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10.エルフみたいな正義の少女

 サラドール・テルスルースは、山高帽を被った小太りな男で。

 お化けユリ約二十本を担いで持ってきた俺達に、鼻水まで垂らして喜び、抱きついてきた。


「君はまさに正義の味方だ!」

「あの、それより……」

「待っててね、今この料理をごちそうするよ!」


 この街のトレンドなのだろうか、正義の味方。


 やがて運ばれてきた『花びらステーキ』は、まぁ、可もなく不可もなくといった感じで。

 確かに肉厚ではあるけど、クルワグサって別に味がいい訳ではないし……



 もらった銅貨二百枚……銀二枚で、今日は昨日と同じ宿に泊まった。

 朝食を風呂代に入れ替えて。






「やっぱり、本物のお風呂はいいですね」

「そりゃ、何より」


 ほっ、と溜め息をつきながら、エルファルが帰ってくる。寝巻きに身を包んで、髪をぐるぐるタオルでまとめて。ほんのりと柔らかい匂いが伝わる。

 その上気した肌に思わず見とれて、すぐ目を逸らした。

 ……こんな子供相手に何考えているんだ、俺。


 そんな恥ずかしい葛藤を多分知らずに、エルファルは、ふと俺の手元に目を止める。


「あ、それ……」

「悪いな、勝手に洗っといた」

「いえ、そうではなくて……」


 俺の向かいのベッドに腰掛けながら、エルファルは目を逸らさない。なんだかむずがゆい感じもしたが、とりあえず俺は手元に集中していた。

 例の白いセーター。

 びりびりになってしまった袖を、俺はちくちく縫っていた。


「宿の主人に裁縫道具を借りたんだ……さすがに買い直す余裕はなくてな」

「いえ、そんな……いいんですか?」

「これに関しちゃ俺の判断ミスだ。自分で後始末つけてるだけだよ」


 とはいえ、旅路で破れてしまった服を長持ちさせるために覚えただけの技術だ。まして今回は丈夫なだけの革服ではないし、破れ方も複雑で面倒臭い。片手間にも出来ず、じっと見ているであろうエルファルの顔も見られない。

 今どんな表情をしているかも。


「腕、大丈夫か?」

「あ、はい。ネインさんは……足とか、大丈夫ですか?」

「痣になったくらいだよ。やっぱ所詮は雑草だな」

「そう、ですか……」


 尻すぼみになる声に、手が止まる。

 見れば、エルファルはうつむいていた。


「……今日は、その、ごめんなさい」

「まだ言ってたのか……」

「ごめん、なさい……」


 思わず出た言葉に、また謝る。その姿は叱られた子供のようで、けれど「そういう顔でいる」処世術には見えなかった。

 弱々しくて、心から頭を下げて。

 もっと図々しい子供だと思っていたのに。


「……あのさ、エルファル」


 だから、って訳ではないけれど。

 やっぱりその謝罪は聞いていられなかった。


「今日は色々はちゃめちゃだったな。俺もお前も、焦ったり油断したりでどっかんどっかんって」

「それは……本当に、すみま」

「本当に、楽しかった」

「……え?」


 エルファルが目を見開く。何言ってんだ俺。言ってから後悔して、顔を覆いたくなる。

 それでも不思議と、恥ずかしい言葉は止まらなかった。


「どたばたしてて、効率がいいって訳じゃあないけれど……楽しかったんだ、お前といて」


 昔みたいに。ふとそんな言葉が頭をよぎる。

 昔とは、別物だけれど。


「そりゃ苦労はしたし、疲れたぜ? 俺一人だったらもっと楽だったかも知れない。いや、楽だったな絶対」

「う……」

「でもそうじゃない。やっぱり俺、お前といて……なんて言うんだろうな、救われたんだよ」


 そう、救われた。

 先の見えない不安から、黒くわだかまる傷跡から、目を逸らせた。

 忘れられた。


 呆然とするエルファルは、あまり意味が分かっているようには見えなくて、また顔を覆いたくなる。茶化せよ、喜べよ。じゃないと単に痛いヤツじゃねぇか俺。

 でももうなんか、ヤケだった。


「だから、お前には助けられてるんだ……それで、いいか?」

「……」

「……」

「…………」

「……………………」

「……………………………………………………」

「……………………………………………………なんか言えよ」


 死にたくなりながら声を絞りだす。


 やがて、はっと気付いた様子のエルファルは……


「……ね」

「ね?」

「寝ましょうか」

「……おう」


 永遠に寝てもいい気分だった。

















『おやマルテロ。珍しく早起きですね』


『そりゃ起きない訳にはいかねーだろ、これは……』


『ネイン、生きて起きてね……』


『ネーイーンー!』




「どーん!」

「うおっ」


 腹が爆発したかと思った。


 飛び起きてみると、腹はちゃんとあって。

 その上には。


「……エルファル?」

「おはようございます、ネインさん!」


 とんがり耳の少女が馬乗りになっていた。


「今日もいい天気ですよ!」

「そりゃよかったな」

「お散歩日和というやつですね!」

「ああ、うん」


 投げ遣りに返しながら、エルファルを持ちあげて床に置く。その間もずっときゃっきゃしていて、もう五歳児とかそんなくらいのテンションだった。


「さて、朝ごはんにしましょうか。今日は私の手作りですよ!」

「どこで作ってきたんだよ」

「宿屋の主人さんにちょこっと、お願いしてきまして!」


 無駄に凄い交渉力をさらりと口に出しつつ、エルファルはくるくる回りながら扉側へ駆けていく。ふと、その服装が目に入った。


 ゆったりとした白いブラウス、くるみ色の吊りスカート。その端っこに小さな犬を座らせて、長い金髪を大きなリボンで結んで。

 そのブラウスは、ほつれたりくしゃっとなっていたりするけれど、切れ口なんてどこにもなくて。


「あ、裁縫道具も返しておきましたよ!」

「いやそれはいいんだが……」

「これですか? 昨日ネインさんが眠りながらちくちくと」

「もう少しマシな嘘つこうぜ……」


 てかなんで嘘つくんだ。

 要は昨日、寝ようとか言っておきながら俺が寝たのを見計らってこそこそ作業していたのだろう。明らかに俺のではない、綺麗な縫い跡がいくつか見える。なんだよ俺やらない方がよかったじゃん。


 とか、ぐちゃぐちゃ益体もないことを考えていると。


「それではネインさん!」

「ん?」


 プレートに乗せられたパンやスープの下敷きになって一緒に持ってこられたのは、三枚の紙。

 朝ごはんより先にそれを差し出すので、とりあえず目を通す。



『マクベス・スコッチ

 依頼内容:ダンガンイチゴをいくつか

 報酬  :一つあたり銅五枚

 備考  :十まで         』



『アテネ・アイギス

 依頼内容:手芸を教えてくれる人募集

 報酬  :銀一枚

 備考  :マフラーを手編み出来るくらいまでお願いします』



『エメンターラー・ユータニア

 依頼内容:蜂蜜をください

 報酬  :銅三十枚

 備考  :たくさんください』



 ……なぜか、すごく既視感のある紙だった。


「……ナニコレ?」

「今朝ネインさん宛てに届いていたんです! きっとサラドールさんの難題を解決して名が売れたから」

「もう少しマシな嘘つこうぜ?」


 全部掲示板に貼ってあった紙じゃねぇか。

 思いっきり剥がした跡残っているし。


「いいえ指名依頼ですよ、みんなを助けられるのはネインさんだけなんです!」

「助けるも何も別に緊急性のある依頼ではないだろこれ……」

「ところがそうでもないんです! まずエメンターラーさんは」


 そうして朝食の前に、エルファルによるプレゼン大会がまた始まる。擁護の言葉は立て板に水を流すようにすらすら出て、納得というより圧倒されそうになる。

 とはいえ。


「今日はウィリアムさんの依頼を受ける気だったんだが……」

「あ、えと」


 緊急だの大変だの言っておきながら、別の依頼を引き合いに出しただけで萎むあたり、やっぱりエルファルは嘘が下手だった。

 助けたいってのは本当なんだろう。

 だから別な人を助けると言われると強く出られないわけで。


「……せっかく昨日走って持ってきたんですけど」

「割と早かったな」


 あっさり自供もしてしまうし。


 今更気付いてあわあわするエルファルからプレートをもらい、スープを一口飲む。海鮮系のスープで、具こそないが温かい。


「……美味しいな」

「朝食で使った干物とかの残りを借りたんです。ユプセさんの仕入れる魚ですから、いいお出汁が取れました」


 相変わらず誰かは分からないユプセさんだが、二日連続で美味しいとちょっと信頼も湧いて来る。お金が貯まったら何か買ってみようか。


 そんなことを思いながらサラダに手を付けようとして、ふとその手が止まる。


 依頼書を折りたたんで、溜め息を吐くエルファル。

 本当にあっさり引くんだなって感心しつつ、そもそも受けるって決めてないのに持って来ちゃ行けないだろとも思う。


「……貸せよ」

「あ」


 それでも、なんとなく笑えた。


「ったく。持ってきたら駄目だろ、受けるかも分からないのに」

「すいません……」

「一回剥がしてまた戻すなんてやったら、依頼主が見たときに必要以上にがっかりしちゃうだろうし」

「……」


 ますます申し訳なさそうな顔になるエルファル。

 つい、その頭に手が伸びた。


「あの、ネインさん……?」

「まぁ、だから。受けるしかないよな」

「え、あ……」


 甘いというか何というか。

 まぁ、稼げれば何でもいいんだけれど。


 しばらく飲み込めていない風だったエルファルは、すぐその顔をほわっと輝かせた。するっと俺の腕を抜け、立ち上がり、礼儀正しくびしっと直立して。

 頭を下げる。

 恭しく、敬虔な信徒のように。


「ありがとうございます、ネインさん!」

「やっぱりあなたは正義の味方です!」

「……安いな、正義の味方」


 そう笑って、温かいスープをすする。

 忙しくなりそうな朝だった。


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