第一章第一節 出会い
どうもイヌイット2.0です。
エンジェル・ブラッドの第一章の始まりです。
少々わかりにくい表現があるかもしれませんが精一杯書かせていただきました。
皆さんに楽しんでいただけると幸いです。
「君は神や天使を信じるかい?」と俺は目の前の墓に問いかけるが、返ってくる答えはない。その事実が俺にあの日のことを忘れるなと囁いているようだが、俺が俺に忘れるなと問いかけているようにも感じる。
沈みかけた太陽が墓の前で一人佇む俺と姉貴の墓を照らした。
古びた墓が無数に並ぶ墓地には俺一人しかいない、毎日姉の墓参りをすることが日課だがいつも誰とも出会うことはない。手入れのされていない煤けた墓はコケや延びた植物のツルが巻き付いていて、誰もが本人の埋まっていない見せかけだけのハリボテには興味がない。仕方がないことだとも思う、なぜならもう人一人の死に構っていられるほど人類に余裕と時間は残されていないからだ。毎日多くの人が大切な人を失い、今にも崩れ去ってしまいそうなほど危うい世界で身を隠し、ひっそりと日々を暮らしている。
食事もなければ寝床すらない、あるのは道端に転がるムシの湧いた死体のみ。誰かを犠牲にし今日を生き延び、そうして作り上げられた屍の山に生き残った者が明日は我が身と怯える世界。その光景はまさに地獄で、残酷、悲惨、無慈悲、陰惨、冷酷、この世に存在する言葉では表せれない程だ。
こんな世界で生きているからこそ姉貴の言葉は強く印象に残り、脳裏から離れない。もし、今問いかけられたら迷いもせず即答できるだろう、神など居ない、そんなものただのまやかしだと。
気が付けば太陽は完全に沈み、月が顔を覗かせていた。長い時間佇んでいたせいか、足が痛くて重い。
「じゃあ、また来るよ。姉貴」
そうして俺は痛くて重い両足でその場を後にした。
空を見上げると眩いほどに輝く幾千の星と欠けた月がいつまでも俺を照らし続けていた。夜空が嫌いだ、星も月も近くで見ればただの醜い大きな岩なのにその事実を知らなければ夜を照らす美しい光、それがこの世界に生まれた理由もわからずただ「死にたくない」という理由だけで多くの人々を、実の姉を犠牲して生きてきた自分と重なって見えるから。「生きている」と言っても聞こえは綺麗かもしれないが俺は生をただ貪っているだけ、言い換えれば明日を生きたいと願う人々“だった”屍を正当な理由もなく踏みつけているに過ぎない。自分は生きている価値などないのだといつも思う。
片道一時間弱も歩くと俺の暮らす町に着いた。
明かりは無く人の気すらない、そこにあるのは静寂だ。皆見つからないように物音を立てないよう、そこに居ることを悟られないように家や地下に潜んでいる。見つかれば問答無用で奴らによって殺処分されてしまうから、そう奴らに。数年前に突如としてこの世界に現れ、多くの人々の命を奪ってきた恐怖の象徴、自らを神に仕える機械の使者「機械天使」と名乗る者たち。
中世の板金鎧のような形をしており全長が二メートル弱で白一色、頭部であるであろう箇所には十字の穴から覗く目であろう物体と頭上の天使の輪が青白く光る。背後には白鳥のように白い大きい翼、両手には巨大なランスとシールドを持っている。
なぜ突如現れたのか、人々のみを狙う理由も何もかも謎に包まれた存在。ただ一つわかるのは機械天使は何体も居るということ、大勢の機械天使が空を飛び回り見つけて人を見つけては処分することだけだった。稀に殺すことなく人をさらうなんて噂も聞くがその目的も理由も何もかも謎のままだ。
皆はじめは家や地下から出ることなく生活をしていたが半年もしないうちに外へ出る者がちらほらと現れ始めた。奴らは自ら人間を捜索することはなく、目の前に現れた者のみを処分する。それを知ってからは俺も見つからないよう物陰に隠れながら外を出歩くようになった。
町中に漂う異臭が俺の鼻の奥を突き抜ける。それは道端に転がる死体が放つ腐敗臭で慣れなければきっと嘔吐してしまうだろう、俺もそうだった。死体の全身には蛆が湧き、皮膚は完全に剥がれ落ちもう誰か判別することはできない。肉は所々野生の動物に喰い千切られ、その絵面は惨いとしか言いようがない。自分もそのような姿にならないように移動するときは細心の注意を払うようにしている。
奴らの死角に潜みながら音を立てないようゆっくりと、息を殺しながら家のある方へと進む。焦らず少しづつだが確実に一歩一歩家へ向かい、もう目と鼻の先のところまで辿り着いた。ここまで来たのはいいが家へ入るには今目の前を横切る大きな道を横断しなければいけない。これだけの簡単なことだがここが一番簡単で何より険しい難所だ。
柱の陰から上空を飛び回る三体の機械天使の様子を窺がうが、目の前の大きな道を渡りきれるほどの隙はない。額から汗が滲み出て、俺のほほを伝い顎から地面にぽたぽたと流れ落ちる。その時上空を飛び回っていた機械天使が動きを止め、一斉にその場を離れ始めた。今まで見たことのない光景に少し動揺したがその隙に家の中へと全速力で駆け抜け家に込んだ。
動揺と焦りからくる息切れで俺の心臓は激しく鼓動を打つ、息が苦しい。長期間運動をしていなかった体にはあの程度の距離を全力疾走するだけで限界だった。
家は外見から察しが付くほどにボロボロで部屋の中は全体的に黴臭く、埃っぽい。カーテンは閉じっぱなしで電気も一日中点けない、天井を見れば大きな蜘蛛の巣が張っている。キッチンから食べ物が腐敗した臭いがする。もう何か月もまともな食事を摂れていない、今は最低限の栄養素が含まれている味のしないコンバットレーションと水のみの生活を続けているがそれももう底をつきそうだ。この生活も限界が近づいているのだとつくづく思う、この家にはもう姉と過ごしていた頃のあの幸せな雰囲気は微塵も感じない。
俺は壁際に置いてある二人掛けのソファーに勢いよく寝転がった。ソファーに被っていた埃が宙に舞った、カーテンの隙間から指す月明かりに照らされて埃がキラキラと輝いているように見える。
音のしない部屋に一人寝転がっているとなんだか物寂しいく感じられる、姉貴に生かされたこの命を何かに使わなくてはいけないとそう感じるのだが何に使えばいいのかわからない。ただ何となく生きて何となく死ぬ、そんなことしてしまえば俺が死んであの世に行った時に姉貴に顔向けができない。こんな奴のために自分は命を張り、死んだのかと後悔して欲しくない。「何かをしなければならない」なんて大きな強迫観念が俺の体を心をジワジワと蝕んでいった。
次の日、俺はいつものように姉貴の墓参りに向かった。
昨日の夜から奴らの様子がおかしい、いつもなら上空には三機の機械天使が飛び回っているのだが今日は一機しかいない。この異常事態に戸惑いを隠せずにいる、これはこの町に暮らす住人全員同じだろう。
墓参りに行くのにいつもなら機械天使三機の目を掻い潜って向かっていたが、今日は一機だ。こんなの赤子の手を捻るように容易いことだ。いつもなら町を出るのに三十分以上掛かるところを今日は十五分で町を出ることが出来た。町を抜ければもう奴らの目を気にすることはない。どうやら人間が暮らしている町や村の上空を飛び回っているようで森や林、野原、もう人の住んでいない廃町村には奴らは姿を現さない、一度見つかれば目標を処理するまで追跡するが発見されずに町を出れば目立つような行動をしない限り見つかることはないようだ。だから俺は毎日姉貴の墓参りに向かうことが出来ている、あの墓場には奴らが姿を現す可能性は極めて低く、俺が奴らに見つかることはないだろう。
毎日姉貴の墓に行くのは俺が何をすべきなのか教えてくれるんじゃないかとそう思うから、そんなことは絶対にないと分かっているのに足が自然とこの場所に向かう。墓の下には何も埋まっていないのに、俺は未だに姉貴の死を受け入れられていないのかもしれない。頭で理解していても体がそれを拒絶する、だからこの場所に毎日足を運ぶ。
墓地と呼ぶには粗末なこの場所は俺と姉貴の思い出の地で、姉貴が俺を庇って死んだ惨劇の地。なぜ奴らがあの日この場所に現れたのかは謎のままだが、その謎を解き明かすための力を俺は持ち合わせていない。
姉貴の墓を持ってきた布切れで綺麗に掃除をする、跳ねている泥を一つ一つ丁寧に。十字架のような形をした不格好な形の墓石にはガタガタの字でナウラと彫られていて銀色に輝くネックレスが懸けられている。これは姉貴が生前に身に着けていたアクセサリーで死の間際に俺に託した物、姉貴の形見だ。普通なら形見のようなものは家で大切に保管したり、託された者が見つけるものだがこのネックレスは俺ではなく姉貴が身に着けているのが一番いいと感じるからここに保管している。もしかするとこれも姉貴の死を受け入れられていない証拠、言わば現実逃避のなかもしれない。
「俺はこの命を何に使えばいいのかな、何をすればいいのかな」
俺の口からぽつりとこの言葉がこぼれた。完全に無意識だった、今まで俺の中に溜まりに溜まったフラストレーションが溢れ出たように感じる。もちろんいつものことながら返答はない。その事実が俺の心を強迫観念が蝕む。
「答えてくれよ。頼むから答えてくれ」
誰もいないこの墓場に俺の声が響く。あまり感情的になることはないのだが珍しく声を荒げてしまったことに少し動揺した。それと同時に近くに居るかもしれない奴らに自分がこの場所に居ることがバレてしまったかもしれないとそんな考えが頭を過る。焦った俺はその場を離れようと墓石を背にしたときに背後から物音がした。それは機械が、いやロボットと言った方が正しいかもしれない。そのロボットが鳴らす機械音がした。
俺はこの音を、正体を知っている。人類皆が恐れる恐怖の象徴、天使と呼ばれる白い悪魔、そして俺の姉貴を殺した俺が復讐すべき相手。
息をのむ、額から汗が滲み出る。心臓が激しく鼓動を打つ、全身の筋肉がこわばった。ゆっくりと俺は振り返る、自分の聞いた音が勘違いではないことを確かめるために。手が震える、息が荒くなる。俺の眼にソレが映る、全身が白く背中には大きく純白の翼が生えている。天使の輪とレーザーのような目が青白く光る殺戮の天使。そう機械天使だった。
俺の脳が全身の細胞に「逃ゲロ」と危険信号を大音量で発している。その危険信号の言う通りに俺は逃げようと全身に力を込める。周りの音は一切聴こえない、聞こえるのは激しく鼓動を打つ心臓の音のみ、見える光景すべてがスローモーションのようにゆっくりと流れるように見えた。俺が一歩を踏み出した瞬間にその機械天使は大きな音を立てて膝から崩れ落ちた。俺がもう一度振り返ると機械天使は電源が落ちたように動かなくなった。
全身の緊張が一気に解けたのか俺は地べたに座り込み、大きなため息をつく。
よく見るとその機械天使は全身がボロボロで、町を飛び回っているものとは似ても似つかないほどだった。頭を見るとレーザーのような目の光が徐々に消えていくのに気が付いた。どうやら本当に壊れてしまったらしい。
ゆっくりと機械天使に近づくとそれは大きな音を立てながら煙のような蒸気のようなものを噴出させながら胸の部分が開いた。
俺は予想外の出来事に腰を抜かしてしまった。
機械天使の中は人が一人収まるほどの空洞が開いており、まるでパワードスーツのような作りになっていた。
「な、なんだよコレ……」
その時俺が目にしたものは機械天使の中で丸くなっていた傷だらけの一人の少女だった。
この時から、この出会いから俺の人生の歯車は大きく回りだしたのかもしれない。
どうでしたでしょうか。
この出会いから物語は大きく動き始めます。
皆さんに楽しんで頂けるようこれからも頑張って書かせていただきますので何卒よろしくお願いいたします。
では、次のお話でお会いしましょう、それでは。