2.「母親」エンカ・ヘリング
「あんたがネインさんか……なんか疲れた顔してるね。大丈夫かい?」
「……ええ、まぁ、何とか」
誰もいない通りで喧々諤々議論し続け。
結局押し切られた俺は、人で賑わう市場に連れてこられた。
「あたしはエンカ・ヘリング。見ての通り魚屋をやってるよ。よろしくね、便利屋さん」
「俺はネイン・ドッホ……待ってください便利屋って何ですか」
「エルファル・グレティカイトです! ネインさんの手伝いをしています!」
「ああ、夫から聞いてるよ。いつも元気に挨拶してくれてるって」
「あの……」
恰幅の良いその女性は、魚を並べながら男勝りな笑みを浮かべる。エルファルの方も知ってはいるらしく、頭を撫でられながら嬉しそうにしている。それはいいのだが……
「便利屋って……なんですかそれ」
「おや、違ったかい? 噂で聞いたんだが」
「……ちなみにどんな?」
「あのエルファルと、掲示板の依頼を解決して回っている便利屋が現れたって」
「……」
本当に名が売れてしまっているとは。
隣を見ると、エルファルが「ね?」みたいな顔して笑いかけてくる。結構腹立つ顔だった。
「ていうか、『あのエルファル』って……」
「大通りの店であちこち働いてたんだけど、向かないみたいですぐクビになってね。ぐるぐるって、結局ほとんどの店で働いてったからよく知られてるのさ」
「……」
「なんでクビになるんだろうねぇ。売り込みとしちゃばっちりの声なのに」
性格……なんだろうな、多分。雇い主や仕入れ口のグレーなところに突っ込んで厄介事起こしてる姿が目に浮かぶ。
えへへ、と照れるエルファル、それを見ながら首をかしげるエンカさん。幸運にも彼女は雇ったことがないのだろう。
……突っ込んでもいいことはなさそうので、話を進めることにした。
俺の態度の変化を感じ取ったのか、エンカさんも魚を並べるのを中断してこちらを向く。日焼けした褐色の腕を腰に当てて、真面目な顔をする。
きもったま母さんそのものみたいな姿だった。
「それで、頼みたいこととはなんですか」
「うちの息子、ムーアって言うんだけどね。連れ戻してきてほしいんだ」
「ムーアくん、もしかして……」
「恥ずかしながら家出中さ。また、ね」
エルファルの心配げな声に、エンカさんが溜め息を返す。何となく、そのやり取りで話は見えた。
「すると、どこにいるか分からないから見つけてきてくれ、と?」
「いやいる場所は分かっているんだ。何回もやってるし、いつも同じさ。町の西にある空き家に、なんか立てこもってる」
「……こういう質問は失礼かも知れませんけれど」
「ああ、分かってるよ。なんで自分で行かないのか、だろ?」
嘆息しながらエンカさんは言う。
「忙しい、ってのもある。魚の仕入れに町を出た夫がまだ帰ってこないからね。あと、とりあえず安全だってのも分かってる。お小遣い貯めて、自分で食料買い込んで籠城してるからね、あいつは」
「ああ、それで……」
「なんか空き家の中でやってるんだ。だから本当にほっといてもいいんだが……さすがに四日ともなれば、心配でね」
その行動力にはちょっと感心しそうになったが、エンカさんの手前口には出さなかった。
だが少し疑問ではある。
「差し出がましいようですが……その、お子さんは、食料が切れれば帰ってくるのですよね?」
「切れなくても、気が済んだら帰ってくるよ。前は連れ戻すのを諦めて三週間くらいだったか」
「それでしたら、それまで待つ、というのは……」
「……ネインさん、その質問はデリカシーに欠けていますよ」
エルファルがこそこそと、その割には大きな声で言ってくる。お前にだけは言われたくないとは思ったが、自覚はあるので何も言えない。
幸い、エンカさんは笑ってくれた。
「なかなかしっかり言うじゃないか。嫌いじゃないよそういうのは」
「……ええと、すいません」
「ああ、いいさいいさ。分かってる。それでもいいんだよ。ただ……」
そう言い淀んで、目を伏せる。
「……あんな馬鹿なこと、いつまでもさせられないからね」
独りごちるような声は、あきれ果てているようにも、悲しんでいるようにも見えて。
デリカシーに欠ける俺でも、それ以上は聞けなかった。
そしてほんの少しの間もなく、エンカさんは腰に手を当て快活な笑みを取り戻す。
「それで、どうだい。引き受けてくれるかい?」
「はい!」
「あんたには聞いてないよエルファル……」
元気よく返事をするエルファルの頭を撫でながら、俺の目を見つめる。
けして脅すような目じゃない。あくまで、問いかけてくる。
頼めるか、と。
見定めようともしない、真摯な目。
「……分かりました。その空き家の場所だけ、教えてください」
「おお、ありがとね……本当に、ありがとう」
頷く俺に、エンカさんはほっとしたように顔を崩す。
それを見て、自分の無神経さに顔から火が出そうになった。
自分の子供が家出して。
連れ戻すのに理由がある母なんて、いない。




