6.山を歩く魔法
「……それで、えっと、エルフさん」
「エルファルです」
「なんでついてきたの?」
日も昇りきって、街の南の山の中。
後ろにはぴったりくっついてくる足音があった。
「何か助けになれないかと思いまして!」
「……本気で言ってんのか?」
「私が勧めたことですからね」
むん、と胸を張る。
その心意気はありがたいが、もう今の時点で危なっかしい。普段の言動もそうだが、それ以前にこいつ、山に不慣れなのだ。その上服が昨日買ったスカートなので、もう本当に山を歩いてはいけない感じになっていた。
一歩踏み出す度よろけそうになっている。
なんならさっきずっこけていた。
「ん……頑張りますので、何でも、っしょ、言ってくださいね!」
街で大人しくしていてほしい。
ひどい不安要素を抱えながら、道なき道を進んでいく。段差を乗り越え、苔の上をそっと歩く。そこまで傾斜のきつい山ではないが、それでも随分体力を削られた。
とにかく木が多い。あちこちで太い根がうねり、絡み合う。時に苔まで生えているそれらは、注意しないと転びそうなくらい危ない。
「てっ」
「……」
エルファルは順調に青あざを増やしていっていた。
おぶってやったほうがいいのだろうか、これ。
「それで、ネインさん」
「ん?」
ちょっと真剣に検討していると、ふいに後ろから声がかかる。
「どうやってクルワグサを見つけるんですか?」
「ああ……この山にいるんだろ?」
「ええ。それはそうなのですが、結構広いですよ?」
「あー、えっと」
言われて、少し考える。
クルワグサは特徴的な植物だ。成長の中で周囲の植物という植物を食い物にして、その名の通り外敵を殺すための郭を形作る。それ自体の見た目も、ぱったり樹木のなくなる光景も、かなり目立つ方だ。
だからまぁ、てきとうに歩いていれば見つかるだろうとたかをくくっていたのだが。
「っ、と……」
……このままだと先に同行者が倒れかねない。
「まぁ、さっさと見つけるに越したことはないよな」
「……?」
一つ木の根を乗り越えて、俺は足を止める。背中にぶつかるエルファルの視線を気にせず、胸に手を当てて息を整えた。
何百回とやってきたことの、準備のために。
そっと息を吐く。体の中で脈打つ魔力を、膨らませた肺に送るようにして、それからまた息を吐く。
胸に当てた手で心臓を指す。
上へ上へとなぞりあげて、やがてまぶたに触れる。
「限りない眼」
溜まった熱を吐き出すみたいに、言葉を吐き出して。
しばらく、俺はそのままでいた。
「……ネイン、さん?」
やがてこらえきれなくなったエルファルが、窺うように声をかけてくる。もう少し見たいものを見て、それから言葉を返す。
「こっちだな」
「え?」
「ほら、行くぞ」
「あ、はい……きゃっ!?」
さっそく転んだエルファルを少し待って、また道なき道を進み出す。
しかし聞こえてくる足音は、少し控えめになっていた。
「こっちに、何があるんですか?」
「クルワグサ」
「……魔法、ですか?」
「あー、悪い。説明してなかったな」
恐る恐るな声の理由に気付く。突然立ち止まって、いきなり説明もなく歩き出したら、そりゃあ不気味か。
「『限りない眼』って言ってな。視界をひたすら広げる、身体強化魔法の一種だ。で、向こう……あと百五十歩くらいのところに一本も木がないところを見つけたから、そこに向かっている」
「そんなことが……さすがです!」
「あのな……っと」
説明一つでエルファルは歓喜し、無節操に褒め出す。騙したような居心地の悪さに口を挟もうとして……ふと、それに気付いた。
仕方ない。諦めて、注意に徹する。
「ここから右に曲がるからな」
「へ?」
突然のことに、エルファルは目を丸くする。その顔に、どう説明するか悩んで、結局やってみせることにした。多分やった方が分かりやすい。
落ちていた木の棒を、目の前にからからと転がす。
途端、ばくん! と
地中から掌ほどの何かが、棒に噛みつき、地中へひきずりこんでいった。
後ろから小さな悲鳴があがる。
「こういうことだ」
「今、のは?」
「さぁ……クマガエルとかの子供の巣じゃないか? 足くらい平気で持っていくから、踏まないように気をつけろよ」
「……なんで分かったんですか?」
「別に、なんか……違和感だよ。一回掘り返した地面の感じがして」
「え……と?」
納得に変わりかけた顔がかくんと傾く。理由と言われても、実際経験とか勘とか、そうとしか言えないのだが……
強いて言うなら。
「『限りない眼』のおかげだろうな」
「え?」
「視野を広げた上で、端から端まで見えるようにする魔法だからな。このくらいの距離なら砂粒も見える」
だからって砂粒の比率とかで判断した訳じゃない。
基準はやっぱり勘なのだけれど。
「……それって、大丈夫なんですか? 見えすぎて、頭がパンクしてしまったりとか」
「そのあたりは魔法の方が助けてくれてる。遠くまで見えるけど制限はあるし、よく見えるって言っても俺のさじ加減で調整も出来る」
「すごい……! すごい魔法ですね、ネインさん!」
「ああ、うん……」
「さすがはネインさんです!」
「この場合魔法を作った人を褒めるべきじゃないかな……」
初等の魔道書から拾ってきただけの俺に、エルファルはきらきら輝くまなざしを向けてくる。痛い。心が痛い。
むずがゆい気持ちのまま、しばらく歩く。相変わらず道は険しく、エルファルはこける。それを心配して足を止めると、焦って立とうとしてまた転ぶ。
そんな風に一人の二倍くらいの時間をかけて、辿り着く。
「……うわぁ」
思わずといった調子でエルファルが呻く。
同感だった。
クルワグサの、その「領域」を見れば。
一時間後にもう一話投稿します




