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玄関前に停めてあったゆかりのプリウス。
いつものように運転席に乗り込もうとしたルカをゆかりが制した。
「今日は、ごめんけどあたしに運転させてね」
読めない表情。でも笑顔でゆかりが言って、仕方なくルカは助手席に乗り込んだ。
乗り慣れた車の、乗り慣れない席。に、少し戸惑う。
そして、その違和感だけではないのだろう緊張感で、少し重い空気の車内。
ゆかりが先日の件で話をする。ということは。つまり。
返事。
天国か、地獄か。
どちらにしろ、今の自分はゆかりの出す判決を待つのみで。
「あ、ごめん。今日のあたし、感じ悪いよね」
大人の、発言。冷静なそれが、ゆかりの答えを暗に示しているようで。
「いや、全然大丈夫」
重い空気を乗せた車は、すぐにゆかりの目的地へと辿り着く。
「覚えてる、るーちゃん?」
「覚えてるよー。わー、すげー懐かしい!」
そこは市民体育館。
かつて、ルカが小学生時代ミニバスの練習をしていた場所。
駐車場に車を停めて、でも体育館の中には入れなかったので、併設されている児童公園へと向かった。
「ここも、覚えてる? るーちゃん、練習してる時に美紅もお世話のお手伝いに行ってて、あたしの手が空いてる時はさやちゃん預かってここで七海と遊ばせてたの」
小さい滑り台。砂場とブランコと鉄棒。
今も小さい子どもが遊んでいて、その回りでお母さん達が様子を見ながらお喋りしている。
「バスケの帰りに俺も遊んだ覚えがあるよ」
「そうそう。さやちゃん連れて帰ろうとした美紅に、一回だけだからって滑り台滑ったりして」
「うん。あ、でもこんなに狭かったかな? 駐車場拡げたとか?」
「ふふ。違うよー、公園が狭くなったんじゃなくて、るーちゃんが大きくなったんだよ」
あ、そうか。
当たり前のことだけど、言われるまで気付かなかった。
「あの頃はまだるーちゃん小さくて、こんなせの低いあたしでもるーちゃんのこと見下ろしてたよね」
そう言えば、俺が中学校入るくらいからゆかりちゃんがどんどん小さな女の子に見えて来たんだっけ。
「凄かったよね、中学校の時の身長の伸び方。美紅が嬉しそうにゆってた、毎朝起きる度にルカがおっきくなってるって」
「嬉しそう、じゃないでしょ、迷惑そう、でしょ。中学の時に美紅に言われたよ、毎年制服買い替えるような余裕、ウチにはないんだから、ちったー遠慮しな、って」
美紅の口真似をして言うと、ゆかりがクスクス笑う。
「美紅らしいねー。でも、本当に嬉しそうだったよ。美紅も百七十近くあるから大きいのに、みるみる追い抜かされたって。田所さんも熊さんみたいに大きいけど、身長だけは抜かしちゃったね、るーちゃん」
少し遠い目をして。
ゆかりの目に今見えているのは、小学生のルカ、なのかもしれない。
「ゆかりちゃん……」
そう言えば。
挨拶のハグ。今なら、この雰囲気なら、してもいいかも。
そう思って、ゆかりの肩に手を伸ばした。が。
その手から、ゆかりは。
逃げた。
「ごめんね、るーちゃん」
初めて、逃げた。
もしかしたら、とは思っていたけれど。それでもそのショックは余りにも激しくて。
ルカは息を飲んだ。
「るーちゃんのこと、あたし、好きだよ。ほんとに、大好き」
笑顔。でも、いつものそれじゃ、ない。
ルカの全てが固まる。心臓も、止まってしまえばいいのに。
そう、思えるくらい、ゆかりの笑顔がルカを拒絶していた。
「バレンタインのチョコだって、できる限り手作りしたし、ハグのお約束もあたしがるーちゃんにハグしてもらいたいから、したんだよ。ほんとに、ほんとに、るーちゃんのこと、大好きなんだよ」
ゆかりの甘いはずのセリフ。
でも、ゆかりの表情をもってして、ルカの欲しい内容を完全に否定している。
「でもね、るーちゃん。やっぱり、るーちゃんは、半分“息子”なんだよ」
来た!
それこそが、一番言われたくない、出されたくない単語で。その言葉こそがルカを地獄へと引導する。
「るーちゃん、よく考えて。あたし、今年はもう三十七になっちゃうの。美紅と同い年なんだよ? こんなおばさんに、るーちゃんの相手なんてさせちゃダメだよ」
歳なの? それとも、美紅の息子だから?
「俺は」
「るーちゃん。ごめんね。ありがとう。好きって、言ってくれたの、すっごい嬉しかったよ」
「ゆかりちゃん」
「でも、ダメだよ。あたしはバツイチ子持ちのオバサンなの。綺麗なるーちゃんには似合わないの」
「そんなことない!」
「それにね。ごめんけど、あたしには七海がいるの。七海のこと、誰にも較べられないくらい、大切なの。七海のことだけは、絶対になくしたくないの」
痛い、セリフ。
ずるい。ななちゃんの名前なんて出されたら、そんなの、かなうわけ、ない。
「美紅にも、怒られちゃうよ。るーちゃんは美紅の大事な大事な息子だもん。あたしなんかと付き合ったら、美紅が赦さない」
「ゆかりちゃん!」
「あたし、美紅に嫌われたくないもの」
ルカに何も言わせない勢いで、ゆかりが冷静に喋り続けた。
「るーちゃんの成長はね、ずっと見てたよ。だから、あたしにとっても大事な息子だから。今は顔を合わせたくなくてもいいけど、いつかまた、落ち着いたら、その時はまた成長を見守らせて。美紅の親友として」
物凄く、太い、釘を刺された。
“ここから先は立ち入り禁止。”
そういう立て看板を、太い杭で打たれた。
「ごめんね、るーちゃん。家まで送るね」




