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5.掲示板と依頼書

「というわけで、ここが掲示板です」

「……おおぅ」


 思わず変な声が出た。


「結構、あるでしょう?」

「結構って量じゃないぞこれは」


 宿屋から北に百歩ほど、道中にぽつんと掲示板はあった。両腕を広げたくらいの横幅のそれは、まぁ大きいとも小さいとも言い難いもの。

 そしてほとんど敷き詰めるみたいに、依頼書がずらりと並んでいた。


 十枚……いや二十枚はあるかもしれない。

 何にそこまで困っているんだ、この町の住民達は。


「来れば分かる、というのも本当だったでしょう?」

「……まぁ、うん」


 聞くまでもなく、そんな疑問も見れば解けた。


『マクベス・スコッチ

 依頼内容:ダンガンイチゴをいくつか

 報酬  :一つあたり銅五枚

 備考  :十まで         』



『アテネ・アイギス

 依頼内容:手芸を教えてくれる人募集

 報酬  :銀一枚

 備考  :マフラーを手編み出来るくらいまでお願いします』



『エメンターラー・ユータニア

 依頼内容:蜂蜜をください

 報酬  :銅三十枚

 備考  :たくさんください』



 ……要は別に達成されなくても構わないものを貼っているのだ。あればいいな、くらいの気分で。


 となると、別な疑問が湧いてくる。


「これ、減ることあるのか?」

「私が生まれる前は結構減っていたそうですよ。いらっしゃった冒険者の方なんかがお小遣いかせぎにやっていたとか」

「……ちなみに、今は?」

「流れ星にお祈りすると願いが叶うって言うじゃないですか」

「……」


 これ、達成しても報酬もらえないんじゃなかろうか……


 ものすごく不安になりながら、一つ一つの報酬を吟味していく。なるほど確かに神頼みらしく、相場はかなりてきとうだ。というか、払ってもいい金額を書いているようにしか見えない。


 特にこの『エメンターラー』なる奴の依頼はやばい。蜂蜜の量が指定されていない。一滴でも持って行けば銅三十枚くれるのだろうか。

 ……トラブルになるのが見えているので、受けようとは思わないが。


 それでも探し続けていると、なかなか良いものを見つけた。



『ウィリアム・エラーチェ

 依頼内容:アマネユリ五つ以上

 報酬  :一つにつき銀一枚

 備考  :研究に使うのでいくらでも可』



 思わず二度見するほどに、全てが好条件の依頼だ。持ってくるべきものの簡便さとか、いくつ持ってきてもいいこととか……中でも報酬の良さが群を抜いている。

 元よりアマネユリという花は、その独特の魔力による研究用途の他に使い道のないもの。それが一本銀一枚というのは、ちょっと信じられないくらい高い。


 これにしよう。そう、依頼書を剥がそうとして。


「ネインさん! こちらの依頼、どうですか?」

「うおっ」


 取ろうとしたところで、横から別の依頼書を押しつけられた。

 頬に。ぐいっと。


 ……流石に無視するわけにもいかず、内容を見てみる。



『サラドール・テルスルース

 依頼内容:クルワグサの花をたくさん

 報酬  :一片につき銅貨十枚

 備考  :食材に使います     』



 その内容はなんというか、まぁ、微妙だった。というか、ここにある依頼の中で一番くらいに報酬が悪い。

 何より、取ってくる物がえげつない。クルワグサって……イノシシくらいなら苗床にしてしまえる植物を取ってきて銅貨十枚ほどなんて、あまりに割に合わない。


 しかしエルファルは、今までで一番真剣なまなざしで俺を見ている。

 ……ものすごく、本当にものすごく嫌な予感がした。


「この依頼主、サラドールさん。彼は本当にいい人で、なのにずっと苦労をされてきた方なのです」

「ああ、うん」

「馬肉のおいしさを広めようと新種の豚として売り出すなど工夫したのに売れなかったり、食べられる孫の手を開発したけれど全く売れなかったり……そして五年前のあの事件以来行商人が来なくなったことで、とうとう食材の材料も満足に仕入れられなくなってしまったとか」

「それはまた……」


 最後の以外は本人の商才の問題じゃなかろうか、それ。


「この依頼は、そういった切実な事情から出されたものなのです」

「……それならなおさらここに貼るべきものじゃないだろ」

「ここに貼るしかないのですよ、こういう依頼は」


 ふ、とエルファルが目を伏せる。どういう意味だ? そう問えばエルファルは少し迷いながらも口を開いた。 


「……誰にも頼めませんから、こんな危険な頼み事」


 呟くみたいな言葉に、ようやく腑に落ちた。


 当然といえば当然の話だった。クルワグサは、その危険さと得られる物の少なさに冒険者でさえほとんど手を出さないような植物だ。そんな危険で不毛な依頼を、こんな辺鄙な町の中で頼める人なんている訳ない。

 だからせめて、張り出してみる。

 それこそ星に願うみたいに。誰かそんな悪条件でもこなしてくれるような、正義の味方みたいな人が現れるのを信じて。


 だから、エルファルは俺にこれを勧めるのだ。


「どうです、かね」


 最もそれは、ウィリアムさん達、他の依頼者らにだって同じだろう。そうそう手に入らないものを縋るみたいに張り出す。たまたま俺が見出さなければそのまま朽ち果ててしまっていたはずの、切実な希望。そこに差なんてないし、上下だってない。

 だから別に、そのごり押しに従う必要なんかない。


「……」


 ない、のだけど。


「……で、なんだ。受けるときは挨拶に行けばいいのか?」

「え、と……いえ、依頼書と一緒に納品すればそれでいいそうです」

「そうか。サラドールって奴の家は……まぁいいか。あとで教えてくれ」

「それって……!」


 少女の無垢な目がきらきらと輝く。それに多少満たされた気分になる自分が嫌になる。偽善というか、見栄っ張りというか。意志が弱すぎないか、俺。

 思わず溜め息がこぼれる。その内いいように使える人形扱いされるんじゃなかろうか。

 こいつに限ってそれはない、なんて思っている自分も、何だか馬鹿みたいで。


 ……まぁ、別に。

 他の好条件の依頼は明日以降もやれる。悪い悪いと言った報酬も宿賃以上は稼げそうだし、受けるのが無駄って訳じゃない。


 それに。


「ありがとうございます、ネインさん!」

「お前が感謝することではないような……」

「やっぱりあなたは、正義の味方です!」


 こういう笑顔を見られるのも、この依頼だけの報酬だ。

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