第五話 落下
「つまり、この電車に乗ったのは『回避』し続けた結果で、偶然と言う訳なのね」
「そうです」
「女子大生に教えて貰ったって話は頂けないけどね。それ、曲里君流の『回避』でしょ?」
「その通りです、御縁さん」
「素直でよろしい。というか、自覚あったのね」
幸之助はこそばゆくなり、後頭部を掻いた。
「まぁ、いいわ。そんなことよりも。さっきも言ったけれど、学校サボらないなら、そろそろ乗り換えないと」
ドアが閉まる音が聞こえる。ふと窓の外を見ると、恵比寿駅の看板。丁度、出発したようだ。
「こんなところまで来ちゃったんですね。このまま乗り続けていた方が早いのでは?」
「何言ってるの? 最寄りは上野でしょ?」
御縁から鉄槌を食らいそうになり、幸之助は素早く『回避』する。
「ほんと、危機回避だけは素早いのね」
「死闘を乗り越えていているので」
「それはゲームの話でしょ」
関心ならないのか、ムッとした表情で御縁は腕を組んだ。
「おかげで今、こうして役立っています」
「流石。授業中もゲームに夢中のゲームマスターさんは言うことが違うわね」
「褒めたのですか、それは?」
「さぁ、どうでしょうね?」
普段のクールな感じを残しつつも、お茶目な口調で御縁は首をかしげた。
何でこんなにも色々な表情を、今日は見せてくるのだろうか。
どれも新鮮な感じで、なんかこう、わざとそうしているような気が。
まぁ、気にし過ぎだろう。
「まぁ、一様褒め言葉として受け止めますね。ありがとう」
幸之助の『ありがとう』と笑顔に反応して、御縁は小声で独り言を呟く。
「曲里君、か、可愛いなぁ、もう。こっちの方角が良いと占いにも出ていたのは正解ね」
「ん? 何か言いました?」
「べっ、別に? ただ、『ありがとうございます神様』って言っただけよ」
幸之助は「へぇ」と、聞き流す。
「それより……」
御縁は視線を幸之助の隣に移す。
「爆睡してるわね、ルーカス君」
「うん、オーバーリアクションのし過ぎなんだよ、コイツ」
相変わらずのマイペースさに、流石の幸之助も脱帽。
「会話に夢中になり過ぎたわね。降りて乗り換えなきゃ。ルーカス君も起こさないと」
「そうですね……」
御縁は立ち上がって、ルーカスを起こそうとした。
「さ、ルーカス君、起きて」
ルーカスは眠たそうにあくびをした。
「このまま、何もなければ良いんだけどなぁ」
小声で御縁が呟いた。
「え? 何か言った?」
「いいえ、何も……って。……きゃっ!」
急に車両がグラついた。山手線がキイィと音を立て急停車。間もなく、アナウンスが入る。
「只今、飛翔体が発射されたとの情報を受信しました。安全確保のため、停車致します。お急ぎの所、お客様にはご迷惑をお掛け致しまして、大変申し訳ございません」
「オー。ファンタスティック!」
芸人のようなトーンでぼやきながら、ルーカスは衝撃でぶつけた頭を押さえている。
「飛翔体って……」
眉間に皺をよせ、御縁は不安そうだ。
しばらくして、再びアナウンスが入った。
「お待たせいたしました。この電車は渋谷駅まで運転を再開致します。また、全車両、安全確保のため、しばらくの間、運転を見合わせます。ご迷惑をお掛け致しまして、大変申し訳ございません」
「占い、当たってたわ……」
ぼそっと御縁が深刻そうな顔つきで呟く。いつものクールな彼女の様子に戻っていた。
「え?」
「降りましょう」
と、幸之助の手を取る御縁。幸之助もルーカスの手を取って、渋谷駅のホームに降りる。
そのまま流されるように改札を出て、ハチ公前の交差点に差し掛かる。
その間、御縁と手はつなぎっぱなしだ。おまけの外国人ともだが。
人が多いせいなのか、緊張のせいなのか、幸之助の手は汗ばんでいた。
雨の中、人が溢れかえった渋谷。ハロウィンか年末にしか見たことがない人ゴミ。
ライブ中継で、ミサイルが飛んでいる絵が巨大スクリーンに映されている。
アナウンサーの解説によると、人工衛星の感知システムが故障し、ミサイル落下の情報伝達が遅れて、大気圏を超えようとしている、とのことだ。
自衛隊のミサイルでも撃ち落とせるが、万が一、放射能を積んでいると、放射能汚染物質が東京の広範囲に拡散してしまう可能性が非常に高いらしい。
そうでないにしても、破片が飛び散り、落下物による被害も大きいことから、政府も射撃を最後の砦にしようとしているようで。防衛省の中継に切り替わるも、緊急事態の対応に追われてざわついている。一刻を争う状況に、アナウンサーは繰り返して住民に速やかな退避を呼びかける。
しかし、既にミサイルは肉眼で確認できるほどの大きさで迫ってきていた。
皆、天を仰いでいる。
気を失う人。冷や汗をかく人。手足の震えが止まらない人。
泣き出す子供の声。
誰もがこの異常事態にパニックを起こしていた。
ミサイルがどんどん大きくなり、今にも破裂しそうなその時、ミサイルが光に包まれた。
爆発ではない。温かな見覚えのある、あの光が輝く。
周りの人はその異変に気付く様子がなく、呆然とそれを眺め続けている。
幸之助にはすぐわかってしまった。
「スタイリッシュのお姉さん、なのか?」
思わず呟く。固唾を飲んでミサイルの行方を見守る。
光を纏ったそれは、徐々に速度を落とし、落下予定地から軌道を逸らした。
都内に落ちないことを確認した防衛大臣は、即発射中止の合図をした。
そして、ゆっくりとレインボーブリッジ脇の東京湾へと着水。
バシャンと大きな水しぶきを上げ、沈んだそれは不発に終わったのだ。