とあるパーティーの破滅譚 序章
「ネイン、あんた今日限りでクビだから!」
「……へ?」
宿の部屋に入るなり飛んできた声に、思わず振り向く。と、顔面にでっかい荷物が飛んできた。
中身はいつもの、仲間全員分の衣類。
「それ、そっちの隅に置いといて!」
「あ、うん……」
何事もなかったかのように雑用が続くので、一瞬聞き間違いかとも思った。
うん、そうだよね。今日入ったばかりの街なんだから、そんな揉めてないで荷物の整理とかしないと……
「……あれ、グリミア?」
「どうかしたの、ネイン?」
「いや、なんか俺の分の服が入っていないように見えるんだけど」
「そりゃあ、分けてあるに決まってるじゃない」
「……えっと、なんで?」
「だからクビだって」
「……」
聞き間違いじゃ、なかったらしい。
「いや、だから今はそんな揉めてる場合じゃ―――」
「他のメンバーの了解は取ってあるわよ?」
「みんなぁ!?」
振り向くと、確かにみんな俺から目を逸らしはするものの、反論の声がない。なんで!? 俺に当たりの強いグリミアはともかく、なんでみんなまで!?
「そりゃ、ちょっと、その……お金が厳しいんだよ、もう」
「あ……」
リーダーのシューベルトが申し訳なさそうに言うことに、思わず言葉がつっかえてしまった。
冒険者パーティー『ステリア』
目標は『世界のあらゆるダンジョンの踏破』
そんな俺達の財布が最近厳しいことは知っていた。まともな財宝にありつけず、旅の道中でどんどんお金が飛んでいく。つい一週間前にも、ダンジョン内で用意が尽きて踏破を逃してしまった。
この街に来たのだって食料調達のためで。
けれどいくら安いものを買いあさっても、三日分もなくて。
「……悪いが、抜けてほしいんだ」
重い鎚を下ろしながら、マルテロが言う。柄に髭もじゃの顎を乗っけた姿は頭を下げているようで、けれどどうあっても譲らないっていう姿勢で。
「君が抜ければ、三日分の食料ももう少しやりくり出来る。そうすれば、ここから立て直すくらい出来るはずなんだ」
魔道書の類を丁寧に積み上げて、ハイルが冷静に言う。頭がいいこいつは、もうどこに行くかまで決めているんだろう。
俺がここで抜けることを、前提に。
「で、でも」
「みんなはっきりしないわね。ちゃんと言ってやりなさいよ!」
それでも食い下がろうとする俺を、見下ろして。
グリミアは、冷徹に言った。
「無駄飯食らいなのよ、あんた」
「いや俺だって」
「魔法使いのくせに大した攻撃魔法も使えない、属性耐性にしたってハイルの回復魔法がある以上そこまで重要じゃない。あとあんたに何ができた? 遠くのものを見るくらいよね?」
「トラップ探知とか、身体強化とか……色々やってきただろ」
「消費に釣り合わないって言ってんのよ」
いつもみたいに、いつもより数倍強い口調でグリミアは俺を罵る。
いつもと違うのは、その立ち姿。
杖を振り回したり、真っ赤な髪を振り乱したりしない。
ただじっと、仁王立ちのまま。
俺を、見下ろす。
「どうしたって強いモンスターは出る。戦う人数は減らせない。回復魔法の使い手がいなきゃ命に関わる。あとは、分かるわよね」
グリミアは、いつもみたいに嘲笑わない。キレない。怒鳴らない。
決まったこと、なのだ。
「……分かったよ。俺はこのパーティーを抜ける」
口に出した途端、部屋の空気が弛緩する。
それだけで、思い知らされた。
俺はもう、いらない人間なんだな。
「で、こっちは私のベッドに置いといて」
「……雑用は継続なの?」
「今日限りって言ったじゃない」
「ああ、うん……」
「それじゃあね、みんな」
気まずいまま、一夜を共にして。
俺は、みんなとは逆方向へと進む。
手持ちは銀貨二枚。あともう一週間ほど、宿に泊まれるくらいの金。
シューベルトは最後まで、優しい奴だった。
「……この年で引退冒険者かぁ」
紛らわせるための大声も、朝も早い無人の街では寂しく響く。
いや本当に、どうしようか。
金はないし、魔法はダンジョン向きのしか覚えていないし、そもそもダンジョン以外のことはほぼ分からないし……
「……俺、生きていけるの?」
とか、悩んでいたとき。
くぐもった悲鳴みたいな声が、路地裏の方から聞こえた。