜木。お前、荷物預けてこい。」

あっ。桜木が慌てて受付に行った。


「社長。桜木のこと、好きなんですか?」

「参ったな。そういうわけじゃないよ。ただ、少し気になってね。厳しいで有名な南海課長から守ってあげないと。かわいい大事なうちの社員だからね。」

俺は一歩前に出て

「社長に桜木をやるわけにはいきません。」

「それは桜木ちゃんが決めることでしょ。」

ふん。社長を睨んだが、このままだとキュンの子犬顔になってしまいそうだったから立ち去った。

「私は先に行ってます。」

「お待たせしました!」無邪気な顔で戻ってきた桜木の手を引いて。


「あーー。待ってください!社長と一緒に行くんじゃないんですかー?」

手を引かれてる、というより引きずられていく桜木ちゃんは可愛い。

(やれやれ。どうやら、敵はなかなか強敵ってことか。)

俺、御空 海人はスーツをなびかせながら、ファーストクラスのラウンジへと歩いていった。

「きゃーー。かわいい!」

「っていうか、かっこいい!」

「もうーー!かわいいのかかっこいいのかわからないところが、たまらなーーい!」

黄色い歓声が今日も影のように俺に付き纏った。


 あーあ。社長からもっとこの頃社長のマンションにでる小麦色のミニチュアダックスフンドの霊の話聞きたかったなー。私、桜木 実香は南海を睨んだ。

「なんで、社長から離れるんですかー?怒」

「なんでって。それは、、」

南海の顔が赤い。えっ。待って、もしかして。

「お前が社長の隣で笑ってるところ見たら、、。なんか耐えられなくなって。」

きゅん!えーーーー!なにそれ!?えっ、待って。これ告白?やばくない?絶対告白でしょ!それ以外にこんなことふつう言わないよね?

「えっとおー。それは、どういうことですか?」

南海が目を閉じて、振り絞るように叫んだ。

「だから!お前があいつと一緒にいるところ見たくないんだよ!」

こんな南海先輩見るの初めて。えっ。気づいたら、南海先輩の唇が自分のと重なっていた。

「ごめん。先行ってる。遅れるなよ。」

それだけ言い残して、南海先輩は立ち去って行った。初めての男の人からのキスは、微かにチョコレートの味がした。


 どよーん。なんであいつ、口からニンニクの味がするんだ!?よりにもよって、大事な商談の出張だっていうのに。まあ、いいや。それはお互い様だ。俺もあいつの唇奪っちゃったんだからな。しかし、それにしても臭いぜ、じゃなくて危ないぜ。社長はきっと桜木を狙っている。理解るんだ。俺が桜木と一緒にいるといつも社長の視線を感じる。余裕そうな目をしているが、瞳の奥から闘志を感じる。

 はあーー。俺が溜息をつくと、数人の女が俺のため息を吸って回収した。

(社長は桜木が好き。つまりは女が好きだということだ。でも諦めるのはまだ早い。心の底から好きだから無理やり社長に求愛するわけにはいかない。結局、俺に残された道は一つだけ。)

「俺も桜木を狙っていることにする。そして、あのポンコツ見た目箱入り娘の裏ではユリユリバカだけど少しかわいい桜木をめぐって社長と死闘を繰り広げ、その中で俺の魅力に気づかせる。」

ぐっと、拳を握った。落ち込んでばかりいられない。前を向け、イケメン王子。薔薇族の栄光のために。

すっと立ち上がると、俺は歩いていった。ニンニクの匂いを微かにたたえて。


 突然のキスに驚いていると、携帯が鳴った。知らない番号からだった。

「もしもし。」

「もしもし。実香ちゃん。御空です。」

「社長!どうしたんですか?」

「いやー。さっきは南海君に君が連れ去られちゃったから。ファーストのラウンジ分かる?そこに来てよ。」

「はい!今行きます。」

はあー、社長がいてくれて良かった。このまま南海先輩と二人きりじゃ、どうしていいか理解んないよー泣。とりあえず、社長のところ行こう。

 初めてのファーストラウンジは入り口があまりに質素で、本当にここが入り口なのか迷ったが、入ってみると高級感あふれる空間だった。

「待ってたよ、桜木ちゃん。」

グラスを手にした社長がきらきらした笑顔で座っていた。

「社長ー。南海さんなんか様子がおかしかったです。」

「んー。それは桜木ちゃんが関係してるんじゃないのかな?」

すごい見破っている。

「そうですかねー?全然心当たりはないんですが。」

「桜木ちゃんってさ、彼氏いるの?」

「いないです。どうしてですか?」

「ふーん。こんなかわいいのに、彼氏がいないっていうのは理想が高いとか?」

「そういうわけではないですけど。でも恋愛は特別な人としたいっていうのはあります。」

「夢を追いかけてるんだね。」

「バカにしてるんですか?」

「ごめん、ごめん。でも、恋愛に真摯な桜木ちゃんだからこそ、惚れる男も多いと思うよ。」

「そんな社長は、好きな人とかいるんですか?」

社長は大きな窓ガラスの外を見た。滑走路から照り返す陽の光が眩しい。

「いるよ。」

ティアラ先輩じゃないんだ。

「目の前に。」

えっ。目の前って誰がいるの?御空社長が滑走路から私に目線を移す。社長の手が私に近づく。待って、もしかしてまたキスされるの?

「ライバルがね。」

怖くて閉じた目を開けると、社長の人差し指が目の前にあった。

「えっ!?」

「ごめんごめん。急にこんなこと言われても困るよね。でも、桜木ちゃんには言っておくよ。僕、南海君のことが好きなんだ。」

えっ?えっ!?えーーーーー!


 「機長の山下です。今日はニューヨークまでの快適な空の旅をお供させていただきます。まもなく離陸いたします。」

やばい。とてつもなく、、やばくない。社長の計らいで、二人ともなぜかファーストクラスに変更になった。急な変更だったせいか、席はばらばらで、私は今独立した敷居の中にいる。へえ。ファーストクラスってこんなところに扉があるんだ。水と何のためにあるのかよくわからない高級そうなナプキンが入っている扉を物色しながら、私はファーストクラスの座席に感動していた。

「このボタンなんだろう?」

所かまわずボタンをいじくっていると、大きな仕切りが降りた。

「ハーイ!」

知らない外人が、気を使ってくれて挨拶してくれた。

「ハーイ!苦笑」

すぐに仕切りを元に戻した。結構イケメンだったな。もう一回仕切り開けようかな?ダメだ!ダメだ!さっきからイケメンにキスされたり、ライバルだ、なんて急に言われて感覚がおかしくなってる。

はー。でも、なんだか嬉しかったな。南海先輩からの告白。結構きゅんとするな。思い返してみると、なんだか嬉しくて、何かに包まれているみたいに心地よかった。誰かから好きでいてもらえている。それだけでなぜか幸せだった。

「ホラーでも見よー。」



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