第七話 教育実習
翌日、五月十五日。昨日の一件は、警察や救急隊員が駆け付ける騒動になっていたようだった。
というのも、『消えた少年。通報あるも、そこには誰もおらず』の見出しで、軽くネットニュースの見出しになっていたからで。
ま、殆どはミサイルの話題で持ち切りだったので、隅っこの方に書かれたリンクに過ぎなかったのだが。
幸之助はその記事を見ずに、昨日の二の舞を踏まないよう早めの登校をすることにした。
昨日のせいで妙に信じる気になったテレビの占いでも、『早め早めの行動』と出ていたからというのもある。
公園口改札を出て、公園内を突っ切ると五條天神社があり、境内を抜けて道沿いに歩くと学校へたどり着く。
近場なら自転車通学だが、大半はこのルートだ。
若葉色の空を眺めながら、すっと息を吸い込む。
暖かな風と木々の騒めく音。
葉の影の合間に落ちるキラキラと丸みを帯びて輝く木漏れ日に心が洗われていく。
目を瞑ると、昨日の出来事が蘇ってきた。
奇跡が連続して。回避して。
女難の筈が、あの高嶺の花、御縁の真相を知る事になって。
「モーニン、曲里君。昨日のミサイル大変だったわね」
「うわぁ~」
横っ腹を突かれて、めちゃくちゃビビってしまった。
「御縁さん……。う、ういっす。そ、その件な、ヤバいよな」
ヤバい。意識して直視できない。
「どうしたのかしら? もしかして昨日の私との事、まだ気にしているのかしら?」
「…………」
じわじわと耳の方まで赤くなる。
「へ? その反応、ほんとなの?」
「い、いいや。違うってば」
「ほんと?」
御縁はニヒっとからかい気味に口角を上げて笑うと、幸之助を「えいえい」と、突く。
「ま、どっちでも良いんだけど」
どっちでもいいと言っている割に御縁は凄く嬉しそうに微笑んでいる。
改めて見ても、やっぱり御縁は魅力的だ。
「そう言えば今日から、教育実習生が来るのではなかったかしら?」
「そうだったかな?」
御縁はムッとした表情で腕を組む。
「昨日送られてきたメールしっかり見てなかったでしょ!」
「当然だ。事故でスマホ壊れたからな。昨日帰りに御縁から休校になったことだけ聞いたじゃないか」
「あ、えっと。そうだったのね……。ごめんなさい。曲里君のことだから、てっきりまたゲームでもしていたのかと」
「違いまーす」
御縁は申し訳なさそうにペコペコ頭を下げた。
「お二人サーン! マジョとコウタロサーン!」
某ハムスターキャラのような声で呼びかけられる。
振り返ると、テンパーのブロンド野郎が追っかけてくるのが見える。
「ルーカス君、モーニン」
「グッモーニン! ミエニシ! コウタロウ!」
「だから、僕は幸之助だ」
小突くだけではこの馬鹿には効かないらしい。
ルーカスの天パーの髪をわしゃわしゃに掻き乱してみる。
「ウワォ! きょうはいつもよりハリキってマスネ! なにかいいことアリマスカ?」
幸之助は「はぁ」と、思わずため息をつく。
「ルーカス君に会えて嬉しいらしいよ」
御縁、それは余計な一言だ。
「オー。アイニーチュ、コウイチロウ。オラのマブダチ!」
ルーカスは口を尖らせて、幸之助に接吻しようと近づく。
「おいやめろ!」
ルーカスの顔を押して、幸之助は回避。ルーカスは、渋々諦める。
「はぁ。もう、嫌だ。疲れた」
登校中なのに、体力の殆どを持って行かれた。なんて日だ。
「そんなこと言わないの。私は一仕事終えてこの状況なのよ」
「流石。カリスマ占い師は言うことが違うな。僕はこれでも、今日は頑張った方なんだが」
嫌味に聞こえたのか、ふくれっ面で御縁が答える。
「普通の占い師よ。カリスマではないわ」
「へ~」
「なによ。へ~って。ルーカス君に弄られたくらいで」
「あー無理。今日の僕、既にキャパオーバーなんですよ」
「あ、そう。先行きましょ、ルーカス君」
「オゥ、ミエニシまって~」
いつもはスマホゲームでモチベーションを保っている。
それを奪われ、『回避スキル』もない今、この日常は圧倒的にワクワクが足りないのだ。
早起きは三文の徳と言ったのはどこのどいつだ。
訴えてやる。
今の状況を例えるなら、エナジードレインに加え、じわじわと自分のターンが来る度、毒ダメージを食らっているような感覚だ。
ようやく学校に着いた。
幸之助は徹夜明けと変わらない青白い顔になっていた。
いや、それよりも悪いかもしれない。
心まで折れかけている。
ゲームがないと、ここまで気力が湧かないのか。
「やっと着いた……」
幸之助は席に着くと、一反木綿のようにふにゃっと机に身を投げ、もたれ掛かる。
ニスの取れかかった傷のついた木目をぼうっと見つめた。
御縁はその様子を見て、呆れたと言わんばかりなため息を吐き、クールに一人で席に着く。
ルーカスはクラスメイトとハイタッチをして元気よく挨拶をしていた。
八時過ぎ、ホームルームが始まった。
いつも通りの出欠確認、連絡事項。
そして、御縁のお告げ通り、教育実習生紹介の流れになった。
担任が廊下にいる実習生を呼び出す。
「姫川先生、どうぞ中へ」
ガラッと前のドアが開く音と共に、懐かしい匂いが漂う。
ふわっとした華やかな匂い。
ポニーテール風の茶髪。
スーツ姿できりっとした可愛らしい目の女性。
幸之助はその姿を見て跳ね起きた。
見間違えるはずがない。
教卓の前に佇むのは紛れもなく、命の恩人。
自称スタイリッシュさんだった。
チョークを手にし、黒板に名前を書き始め、くるっと振り返ると元気よく挨拶を始めた。
「皆さん、初めまして! 私は姫川結衣と申します! 担当は国語です! 教育実習生として二週間、お世話になります! どうぞよろしくお願いします!」
男子生徒が興奮気味にひそひそ話をしている。
改めて見ても、スタイルは抜群と言って良い。
出るところは程よく出て、引っ込むところはキュッと引き締まっている。
その上、清潔感のある容姿で器量が良いとなると申し分ない。
「オー! 昨日のゴッドパワー!」
ルーカスが思わず叫んだ。
「やぁ」
軽く姫川は応答する。
幸之助の存在にも気づいて、軽く手を振った。
「おい、お前ら知り合いかよ」
小声で隣の席の草薙一慶が声を掛けてきた。
お約束の展開だ。
「う、うん。ちょっと込み入った事情があってね。あんまり関わらない方が良いよ」
「え? あんなに可愛いのに? さては、一人抜け駆けのつもりだな?」
「ちげーよ。マジで危険だから。今に分かるよ」
身をもって体感した胡散臭さを、幸之助は草薙に目で訴える。
「お、おう。良くわからないが、気を付けるわ」
スッキリしない表情だったが、草薙はアドバイスを受け入れる。
ふと、幸之助の視界に御縁が入った。
彼女は姫川を直視して動かないでいる。
しかも、目には涙を浮かべ、開いた口を手で押さえている。
何事だろうかと心配になったが、無理に関わらない方が良いだろうと、敢えて幸之助は見ない振りをした。