第六話 悪い予感
地響きが起きるほどの大きな歓声が上がる。
先程までと打って変わって、笑みと涙があふれる人々。
鳴り止まない拍手。中にはハイタッチする者や歓喜の歌を歌うものまで居た。
ミサイルの減速を不思議に思うより、助かった喜びの方が上回っていた。
岸辺に米粒程の大きさで光に包まれた人影が映っていたことに気が付いたのは、恐らく幸之助と御縁、ルーカスの三人だけだろう。
ただ立ち尽くして三人はモニターを見続けた。
「今の見てたかしら? あれ、曲里君が言っていた例の……」
呆気にとられた顔で、御縁は幸之助の方を向く。
幸之助はスクリーンを直視したまま、静かに呟く。
「すげぇ。何なんだよ、あの人」
これがホントの『回避』スキル。凄過ぎる。
幸之助の憂鬱を一瞬で払拭したそれは、ゲームで味わう達成や快感とは比べ物にならない。
運命をも変えてしまう大きなその力を二度も目の当たりにして、幸之助は震える腕を反対の手で必死に抑えた。
興奮だろうか。恐怖だろうか。希望なのだろうか。
鳥肌が収まらない。
現実はクソゲー。世界を照らすものは、テレビゲーム、スマホゲームしかないと思っていた。
でもそれは、井の中の蛙だったのかもしれない。
いや、見ようとしていなかっただけなのかもしれない。
自称スタイリッシュさんの言う通り、この世は『回避スキル』を上げてもらった人が勝つ世界。
しかも、課金のように金を注ぎ込むのではなく、神様というゲームマスターに認めて貰えれば『無敵』になれる。
その手段を知っている師がモニター越しにいる訳で。
これを知りさえすれば、『無敵』じゃないか。
こんなにもやり甲斐があるゲームだったとは。
流石に神様以上になることはできないだろう。
まぁ、そこは構わない。
頂点という響きは好きだが、管理者権限とか、天地創造とか、そういうのは正直、面倒だし。
そのポジションに憧れはない。
金でステータス向上が見込めて、手間が掛からず強くなれるから重課金もしていた訳で。
楽して『無敵』になれるのならば、こんなに面白そうなことはない。
「今猛烈に心動かされているよ。ホントに何なんだ、あの人。『回避』って『無敵』だな」
「う、うん。そうね」
御縁は少し浮かない様子だったが、意を決したのか「あのね」と、重い口を開く。
「曲里君。実は私……。今日こうなることを予知していたの」
「へぇ~、そうなのか~。……って、え? なんだって?」
『回避スキル』と『自称スタイリッシュさん』を意識していて反応に遅れてしまった。
ポカーンと口を開け、愕然とした様子で御縁を見る。
「ウワォ! どーゆーコトデスカ?」
ルーカスも驚いている。
「私、今日もテレビの収録帰りだったのだけれど、いつも通りに学校へ向かうのは、占いの結果が良くなかったから遠回りして。それで……」
「ちょっと待って。え? 占い? 収録?」
「うん。占い師マッキーって知らない? あれ、私」
聞き覚えのあって当然の名だ。今朝のテレビ、最下位てんびん座の男はマッキーの占いによるものだ。
「恐ろしく当たっていた、あの占いか」
というか、星座占いって事前に運勢を占い師に鑑定してもらって、情報だけを送っているんじゃないのか。収録だったのか。
「曲里君。今、何故収録するの? って思ったでしょ?」
「ど、どうして?」
図星だ。御縁への返答に戸惑う。
「曲里君は、わかりやすいのよ。顔に書いてあるわ」
「えっ」
ホントに抜かりない。いや、もしかして透視したのかもしれない。
「その日によって、運勢が変わることもあるから、私から希望して直接スタジオで鑑定させてもらっているのよ。おおよそ当たっていて、震えあがったでしょ?」
「恐れ入ります」
御縁はふふふと、口角を上げて笑った。
「デ、どーゆーコトナンデスカ? ムズカシイデス!」
ルーカスはホントに理解できていないのだろうか。何かわざとらしく見える。
「簡単に言うと、彼女は占い師で、今日のことを予知していた。テレビ局にもお世話になっているんだとさ。わかった?」
「オゥ。つまり、キトウシ? オンミョウジ? スゴイことデース!」
ルーカスの中では、凄い事で収まったらしい。単純で助かった。
「でも何で、マッキー?」
「それね、イニシャルをもじったの。御縁響叶のエムとケイで」
「占いと言うか、マジックみたいだよね」
「確かに占いとマジックはカード使うし、似ている雰囲気あるわね」
あれ? 予想外の展開。そう来たか。
「いやいや、そうじゃなくて【名前】が」
「あっ、え? そっち⁉」
「そうだよ、マッキーさん」
「ふふふ。やっぱり視点が面白いわね、曲里君」
「そうかなぁ?」
御縁は天然要素もあるのか。ちくしょう、可愛いじゃないか。
「というか、それはどうでもよくてさ!」
「ええ、そうだったわね。ごめんなさい。で、何の話だったかしら?」
「あ、えっと。高校生なのに占い師やっているって、凄いなという話をしたかったんだと思う。それに、マッキーの占い、めっちゃ的中率が高いって噂になっているし」
「それは。ど、どうも」
御縁は照れてぽっと、鼻が赤くなる。うん、可愛い。
「で、その占いではどう出ていたの?」
御縁は熱くなる顔を左手で仰ぎ、パタパタさせて冷ますと、軽く息を吸って心を落ち着かせた。
クールな表情に戻ったところで、御縁は内容を打ち明けた。
「凶要素が強く出たわ。特に今日は、港区の方角で私に限らずこの地域に住む多くの人に関わる災難と出たの。逃げる選択肢も考えた。でも、学校をサボるわけにはいかないし、何か防げる手段を持っている訳でもなければ、何が起きるかもわからない状況じゃ、手の打ちようがなくて」
「それがミサイルだったと」
「怖くなって、その災害について詳しく占ってみたら、星のカードが出て。何か希望があるかもしれないとは思っていたけど。まさか、あんなことが起きるとはね」
信じがたい光景だった。
でも、確かに今、自分はあの奇跡のおかげで生きている。
それだけは曲げられない事実だ。身体も、手も温かい。
「ん? そう言えばさっきから、左手が温かいというか」
「だって、まだ手をつないでいるもの」
さらっと御縁が答える。
「ああ、えっと。なんかごめん」
幸之助は気まずくなり、手を離そうとするが、御縁は一向に離そうとする気配がない。
「御縁さん? どうしたの?」
御縁が小声でボソボソ何かを呟いている。
「え? マジでどうしたの?」
幸之助は異常なその様子に物恐ろしさを感じて無理やり手を離そうとするが、離してくれない。
「今日、やっと目ぼしい人を捕まえたのに、離すわけがないじゃない」
「え、ちょっと何言っているのか、わからない」
汗が噴き出てきた。何なんだ。怖い。
「あら、知らなかったのかしら。私、オカルト研究同好会の部長もしているの。話せば話すほど、凄く有能な物件じゃないの! それに加え、臨死体験とかしたとなると、もう離せないじゃない? ふふふ」
「へー、そうなんですか」
軽くあしらって返事をするも、がっちり腕を掴まれて迫ってくる。
「ミエニシ、なんかマジョみたいダネ! キョウカチャン、やめて、もうやめて! ワタシタチにきづいて!」
「お前も、ちょっとは助けろよ!」
そう言えば、ミステリアスと言う噂は良い意味も悪い意味も含めてのものだった気がする。
単純に、美貌のせいで、都合よく良いイメージに書き換えられていたのかもしれない。
弁当箱の風呂敷が六芒星の魔法陣だったり、お祈りの為に十字架のロザリオと儀式用にペンデュラムを下げているという話だったり。
でも、何故だろうか。彼女のそういうところを怖いと思っている筈なのに、嫌な気にならない。
ただ、今のこの状況は厄介だ。
今日のところは上手に『回避』しなければ。
「御縁さん、僕が凄いのではないんだ。スタイリッシュさんの方が凄いから!」
「そんなことないわ! 曲里君は凄い才能の持ち主よ! 私、貴方のオーラを見たのよ! お気に入りなの! 離したくないわ!」
え、やだ。そんなセリフを言われたら、心ときめいちゃう。
御縁は確かに変わっているが、その部分を差し置いても、好きになってしまうじゃないか。
ここは折れて、彼女のモノになってしまおうか…………。
いやいやいや。待てよ。
御縁のことだ。何をされるかわからない。
身の安全が確保できないのに許してしまうのは危険ではないか。
やはり、ここは『回避』一択だ。何がともあれ、手を放してくれればそれで危険は回避できる筈だ。
何か気持ちが揺れ動くワードを。
動揺した隙に手を退かすことができればそれでいい。
――よし、これだ。相手の気持ちが冷めること前提で、一か八かだ。
「すまない。そんなに僕の事、その、好きだなんて知らなかった。考えさせてくれないか?」
「えっと…………。私が曲里君のことが好き? えっ? そそそ、そんな訳…………」
御縁は全身が真っ赤になったのではないかと思う程に照れ、両手で顔を覆った。
体から湯気が立ち上がっている。やっとのことで、手が離れる。
幸之助は思惑通り『回避』に成功する。
もっと冷静な反応をすると思っていたが、どちらにしろ、恥ずかしがって手を放すだろうという目論見は当たっていた。
それに加え、この反応はビンゴだ。オカ研も建前で、ホントは自分に近づくための口実だったらしい……。
あれ、ちょっと待て。ということは両想いになるのだろうか。
幸之助もオーバーヒート。もう穴があったら入りたい。顔が熱い。
少し動揺しつつも、「え、何言っているの? 実験体として必要なだけで、そんな感情ないけれど」と、あしらわれるものかと思って賭けたのに……。
まさか自爆することになるとは。これでは『回避』失敗ではないか。
「スゴイ! コウタロウはモウジュウつかいダネ! て、ハナレタヨ!」
ルーカスのセリフは頭に残る筈もなく、幸之助は反応できない。
その様子を見て、ルーカスは「大丈夫? コウタロウ?」と呼びかけるも、幸之助は上の空だ。
御縁も手を覆ったままその場にうずくまっている。三人の間に沈黙が続いた。
しばらくして、スマホの受信音とバイブが鳴る。
御縁がスマホを開く。
「先程の災害で学校は急遽休校。全員自宅待機するように、とのことよ」
「そうか、了解」
「オゥ! おやすみなさい!」
二人はスマホを覗き込んで内容を確認。
覗き込まれて、御縁は咄嗟に画面を反らす。
一瞬、幸之助の顔が見えたような気がした。
「何で見るのよ」
「ミタいから! ミエニシ、なにかウシロメタイことある?」
ルーカスは御縁の顔を覗き込む。
「痛い所を突くわね……。ま、いいわ。もう帰りましょ」
「そうだな」
三人はそれぞれの最寄り駅行きのバス停を見つけ、幸之助は御縁とルーカスがバスに乗るのを確認して見送った。
「さて、今日はもうお家に帰ろう。疲れた」
中野駅行のバスが現れて乗車すると、バスの壁に頭をもたれ掛かけて座った。呆然と窓の外を眺める。
幸之助は大いに今日の出来事を反省するのであった。