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第九話 青空教室


五月十六日。

昨日と変わらず、姫川は終始笑顔だ。

それが妙に薄気味悪い。



ホームルームを終えて下校しようと立ち上がる。



「ちょっといいかしら?」と、姫川は三人に目を配らせ、呼び止める。



 二人は教卓の前にすぐに集まった。幸之助もけだるそうに、遅れて二人の後方に付く。



「今日は私の模擬授業に出てもらうわ! さ、三人とも付き合って貰うわよ」



「はい?」



 何をほざいているのか。他の二人も突然のことで動揺を隠せない。



「えっと、模擬授業ですか? 今日はその……遠慮して……」



「つべこべ言わないの! すぐ終わるから、さあ早く!」



 有無を言わず三人はグラウンドに引っ張り出される。しかも、机と椅子を持って。



「何? あの三人。補講?」



 周りの生徒が白い目で見る。笑う生徒もいた。

 空は雲一つない晴天。

 そびえ立つ二本の大イチョウの真ん中で。

 そう。あろうことか、青空教室を生徒が下校か、部活をしている最中に行うという羞恥プレイをさせられている。

 穴があったら入りたい。

 



 ガラガラとホワイトボードを引きずって姫川がやってくる。



「場所取れなかったからここでやるわよー」



「嫌な予感が的中した」



 幸之助は独り事を姫川に聞こえないように呟いた。



「さて。これから、本当の国語を教えるわよ!」



 意気揚々とした声。姫川の目は何時になく輝いていた。

 声に驚いて周りにいた生徒が振り向く。

 もうやめてくれ。



「まずは基礎中の基礎、言葉のお話ね! 三人は『気』と言う字は知っているかい?」



「勿論よ」



 御縁が冷ややかに答えた。

 微笑んでいるのに目が笑っていない。

 これは完全にオコだ。



「じゃあ、戦前まで使っていた旧漢字では、どう書くでしょう?」



 三人は首を傾げた。


 姫川はジャケットのポケットからマジックを出すと、


「はい、時間切れ―。正解は中にある『〆』の所が『米』と言う字を書いていましたー」



「なるほどね。でも、その前にちょっといいかしら?」



 すっと手を上げる御縁に、



「おっ、質問ね! どうぞ!」



 と、答える姫川。



「今の話とは関係がない質問で、申し訳ないのだけれども。何故このような環境でやるのかしら。私、目立つのは控えたいのだけど」



 御縁は姫川に鋭い視線を送る。



「ごめんね、御縁さん。さっきも言ったけど、模擬授業をする場所が取れなくてね」



「ほんとですか? 別の目的もあるのではないですか?」



「ほほう? どうしてそう思うのかい?」



 姫川はスッと、指示棒を御縁に向ける。



「模擬授業にしては、逸脱した内容かと思いまして」



 姫川は頭を掻いた。

 ニヤニヤと、怪しげな笑みを浮かべながら、



「いやぁ〜バレた? 御縁さん、鋭いわねぇ。要は、注目を集めたくてね! なるべく多くの人に伝えたい内容だったし。弟子だけじゃなくて、皆にも『回避スキル』を少しでも身につけてもらいたくてね。たまにはいいでしょ?」



 と、本心を打ち明けた。



「駄目かなぁ? 今回だけにするから、ね? お願い!」

 


 この状況を容認してもらいたいのか、姫川は目を潤ませて授業継続の有無を尋ねる。



「こ、今回だけですよ」



 御縁は、情に訴えかけるのが弱いのかもしれない。あまりにもあっさり承諾する。



「ありがとー」



 姫川は感謝の意を表して深々お辞儀をし、「気を取り直して」と、解説を続けた。



「この『氣』と言う字をみると、『米を食することによって気を得る』という字になっているのが分かるかい? 一方『気』は、『〆』で絞めている。これじゃ元気にはなれないのよ!」



「ということは、ナカのもじ、カえればハッピーになる? アメイジング!」



「その通り! ルーカス君! 何によって気を得るのかを、中身を変えることによって改革できるのよ! それ位、文字や言葉の持つ力や暗示は重大なの! 取扱注意なの!」



 姫川は胸にかけていた眼鏡を手に取り、スタイリッシュにかけるとクイッと上げ、光らせる。



「フゥー! スゴイパワーデース!」



 ルーカスは、ハイテンション。ヘッドバッグしている。ご乱心のようだ。

 御縁は開いた口が塞がらない。



「御縁さん、見ちゃだめだ。バカがうつる」



 幸之助は御縁の間に入って、視界を遮る。



「君たち! まだ解説は終わっていないわよ!」



 姫川は一喝。

 ジャケットの内ポケットから指示棒を取り出し、ホワイトボードをコツコツと叩いて、注目させる。

 ルーカスは落ち着きを取り戻し、それを確認して、幸之助も静かに席に着いた。

 


 指示棒を折りたたみ、ポケットに入れ直すと、ぽんと、音を立ててマジックの蓋を取る。

 キュッキュと、マジックが滑る音が耳に入ってくる。

 


 段々と外野が増えてきたのか、ざわつく声も大きくなる。

 板書の途中で、姫川はちょくちょく振り返って外野の様子を見ていた。

 明らかに彼女のテンションが上っている。

 板書が終わると、姫川は物珍しそうに様子を見る学生たちを手招きし、声を掛ける。



「君たちもどう? こっちにおいでよ! 言葉の本質を知ると、運気が上がって不思議な力を使えるようになるわよ!」



 生徒からは、「お前、行けよ」とか、「委員長、ほんと、ミステリアス」とか、「映えだね、この風景」といった声が上がる。

 写真を撮ったり、後退りをしたりする生徒もいた。結局、一人も前に出るものは居ない。

 


 外野の冷たい視線に姫川は頬を膨らまし、ふてくされる。



「えー。みんな、聞いてよぉ。これからの時代を生きていくのに、言葉の力は凄く重要になるのよ! ここはルーカス君にならって、はっちゃけていかないと!」



 いやいや、ルーカスを見本に出してはいけないだろ。周りの生徒も白けているじゃないか。



「エモノはにがさない。スタイリッシュにミッションコンプリートさ、コウタロウ」

 


 また金パーマが流暢な日本語で何か言っていますよ。

 しかも、手を銃型にして向けてくるんですけど。



「バキュン」

 


 ルーカスは銃声を肉声で表現し、幸之助の胸を撃つ。

 銃口から、さも煙が出ているかのように「フッ」と、吹き消す。



 そこに姫川が静かに表れ「ピコッ」と、ルーカスを小突いた。




「ヒャァァァァ~」




 ルーカスは腰を落としてガクガク震え、頭を押さえて丸くなる。



「ご愁傷様です」



 幸之助は廃人に慰めの言葉を送り、合掌付きで黙祷を捧げた。



「はい。注目してね!」



 姫川は再び指示棒を取り出し、コツコツとホワイトボードを指示棒で叩いた。



「今度は『特性』について! 今さっきの話で、字を変えるだけで大きな変化を生み出しているって、何となくわかったかい? 言葉に隠された特性を理解して使うように心がけるだけで、神様に想いが通じ易くなって『運』が向上するの!」



 姫川は板書した文字に向けて指示棒を向ける。

 視線の先に『〇ポジティブな言葉 ×ネガティブな言葉』と書かれている。



「ズバリ! ここ最近はネガティブな言葉が溢れている! そうは思わないかい?」

 


 持っていた指示棒をそのまま幸之助に向ける。



「え、まぁ」



「ネガティブな言葉にはマイナスな力が及んでいるのよ! 使えば使う程、意識がそこに向くようになるから、マイナスなことが多く起きるようになるの! 逆に、ポジティブな言葉を使うと? はい、御縁さん!」



 指示棒が御縁に移動する。突然のフリにも関わらず、動じないでクールに対応する。



「プラスなことが起きるのではないかしら」



「正解っ!」



 ポジティブと言う文字を、赤マジックでぐるぐると印付ける。



「そう! だから、前向きな言葉を使いましょう! 神様は人に退屈な世界を生きてもらいなんて思っていないのよ。なのに、人のせいとか、環境のせいとか、自分のせいとか。そんなネガティブなことばかり言っている人に何かを与えようと思う? 答えはノーよ!」




「つまり、フレッシュにいきるってコトデスか?」




 金髪が復活してコメントする。



「だからと言って、我慢してポジティブな言葉だけ使っても、想いが本気じゃなければ、神様にバレバレよ! マイナスな言葉があるのも、息抜きをさせるため、負荷を与えて人に魅力を付けるため、弱い点に向き合い、成長させるためにあるの! だから、時に必要なのよ。何事もバランス。どちらも使いすぎは良くないということを覚えておいてね!」




 わざとではないのだろう。姫川はそんな冷たい先生じゃない。




「で、プラスとマイナスのエネルギーが、言葉に存在しているということはこれで分かったと思うけど」



 え、続けるの? この状況で? 

 この人、凄いな。あ、そうか。

 

 ルーカスに負荷を与えていると。

 そういうことか。

 おめでとうございます。




「この大きく分けた二つの特性が『言霊』の基盤なのね。どちらを基にして使うかによって、特徴が変わるわ」



「どう変わるのかしら?」



 御縁が挙手して尋ねる。



「プラスは条件が揃わないと発動できない力、一方マイナスは、何かを代償とする代わりに無条件で発動できる力になるわね! 言霊はあらゆる精霊や聖霊に願いを届けることで発動させる力なので、基本プラスの力になるわ! でも、悪霊(あくりょう)そそのかされ、代償を払う言霊もあって、その場合はマイナスの力になるわ! ちなみに、プラスを『真』、マイナスを『魔』で表現することもあるわよ!」



 後者はとても危険な気がするが、あまり考えないようにしておこう。



「はい、土台の形成がこれで完了したわ! じゃあ今日はここまで!」



 効果音が付きそうな豪快なサムアップを掲げ、多くの注目を集めたままガラガラとホワイトボードを持って、素早く姫川は退散を始める。



「えっと、置いてきぼりですか?」



「みたいね」



「ヒメチャン、ドイヒー」



 三人はグランドに取り残され、顔を見負わせる。周りの視線が痛い。



「帰りましょ」



 授業が終わり、冷静になった御縁が怒り口調で机を持ち上げた。



「う、うん」



「ボクもカエルよー」



 外野と目線を合わせないように俯きながら、机と椅子を持って教室に戻った。


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