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第2章 機械工学者が知る秘密

「ご苦労様です!休憩時間になりましたよ!」


瑠奈が満面の笑みで恭典に近づいてきた。同じ表情で返す恭典。


「ここに座っても?」


隣の席を指して遠慮がちに聞く瑠奈に恭典が愛想よく「いいよ、いいよ!どうぞ!」と椅子を引く。


「今日は平日なのに混み合っているね~。いつもこんな感じ?」


「お昼の時間帯はいつもこんな感じですよ?」


クスッと笑う瑠奈に若干の自身の発言に対する恥ずかしさを覚えながらも、「そうか、そうか!」とさりげなく返してみせる。早速会話を弾ませようと力む。


「ここって、ハワイアン料理ってこともあってなのか、美味しい料理が揃ってるよね!」


「うちのお店はここ町田に展開するダイニング料理の系列店ってこともあって、珍しいものが並んでるんですよね!開店してからかなり年数は経ってますけど、それでもお客さんの足の運びは全然絶えないですよ」


「そうなんだ~。瑠奈ちゃん、ハワイアン料理は好きなの?」


「う~ん、そこまで好きだって訳じゃないけれど、お洒落な料理っていうのは憧れるものがありますよね~。そこで女子トークとかで盛り上がるきっかけも生み出せますし」


「女子トークかあ~。俺には女心は理解しようと努めることは懸命にしているつもりなんだけど、それでも全てを理解するのには難しいものがあるんだよな~」


「そんな、男性が女性の全てを分かるなんて難しいですよ~。でも、異性の話とかで盛り上がることもたくさんあるんですけど、品のある立ち振る舞いやエスコートをしてくれるだけで、それだけで私たち女性はキュンキュンするものだと、私はそう思いますよね!」


「………でも、イケメンっていう項目は女性たちにとって、外せないよね?」


思わずといった調子で笑う瑠奈。


「それはもちろん、端麗な面持ちの男性に惹かれることは間違いないですよ~。でもね、女性って総合的に異性を判断する生き物だから、いくら顔立ちが良くたって、優しくないし、横柄だし、おまけに不潔な服装とかしている人だったら、誰だって『イヤだな~』なんて思いますよ~。やっぱり私たち女性は紳士的というか、優しいけど、根のあるしっかりした人とか、あるいは夢を持っている人なんかにも惹かれたりするので、そういう人たちに憧れるな~っていうのはありますよね~。あと、自惚れじゃない意味で、自分に自信がある人とかもかっこいいな~なんて思ったりします」


早くも女子トークのような展開になってきていることに半ば躊躇する恭典は、会話に集中しようと無理やり自分を奮い立たせた。

しっかりしろ、こんなところでびびるな!

だが、あくまでさりげなさを装うんだ。


「そうかあ~。お食事一つにしてもしっかりと見ているって言うし、女性のぬかりのなさには本当に頭が下がるよ。脱帽する」


「でも、そこまで厳しく監視している訳じゃないから、そんなに身構える必要もないと思いますよ~」


「そうなんだね!………例えば、料理で何を選ぶかについても細かく観察したりはするの?」


「私の場合は、堂々とメインメニューを頼まないで、ジュース一本だけとか、そういう人でない限り、どんなメニューを頼んでも特に咎めにしないかな~って思います。それよりも注文の仕方というか、店員さんへの頼み方が横柄だったりすると、『ちょっとこの人、感じ悪いな~』なんて思っちゃったりはしますよね」


クスクス笑う瑠奈。

もう少し、あともう少しで狙っている会話に辿り着ける!前々から計画していた会話のパターンを一つ一つ噛み締めながら慎重になっていく恭典。


「そうか~。そういう部分って人となりとして大事だよね~。でも、俺としては好きな料理を奢ってあげたいとかそういう面を重視するかな~。そこでさ、例えばだけど、瑠奈ちゃんはどんな料理が好き?」


「え~、なんだろう~?………やっぱりパスタかな~?イタリアントマト風のソースに海鮮エビとか乗っているのが一番好きかな~?」


よし!俺が準備していた通りの展開に!

ここぞとばかりにさらけ出す。


「パスタは定番だよね!俺さ、みなとみらいにいいイタリアン料理があるところを知っているから、もし差し支えなければ今度一緒に食べに行かない?ご馳走するよ!」


どんな反応が来るのか、かなり緊張したが幸い喜んでくれた。


「うそ~!本当ですか~?嬉しい~!」


「いくらでも好きなもの、頼んでどうぞ!」


「本当にいいんですか~?じゃあ、楽しみにしてますね!」


「………ついでにどこか近くの穴場スポットでも行こうよ!何があったかな?あ、そう言えば赤レンガ倉庫があったな~。もちろん名スポットはランドマークタワーだけどね」


「う~ん、そういうのも好きなんですけど、私、本を読むのがすごく好きでね、よく書店巡りとかするんです!」


驚いたような表情を見せる恭典。


「本当に~!?それはびっくり、おったまげたな!どんな本を読むの?」


クスッと笑う瑠奈を表情を見て、嬉しくなるもその後に半ば真剣な表情を見せた瑠奈に頑なに緊張が走る。


「その本のジャンルなんですけど、私はよくこの世界の行く末について興味深く感じることが多々あって。世界の今後の未来予測とかそういう本にけっこう手を出すんですよね、私」


興味深い。どんなことなんだろう?

恭典が探る。


「世界の行く末か。人類の存続に関わることとか、そのような類のものかな?」


「まさにそうなんです。今の世界って、かなり行き詰まっている状況ではありますけれど、地球レベルで言うなら、端的に言ってかなりまずい状況らしいんです。この星にはある振動数があって、その振動数が著しく低下するとそこに住む生命の存続にも悪影響が出るみたいで………」


心当たりのあるワードを拾ったと察知した恭典が彼女に聞いてみた。


「………もしかして、それはグリッドのことかな?」


「え!知っているんですか!?」


目を大きく見開く瑠奈。頷く恭典。途端に彼もまた真剣な表情になる。


「うん。意識グリッドとも呼ぶけれども、俺は単にグリッドと呼んでいる。これって恐らく生命の意識を形成する特殊なエーテル結晶構造体のことだろう?電気エネルギーを均等に同一化する磁場の役割なんかも果たすやつ」


「よくご存知でしたね!」


「ああ、ちょっと、何というかその、今携わっている仕事がグリッドに関わる仕事でね。だから詳しいんだ」


「へえ~!どんなお仕事なんですか?知りたい!」


このような展開になるとは思ってもみなかった。だがかなりいい展開だ。俺の今までの努力を認めてもらう機会にもなり得る。


「今、日本のみならず、世界中で生物の体内からある物質が流れ出ているみたいでね、その物質が体内から抜け出てしまうと生命の存続の危機に陥ることが懸念されているんだ。俺はそれを食い止めるために、その物質を国民の体内に送信することで生命のグリッドを活性化させて存続させるだけでなく、その物質を電気エネルギーに変換して、オフグリッドとして契約している各個人宅や企業に送信する役割も果たしている、そんな仕事をしているんだ。言い換えれば、その物質による国民の体内への送信と、その物質の電気エネルギーの変換によるオフグリッドの電力供給事業とでも表現すればいいか」


「………その物質って何か聞いてもいいですか?」


「シンキトロンと呼ばれるバイオフォトンの一種だよ。ヒトの心を形成する根幹的な物質」


真面目な表情に頷く瑠奈。


「それは初めて聞きました。そのシンキトロンを使った事業はヒトの体内への送信とオフグリッドの電力供給と二つある、ということですか?」


「厳密にはその二つのことを同時に行う装置の開発や設備管理などを行っている会社だよ。シンキトロンを蓄積する装置が各取引先の建物付近に設置してあって、そこからヒトにバイオフォトンとして送信したり、あるいは電気エネルギーとして変換したものを照明などの器具への用途に使用する、というシステム管理もしている」


「それって、かなり画期的じゃないですか!」


「あまり世間には認知されにくい事業だけどね」


「もっと世の中に広まれば、きっと事業も拡大しますよ!」


「だといいんだけどな~。まあ、それはともかくとして」


脱線した話を元に戻す恭典。


「振動数と聞いて浮かんできたのがグリッドだったし、仕事にも共通している事柄だったので質問してみたんだ。ごめんね、話を遮っちゃって」


「いえいえ!全然!気にしていないですよ!」


「話を戻すと、瑠奈ちゃんが言う地球の振動数というのも、このグリッドに関係するものなの?」


再び真剣な表情に戻る瑠奈。


「そうなんです。実は地球にもグリッドというのは存在するんですよ。地球のグリッドは各々の生命のグリッドとも連動していて、この地球のグリッドこそが全ての生命を生物足らしめる根源的な誘因といっても不思議じゃないです」


「………そうなのか!それもそれで初めて聞いたよ!へえ~、地球にもそんなものがあるのか!」


「ええ。特に地球のグリッドと連動をうまく機能させることで全ての生命はその活動をより活発化させることが可能になるらしいけれど、この地球のグリッドが今、うまく機能していないらしいんです。それが何故なのかまでは分からないんですが」


「何か原因があるんだな、きっと」


「それでね、地球のグリッドによるものなのかまでは断定できないものの、世界の終末をすでに大昔から予見した文献が存在しているみたいで、それに今後起こりうる巨大な変動が比喩的に記されているようなんです」


「その古代文献の名は?」


「ラビ記。かの歴史的人物、シナイ山や十戒と深い関連のある、あのモーセが秘密裏に書き残したとされる秘密の書物です」


「ラビ記、か。聞いたこともないな」


「一部で出回っているくらいですから、無理もないと思います」


「………そのラビ記にはどんなことが書かれているのかな?」


瑠奈は深呼吸して一拍置き、これこそが大事な事柄であるかのように話し始める。


「モーセの十戒の時代から時が満ち足りた約二〇〇〇年後あたりに、大気を震わす巨大な音が世界を支配すると書かれているんです。その音は生きとし生けるものを滅ぼし、やがては大地の岩をも破壊してこの地球を消滅させてしまう、という予言が中心的に書かれています」


「恐ろしいな。その大気が振動するとは、一体どのような原理で働くのかな?そのラビ記に書いてある?」


「具体的な原理まではその詳細は載っていないんですが、一つだけ、その現象を説明する言葉があって」


不意に言葉を切ってためらう瑠奈。若干その表情に曇りが見える。少し怯えているようだ。すかさず恭典がなだめた。


「大丈夫だよ、無理して言わなくても。それが意味するものが何か分からなくても、もしそれに関して躊躇することがあるなら………」


「大丈夫です。その名は………」


「名は………?」


「よこしまなるラッパの轟き声、そう呼ばれるものです」


よこしまなるラッパの轟き声………。これもまた初めて聞く名だ。しかし、言うのをためらうほど怖いものなのだろうか?そんな現実がまだ差し迫っていないにしても?

何か隠していることがあるんだろうか?

そのことを知らしめるように、瑠奈がぽつりと呟いた。


「実は私………このことに関連するような夢をよく見るんです。低い唸り声のような音が全てを揺るがしている夢を。それも頻繁に。それはかなりの臨場感があって、夜寝つくのも怖いんです。だから、私………」


急にか細い声になって言葉に詰まってしまう瑠奈を優しく恭典がなだめた。


「大丈夫かい?心配だよ。思い出したくないものは思い出さなくていい。それよりも今大事なことは、瑠奈ちゃんが明るく振る舞ってくれること。そちらの方が俺にとってはよっぽど大事だよ。だから、怖がらないで。大丈夫だから」


あまり説得力のある言葉とは思えなかったが、それでも瑠奈が若干の笑みを戻してくれたことに、ほっと安堵した。


「でもね私、信じてるんです。この世界は必ず良き方向に導かれるって」


恭典の目を上目遣いに見ながら話を明るい方向に切り替える瑠奈。

さっきとは打って変わったその表情に、恭典は何を期待しているのか知りたくなった。


「何か打開策があるのかい?」


「はい。恐ろしい内容も書かれているラビ記ですけどそれには続きがあって、世界が終焉を迎えるその時、一人の戦士が大いなる愛のもとに全人類を良い方向に導き、この地球を救うという記述も載っているんです。彼は人々に自身を救えるのは他ならぬ自分自身であることを教え、その大きな可能性を開かせて地球に張り巡らされた計画を無事に実現させる、というものです」


「一人の戦士?選民思想か何かかな?」


「いえ、元々太古の地球に実在していたとされる、かつて世界を束ねていた存在の意志を受け継いだ者であり、全ての生きとし生けるものたちを終わることのない究極の幸せへと導こうとしたその計画を成就させる偉大な者なんです」


「………その存在は一体どんな者なの?」


カウンター越しの窓ガラスを見上げて、瑠奈は独り言のように呟く。まるでその存在に強い憧れを抱いているかのような面持ちを見せながら。


「一つ、その存在を言い表す名前があるんです。その名は………百獣の救世主。愛という偉大な力を持つ、全てという全てを救う大いなる戦士の名前です。いつか、その人がこの世界を最も良い方向に導いてくれてその危機をみんなで乗り越え、それに打ち勝った暁には人々は愛に満たされた素敵な時代を過ごす、というそんな記述です」


百獣の救世主。その言葉に違和感こそないものの、果たしてその存在たった一人だけで世界を救えるのか甚だ疑問に思えてしまう恭典だった。

そんな力を持つ者がこの世に現れる時が来るとするなら、その後における世界は一体どうなるのだろう。文明の末路が教える人類が好転へと向かう契機を、その者は本当に活かせるのだろうか?活かせるとしたら、どのような導き方をするのだろうか?


「百獣の救世主か………。名前はすごいカッコいいよね………。もし、そんな存在が世界を救ってくれるのなら、全ての人々からの深い感謝は絶えないだろうね。俺もそういったヒーローに憧れはするけれど、現実問題として実現できるかどうかって言ったら、今の俺にはきっと難しいだろうなあ」


不意に恭典の方を再び向く瑠奈。


「でね!その話なんですけれどね、その百獣の救世主になる存在は何も選ばれし者という意味じゃなくて、万人に与えられた機会としてすでに私たち人間の中に持っている、という話らしいんです」


「本当に?全ての人に平等に与えられた機会ってこと?」


「そうなります」


「へえ~!一体どんな?」


「万人に与えられたある可能性、それはラビ記ではエクリクシスと呼ばれています。何のことかというと、人には生まれながらにして持っている愛念―この書物では光ある物質としての記述しかないのですが―を長きにわたってその胸に蓄積してきた人物、すなわち、愛を体現し続けてきたことで人々に愛を分け与えられるほどの可能性を持った人物、そうモーセがエクリクシスと呼んだ光の物質の真価を発揮させることができる唯一の人物となりえる、と呼ばれています」


「つまり、日々の行いを良くしてきた人物こそがなれるってことだね。興味深い。俺もなれるといいな、そんな存在に」


「恭典さんの心の声が本当にそれを望んでいるなら、きっとなれますよ!」


「そうか、ありがとう!………恐らく休憩時間も過ぎる頃だろうし、今日はこの辺にしておこうか」


「はいっ!」


明るい声で答えた瑠奈が席を立とうとした時、恭典が思い出したように言った。


「そうだ!忘れてた!みなとみらいの約束の日程調整をしたいから連絡先を交換したいんだけど、できる?」


「もちろんいいですよ!」


端末を取り出して互いのQRコードを読み取って登録をした後、瑠奈は席を立って振り返った。


「そうしたらまた後で連絡下さい!よろしくお願い致しますね!」


「おう!連絡するよ!引き続き頑張ってね!」


「はいっ!」


笑顔でホールへと戻っていった瑠奈に再び視線を固定させながら、恭典は思った。

この世界がどんな結末を迎えるにせよ、それでもこの世界はすごく美しい、と。

その美しさを保つために、今の自分ができることは何なのか、それをしかと噛み締めて閉じていたノートパソコンを再び開いた。

作業に集中しようと画面を見る前に、カウンターの頭上にあるテレビのニュースが耳に入ってきた。思わずスクリーンに視線を移す。


「………先ほど午後一時五十三分頃、四国地方でやや強い地震がありました。震源地は徳島県南部の沖合い付近で震源の深さはおよそ五・七キロ、地震の規模を示すマグニチュードは約五・二弱と推定されています。この地震による津波の心配は今のところありません。現地の方は引き続き強い揺れに警戒して下さい」


地震か。いつどこで起こってもおかしくないものな。俺も備えくらいは一応しておくべきか。それにしてもみなとみらいで直下型地震とか来られたら一巻の終わりだな。まあ、そんなことを過度に心配してもしょうがないんだが。

どことなく他人事のように捉える恭典が画面に視線を戻した時にはすでに地下ではあるエネルギーによる凄まじい移動が起こっていた。それが今後の己の運命を自身で大きく揺るがすことになる引き金になるであろうことは思いもせずに。






引き続き午後もディスプレイとにらめっこを続ける御山和章の視界には複雑なパラメーターとそれに関連するグラフや構図がびっしりと敷き詰められている画面が広がっていた。今しがた得た記録をもとに算出したデータを作成し終えた後、それが厳然たる事実なのか再度確認したが、それでも揺るぎない事実として横たわっていることを再認識した。

一人呟く。


「嘘だろ………」


一大企業テレストメンタル社で働く彼が後々のデータ集計のために現在行っている作業はともすれば地質学者を全うする者たちのデータにも使えそうだが、それは企業機密として厳密に保管する、というルールがあった。それでも、今の和章には彼ら学者にこれら一切のデータを譲渡して研究に利用してもらいたいくらいの衝動があった。これらのデータが意味すること、それは………。


「やはり関連しているとしか思えないな………。この会社から地上に送ったエネルギーにおける地熱反応の数時間後に各地で地震が起きるだなんてな………。そんなこと、普通あるか?」


そんな一人言をぼそぼそと呟く彼の脳裏に一つの閃きが降りてきた。

そうか。あの人なら何か分かるかも。

端末をポケットから取り出して電話をかける。

数秒後に相手が反応した。


「もしもし、和章か。どうした?」


慣れ親しんだ父、仁也の声にすぐさま疑問をぶつける和章。


「事ある度に疑問に思うんだけどさ、ここグェナヴァシア大陸から俺が勤める企業、テレストメンタル社が地上に向けてエーテル状のエネルギー、エネクトロフェスを流したその数時間後に何故か地震が各地で頻発することが、明らかにデータ上の見地からも確実に見て取れるんだよね。これに関して何か分かるならコメント欲しいな、って思って。あ、今時間があるなら、の話なんだけど。大学は今日休みなの?講義は?」


「今日は祝日なんだ。今お前が住んでいるテルマンガン市国では祝日って言ったら恐らく建国記念日くらいしかないだろうけどな。要は私よりお前の方が忙しいはずだってことだ。何が言いたいか分かるか?」


「ちゃんと仕事しろよ、だろ。してるよ、ちゃんと。今は休憩だけど、もののついでに集積したデータを見返しているところなんだ。それにしても本当に不思議でしょうがないんだ。なぜそんなことが起こるのか。地質学者の父さんなら何か分かるはずでしょ。大学の講義も休みなんだし」


「そんないきなり言われてもな。だが興味がある。そのエネクトロフェス―まあ、テレストメンタル社が公然とその有益さを語ってはいるが―はどのような性質を持つエネルギーなんだ?」


「振動数の高い流体結晶を半透明状に、半ば霧のような状態に変換した液体―まあ海水なんだけどさ―を地下に張り巡らせた配電盤に流して、そこから集めた地球の地熱から発生した電気エネルギーのデータ、あるいはこの文明における幾多の情報を拾って各端末機器がそれを受信する仕組みなんだ。要は、地球の地熱を介して電気エネルギーに情報を乗せて、それを各地に届ける一連の仕組みを担っている。これはうちの会社のホームページにも記載されているはずだから、閲覧してみれば分かるはず。まあ、とにかく、これが地質学上において地震と関連があるのかどうか、ってそこを聞きたいんだ」


「振動数の高い、というフレーズを考慮するとなると、その振動が地盤に何か影響を与えるのかもしれん。私も詳しいことは何も分からない。おう、そう言えば」


「何かあった?」


「ちょうど先日に私にコンタクトを取ってきた機械工学者がいてな、新吉和峰という者なんだが、昔から面識はあるものの、少し変わった見識を持つ人なんだ」


「詰まるところ、どんな内容の?」


「詰まるところ、サイバーネーターさ」


「マジで!?サイバーネーター!?」


「彼はその開発者のうちの一人だ。というよりその第一人者とでも呼ぶべきか」


驚愕した。まさか、あの機械型拡張生体ユニットと関係する人物が間近にいたとは!それなら機械工学者という肩書きであることも頷ける。


「たまげたぜ。このグェナヴァシア大陸開拓時代に世間を揺るがしたあのサイバーネーター、その開発者がまさか俺の父の知り合いだったなんてな。父さん、なんで今まで隠してた?」


「別に隠そうとしていた訳じゃない。私もついこの間知ったばかりなんだ。隠すというのはいわゆる誤謬というやつだな」


「はいはい、分かった。で、続きは?」


「彼曰く、地球の地表には何か特殊なエネルギーの川が流れているらしい。その川には名前があってな………何と言ったか忘れてしまったが、ひょっとしたらその川にエネクトロフェスとやらを流し込んだ挙げ句、それが例えばの話、地底のチェンバーなどで蓄積された地熱が水蒸気爆発を起こし、結果として地震が誘発されることも考えられなくはない。しかしな、彼がその時最も強調していたことがあってな、こんな話は私にはあまり受け入れがたい内容ではあるんだが」


「構わない。言ってよ」


一段落置いて、父が続ける。


「サイバーネーターにはある知的生命のDNAがバーチャルなデータとして組み込まれているそうでな、そもそもにおいて、サイバーネーターとは古来より存在したある人体設計図を模写し、機械型拡張生体ユニット、つまり金属アーマーとして開発された経緯があると、そう聞いたぞ。最もその知的生命が一体どんな存在で、その基盤となった人体設計図がどんなものでどこから入手したのかまでは、私は聞かされなかったがな」


「そんな話が………。そのバーチャルデータとしてのDNAを有する知的生命と古代の人体設計図というのは、イコールになるのかな?つまり、知的生命の人体設計図ってことは?」


「さあ、分からん。そんな話も聞いていない。その時の私にとってあまり関心事の薄い内容に思えたので、追及はしなかったんだ。済まんな」


「いや、いいんだ。俺にとってはかなり細かい情報を得られた気がする」


「そうか………。おっと、そう言えばまだあったな。段々と思い出してきた」


「まだあるの?」


興味津々で乗り出す和章。


「現在はどこで保存されているのかは知らないが、現存しているサイバーネーターのDNAは、その地表を流れる川の成分と同じ物質でできているらしい。このことから、サイバーネーターのDNAをエネルギー化してその川に流すことでエーテル状エネルギー、つまりエネクトロフェスの振動を相殺させて地震を止めることが可能になる、とも話していたぞ」


何だって?地震を止める………だと?

彼は明らかに何かを知っているに違いない。

断言できる。

なぜなら、エネクトロフェスと地震が完全に関連することを示唆した言葉として表現しているからだ。最も、父はそのことに気がついていないようだが。

存外、鈍いな。地質学者のくせに。

まあ、それはともかくとして。

どうしようか?直接その機械工学者の新吉さんに聞いてみようか?だけど連絡手段を持っているのは父だけだしな。


「どうした、和章?」


会話が途切れたことを不審に感じたのか、父が聞いてくる。


「いや、特に何もないさ。ただ………父さんは新吉さんとどのくらい面識が深いのかな、って思ってさ」


父は電話越しにどこか遠くを一望するような声音になった。


「う~ん、私は異業種交流会に行ったつてで知り合っただけだからなあ………。お前も会って話してみたいか?」


「おう、是非とも!」


「彼がどういう態度で臨んでくるかまでは私も分からないぞ。それでもいいか?」


「構わないよ」


「そしたらな、今から連絡先を教える。メモの用意はいいか?」


手元にあった紙切れをそばに引き寄せて「オーケーだよ」と答える和章。

教えてもらった連絡先を書き留めた後、「私の方から先に紹介の連絡を入れておく。またその旨を連絡する。そうしたらお前の方から連絡してみるといい」と告げられ、「それも構わない」と返答する。


「それじゃあ父さん、よろしく頼むよ」


「そうだな。年に一度は帰省して来なさい。私でも親としての心配はこれでもしている方なんだぞ」


「わかってるって。後は………そうだな、妹の美那にでもよろしく伝えておいてくれ。お土産はグェナヴァシア特産のミルクレープでいいだろ?」


「構わんさ。あいつもかなりの甘党だから喜ぶだろう」


「おうともさ。それじゃあ、また後日に」


通話を切った後、和章の表情は至極真剣だった。

考えを脳内で巡らせてみる。

サイバーネーターのDNAがエネルギーの川とやらと同じ成分ということは、サイバーネーターのもとになった太古の人体設計図に含有されていたDNAもまた同じ成分を持っているということになる。ということは、もしも仮にDNAとエネルギーの川が完全に同一のものであるとするのならば、人体設計図とエネルギーの川は同じ年代に存在していたということにもなり得る。

設計図が古来から存在していたと証言しているに、そのエネルギーの川も古来から存在していたに違いない。そうとしか考えられない。新吉さんに聞いてみるのももちろんありだが、それよりも早くこの出所を知るのであれば………。

出した結論は明確だった。


「冒険家の寺原さんの出番だ」


今日の仕事を終えたら、彼に連絡を取って会いに行こう。

それがいい。

和章は再びディスプレイを凝視して業務に没頭した。






突如として起こった巨大な揺れにも、彼らエクシード一族は沈着冷静だった。予め来ることを分かっているからということもあるが、彼らのなにがしかに対して抱く不屈の意志がより強固な精神を築き上げていることにも、それは起因しているだろう。一方、雄哉はここのところ頻発していることもあって、巨大な揺れにおののいた。いくら地震大国であるとはいえ、いざ来るとなるとどうしてもパニックに近い感覚を覚えてしまうのは否めない。

そんな雄哉に対する関心を一時的に置いて、あることに注意を向けたエクシード一族たちは、眼前の地球儀に視線を集めている。もちろん、その表面にある日本列島においてだ。


「今回起こった地震はここ四国と大阪付近だった。今後、群発地震として起こる可能性は大地の鼓動という観点から見た場合、あり得そうか?」


そんな質問が湧いたことを受けて陽介が分析する。


「今、大地のエネルギーは関東地方へと向かって移動を始めている。それもかなり早いスピードでだ。恐らく今日の夕方頃には起きる可能性は高いと見た方がいいだろう」


「………この地震で結界は破られたのか?」


「いいや、まだだ。依然として保たれている」


「………では、関東地方で起きたのならば、結界は破られるのか?」


「それは俺にも分からない。だが、警戒しておく必要はある」


そんな会話が進められている中、突如として雄哉の脳裏に声が聞こえた。


―彼を、呼ぶがよい―


一体全体、何が………?


―私だ………かつて地球の王とある約束を交わした、もう一つの世界の王であり、百獣の王でもある―


動揺するも、その声に心で語りかける。


―あなたはどこにいるのですか?名前は?―


声が言った。


―ルオネイラ・グランディス………我らが血統を継ぐエクシード一族が持つ石板、十戒からだ―


思わずといった形で驚愕する雄哉。

十戒が直接自分に語りかけている………?


―お前のエクリクシスに愛念を送る………その愛念を通して彼を探すのだ………その時はすでに近づいている―


―一体、何の話を?―


―百獣の救世主、すなわち我が待ちわびたよみがえりし者の存在を、探せ―


よみがえりし者?先ほど陽介さんが言っていた………?

訳が分からないまま戸惑っていると、雄哉の胸に何かが入り込むような感覚を覚えた。それは愛情のような気持ちとして彼の心に静かに押し寄せてくると、その胸の中でぐるぐると回り始めた。


―奴らが動き出した気配を感じる………我々とて動かなければならぬ………その可能性を開き、彼を見つけよ………そして、かの大陸グェナヴァシアへ彼を導くのだ………頼んだぞ―


そう伝え終えた後、声は瞬時にして消えてしまった。

よみがえりし者………本当に存在するのであれば………。

躊躇がある気持ちへと切り替わり、事態の把握を試みようと決断した。






「日本列島で、反応を探知しました」


日本から離れた太平洋上に位置する世界、グェナヴァシアに本社を置く一大企業、テレストメンタル社のビル内のある一室。

捜査官ジェレノフが通信を行っている相手の声が若干楽しんでいるような声音になった。


「奴の声、ヴォイスが聞こえたのか?」


「ええ、間違いありません。四国と呼ばれる地域においてシンキトロンの反応が見受けられました。同時に我らが宿敵ルオネイラ・グランディスの設計図である十戒の存在も」


数秒間の沈黙があった。その相手はジェレノフに告げた。


「動き出す時が来たようだ。俺のいる場所に寄こすんだ。エグゾスを」



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