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12.袋小路の町

「それで……」


 エルファルの重々しい声が部屋に落ちる。


「町を救うナイスアイデアは、思いつきましたか?」

「……」

「……」

「あのー……」


 鼻歌でも吹きたい気分だった。


 ダンジョンの話は尽きることはなかった。訳の分からない進化を遂げたダンジョンは、語るのも楽しく、そしてムーアが興味津々に聞くもんだから更に話すことが増える。

『厄鬼の住処』、『グラーベン湾の船の墓』、『シュトローマン遺跡』

 語って、語り合って、長い時間が経ち。


 ……本題はどこか遠くへ消えていた。


「確かにダンジョンの話を聞こうと言ったのは私ですし、実際興味深い話はいくつもありましたが、しかし実際にアイデアにならないと意味がないのでして……」

「……全くもってその通りだ」


 今回ばかりは本当に俺が悪いので、下げた頭が上げられない。

 そんな俺達を見ていたムーアが、ぼそりと。


「なんか、親子みたいだね」

「……ああ、毎日大変だ」

「いや、エルファルさんが……なんでもない」


 ……普段は本当に大変なんだよ信じてくれ。


「違いますよムーアくん。ネインさんはお父さんじゃありません」

「あ、うん、それは分かって」

「正義の味方です!」

「……え?」


 …………。


「ムーア、俺にもさっきの地図を見せてくれ」

「え、あ、はい」


 不穏な話を切り上げて、さっさか話を進める。伝わったかどうかは分からないが、ムーアは困惑しつつも手早く俺達三人の真ん中に、町の地図を広げた。


 店のリスト、生き物たちの分布。

 何度見ても、片手間で作った物には見えない。


 それを端から端まで見て、ふと思う。


「……宿だけは整って残ってるのな、この町」

「あまり軽々と引っ越しできるものではないですからね」


 魚屋、雑貨屋、そういう店が一つずつなのに対して、宿屋は三つ。素泊まりオンリーに朝夕付きとランクだって色々ある……ちょっと過剰なくらいに。

 だが過剰というのも、この町を訪れる人がほとんどいないからだ。

 つまるところ、旅目的の人間を呼べるようなことが出来れば。


「定番だと遺跡とか……あとはまぁ、山とか森とかもそうだよな」

「そう……ですか?」

「どこに行こうってことじゃなくて、たまの休みに知らない片田舎の町へ、みたいなのだったら聞かなくもない」


 その場合歩けばすぐ深い山があるこの町は、多分候補の外だろうが。

 それでも山に違いはない。なら……


 しかしエルファルは、頬に手を当てて唸る。


「……あの山で、ですか?」

「うん、ないな」


 言い出して三秒で取り下げた。

 いや、クルワグサにクマガエルにちょっと危なすぎるし。別に珍しい植物が生えてるってわけでもないし。確かにクルワグサはちょっと珍しいだろけど、それを見に来たがるようなモンスター愛好家がいるとは思えない。


「なにか……もっとこの町独自なものはないもんかな。何か、こう、珍しい生き物でも」

「クルワグサは割と珍」

「それ以外で」

「……ですよね」


 エルファルが苦笑いで取り下げる。俺も何か見落としはないかと地図とにらめっこする。

 しばらくして、あ、とムーアが手を上げた。


「なんかあったか?」

「キノボリトリとか、結構珍しい」

「キノボリトリ……」


 あんまり見たことはないが、名前だけでどんなやつかは分かった。

 木に登るんだろう。こう、ちょっと大きめの足で。


「味は独特だけど、美味しいし臭みもない。サラドールさんの料理の中では美味しかった方」

「……なんでも作るんだな、あの人」


 美食家とかの方が似合いそうである。


 しかし、そうか。忘れていた。

 珍しい食材の料理だって、一つの旅の目的になるのだ。クルワグサのステーキだって別に不味いわけじゃない。そういうものをいくつも作って、それを売り出していってもいいだろう。


「キノボリトリなら、串焼きにでもするか? 淡白って言うなら煮込んでもいいかもな」


 思いつく限りの料理を並べてみる。一応は野生の鳥を鶏と同じ扱いをしていいかは疑問だが、それでも色々と作れそうだ。料理の種類自体は、そう困らないだろう。

 出てきた料理のいくつかに、エルファルは美味しそうって笑う。


 しかし。

 ムーアはどこか暗い顔で、言いづらそうに口を開いた。


「……でも、それで人が来るとは思えない」

「え?」


 エルファルも戸惑って、その顔を覗く。当然俺も聞き返す。


「どういう意味だ?」

「本当に田舎の町だから……ここに来るまでにもいくらでも町はある」

「でも、それこそキノボリトリなんかは結構珍しいんだろ?」

「珍しい料理を食べたいだけなら、ここじゃなくてもいいから」


 その言葉に、気付いた。

 思い出したと言った方が正しいかも知れない。


 そうだ。別に食事が美味しくて、ここより交通の便がいいところなんていくらでもある。食事だって旅行の目的にはなるだろう。

 でもこの町である必要は、まるでない。


「それこそ、都のすぐ近くのクーシェとか……あそこに集まらない食材はないし、別にキノボリトリもクルワグサも本当にここにしか生息してないってわけじゃないし」


 クーシェ。あらゆる料理が集うという、町民のほとんどが料理人の町。その名を出されてしまうと、もう何も言えない。

 実際珍しい料理を食べたいって言うならそこで十分なのだ。

 わざわざこんな町に来る必要なんて。


「……」

「……なんか、ごめん。暗いこと言っちゃって」

「いや、むしろありがたいくらいだ」


 気付かずに、「いいアイデアだ!」って進めるよりはずっとマシだ。だから何か恨んでるとかそんな感情はない。

 ただ、思い知っただけだ。この町が、どれくらい望みのない状況にいるかを。


 金があろうがなかろうが。

 思った以上に、この町が手詰まりであったことを。





「……となると」

「これも駄目、だな」


 たった一行だけの案に、むなしく横線が引かれる。

 これで十案目。


 俺達の『シルマギ復興秘密計画』は、ほとんど座礁していた。


 南の山を使うことを諦め、町の施設を考え、また諦めて山の地図とにらめっこして。

 散発的に浮かぶ案は、大体くしゃりと潰れて。


 そもそも数十年前にダンジョンがあったから発展しただけの町だ。ここだけの伝統や文化があるわけでもない。

 シルマギに、シルマギ独自のものなどない。

 であれば、こんな僻地に人が訪れる理由も思いつけず。


 紅茶は空になって、けれど喉も渇かない。

 よく分からない沈黙のまま、俺達は地図を見つめることしか出来なかった。


「……やっぱり、無茶なのかな」


 ぽつりと。

 ふと、ムーアが呟く。


「もう、シルマギは……」


 それに答える声もない。

 狭くて暗い地下の部屋は、みみずの一匹すらいない。ほんのちょっとの雑音さえ聞こえてこない。重苦しい無言が、ムーアの言葉と溶けて混ざる。


『もう、シルマギは』


 その諦めたような言葉を、肯定したみたいになるのが嫌で。

 俺は、わざとらしく大声をあげる。


「ムーア!」

「わっ」

「お前の書いたダンジョンの資料、見せてくれ」


 まず大声に驚いて、次にその顔が不思議そうに傾く。


「……なんで?」

「多分この地図より、ダンジョンのの方が山のことは詳しく書いてるだろ。それにこっちだけじゃもう詰まってる。他の視点を入れたい」

「でも……」


 でも。

 何が言いたいかは何となく分かる。もう一日も一緒にいたんだ、こいつが何に泣いて何に怒るかくらい、見てきた。

 だけどそんなの、今は関係ない。


「ダンジョンありきの町だったんだ。なら、この町を生き返らせるヒントだってダンジョンにある」

「……」

「そう、だろ?」


 雑に引用した言葉に、エルファルは反応しないし、ムーアは不満げな顔を崩さない。それでも何かを諦めたように、俺に紙束をいくらか渡し、それからまた町の地図に向き直る。


 今はそれでいい。

 そう思えた。


「えっと、こっちが探索の経過年表で……こっちは罠の一覧か」


 ムーアの資料は、予想以上に細かく、詳しかった。大別すれば二種しかなかったような罠を起動条件で細かく分け、分析し、経過年表はいつ何人が挑み誰が死んだのかまで、ほとんど一日単位で書かれている。

 その分、量も膨大なことになっている。年表だけでも二十枚以上、全部合わせれば百枚を優に超えるだろう。

 ……全部見尽くすのは、ちょっと無茶だろうな。


 ちらりと二人を横目で見る。疲れたのか、エルファルはいつもの勢いがない。それでもしっかり頷いて、あれこれ意見を述べているようだった。


 一方のムーアは前屈みで、いくつも案を出して。

 結局その大半は自分で潰していたけれど。


「さて、こっちが……地図か」


 自分の持ち場に目を戻す。俺は俺のやれることをやろう。元よりダンジョンにしか詳しくないような、余所者だ、きっと話し合い自体はあの二人で進めた方がいい。

 俺は俺のやれることを。

 例えば、まだ検討の場にすら上っていない、あの二人も忘れているこの町の特徴を……


 そんな、半ば夢みたいなことを思いながら、その地図を開く。

 手書きながら正確で、山の中のダンジョンの位置、広さ、それ以外にも細かく描かれている。


 探索跡、探索ルート、そして……


「……え?」


 目を疑う。

 目を擦ってみる。だが何度見ても、見間違えじゃない。


 気付いた瞬間、息の仕方を忘れた。


 だって、こんなものを……


「……ムーア」

「なに?」


 たった、一人で?


「これ……何のマークだ」


 震える声で、そう問う。余程挙動不審だったのだろう、ムーアは訝しげな顔で、答えた。




「木槍の罠の、位置、だけど」




 指し示した、何十と点在する丸にバツが入った印。

 こともなげに答えられたそれに、俺はまた絶句する。


「え、っと……どうしたの?」

「……ムーア」

「あ、うん」

「じゃあ、これはなんだ?」


 バツ印とは少し離れたところの、大きく囲うようなマーク。

 五つだけ、ダンジョンの隅の方にある。


「そっちは……クマカエルの巣、かな」

「じゃあこれは?」


 バツ印に被せるように、バツ印よりも大量に書かれた、ふきだしのようなマーク。

 その中に書き込まれた記号には、一つとして同じものがない。


「冒険者の、死亡予測地点」

「じゃあ……これ、は」


 ひし形のマーク。

 たった一つ、地図の中心にぽつりと。




「ダンジョンコアがあった場所」




 ムーアは言う。言って、首を傾げる。

 どうしたのか、と。半ば心配するような口調で。


 それでも俺は何も返さず、ただじっと考えていた。


「……ネイン、さん?」


 ムーアの言葉が本当なら。

 こいつがダンジョンを再現しようと、かつてあった『槍の森』の()()を調べていたなら。


 つまり、それは。


「あの、大丈夫、ですか?」

「エルファル、ムーア」

「え、はい」


 本当に、子供の戯言じゃ済まなくなる。


「思いついたぞ、ナイスアイデア」

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