3.家出少年の根城
五年前から廃れ始めたというこのシルマギという町も、けして一様にさびれていっている訳じゃない。宿のある東側はまだ客が来る方らしく、大通りの市場も活気がある。
一方、西側は。
「昔はここにも、宿とか色々あったのです。けど……」
「……なるほどな」
尻すぼみになるエルファルの声を聞きながら、ひび割れた街道を歩く。
左右に並ぶ家々は、古び汚れて、廃墟と言ってもいいような姿。
レンガのひび割れもひどい。今にも崩れそうな、そんな調子だ。たった五年、人が寄り付かないだけでこうもなるのかとすこし怖くなるくらい。
「手入れする人も余裕もありませんから」
「まぁ、な」
エルファルの声がやけに大きく聞こえる。人のいない空き家だけの道は、不気味なくらいに静かだ。少し寒気を感じるくらいに、おどろおどろしい。
自分の住む街のことなので、さすがにエルファルは怯えたりなどしなかった。だが代わりに、その顔は暗い。
五年間、さびれていくのを見ていたのだろう。
この廃墟がぴかぴかの時、この通りに人の笑い声が聞こえた頃から。
無言のまま、俺達は歩き続けて。
やがてエルファルが足を止める。
「ここ、みたいですね」
「……見た目は普通だな」
そこはやっぱり、古びた家だった。塗装があちこちはがれていて、レンガはヒビが入ったり黒い染みがこべりついたり。酷い有様の、ありふれた廃墟。
こんなところに、子供が一人で何週間も。
エンカさんの言葉に、喉がきゅ、と締まる。
「……じゃ、行くか」
俺の言葉に、エルファルが重々しく頷く。気を引き締め、ぼろぼろのドアノブに手をかける。
扉が、軋みを上げて開く。
中はまぁ、大体想像通りだった。入ってすぐにリビング、台所、放置されたままの机や椅子は埃を被っていて、古びた本のような臭いがむせかえるほど満ちている。安っぽいシャンデリアは今にも落ちてきそうで、ぼろぼろの壁紙も相まってお化け屋敷のようだった。
だが。
「……なるほど、な」
「ネインさん、これって」
「入るしかない、だろうな」
目の前。
剥がされた床板、そこに開いた人一人分の穴、階段。
あからさまなくらい不自然な地下への入り口が、誘うように口を開けていた。
「……はい」
踏み出した地面は、やわい土。一歩毎に足が沈んで、体がぐらつく。
ぽろぽろという音が聞こえる。崩れやしないかと怖くなる。手をつけた壁はひんやり冷たく、背骨まで伝わってくる。
十何段を下りて。
ようやく地面に足がつく。
「……暗い、ですね」
「地面の下だからな」
一歩先も見えない暗闇に、エルファルが怯えた声を出す。
「ネインさん、早く先へ……」
「待って、今明かりをつけるから―――『妖し火』」
腰にひしとしがみつくエルファルをなだめながら、そっと呪文を呟く。俺の目の前に水晶みたいな光が浮かび、指で示すとそれは前へと流れていく。
三歩先まで明るくなる。
「―――ッ!?」
ぞっとした。
俺の目の前、一歩先。そこには大きな穴があった。
小さな光源一つではとても奥まで照らせない、道の真ん中で人を待つ穴。
不用意に進んでいれば、二人とも落ちていただろう。
そんな想像にぞっとしながら、俺は全然別のことも考えていた。
「……これって、もしかして」
エルファルが、震える声で呻く。
スプーンか何かでえぐり取られたような大穴に、目を奪われたまま。
「ダンジョン、ですか」
震える吐息が、温く背を撫でる。
妖し火の先で、塗りつぶしたような暗闇が俺達を見ていた。