第四話 高嶺の花
駅員に捕まらないように、幸之助とルーカスは閉まりかけた山手線に飛び乗った。間一髪だ。
車窓越しに息絶え絶えになった駅員が「見つけたぞ!」と、叫んで幸之助とルーカスを涙の含んだ目で凝視する。
動き出している電車に飛びかかろうとして、他の駅員に止められているのを横目に、秋葉原駅を立ち去る。あの感じだと、あの駅員はクビだろう。
やっと一息つける。ホントに散々な日だ。
空いている席を見つけて、幸之助とルーカスは座って休むことにした。
「えらく大変そうだったわね」
いきなり隣の女が話し掛けてきた。
「えっ?」
気を抜いた瞬間に、突然話しかけられて幸之助は驚く。
よく見ると同じ高校の制服を着ているではないか。
というか、マジか。
「なぜここに、御縁さんが?」
「そうだけど、何か?」
御縁は高二から同じクラスになった清楚でおしとやかな黒髪ショートヘアの学級委員だ。
切れ長の目、長めのまつ毛、それでいて、キツさを感じさせない眉。スラッとした線の細い身体。
普段の彼女は凛としていて、一人で過ごしていることが多い。
男子生徒の中でも人気が高く「あのミステリアスな感じがいいよなぁ」と、噂が立つ程。
幸之助も密かに好意を寄せていた。
ブレザー、白ワイシャツにストライプ柄のスカート。
可愛らしい蝶ネクタイに目を向けると、胸のふくらみに目が留まる。
全国平均程はあるだろうか。
至って代り映えのない制服なのだが、今日もとても魅力的で。
思わず見入ってしまいそうだ。
「曲里君? どうしたの?」
「へっ? 何でもないよ」
御縁の一言で、我に返る。危うく疑問が飛んでしまう所だった。
成績優秀で規律もしっかり守るような彼女が、何故こんなギリギリな時間に登校しているのか気になっていたのに。
「曲里君、私が何故こんな時間に、しかも学校とは逆方向の電車に乗っているのかって思っているでしょう?」
「ナンノコトデスカ?」
片言な日本語で緊張を誤魔化してみる。
「ナンノコトデスカ?」
ルーカスも同じく真似をしやがる。
御縁は噴き出して笑った。
「ソンナニオカシイデスカ?」
ルーカスが透かさず、笑いのジャブを入れる。
御縁は笑いを抑えるのに必死だ。
「ふふふっ……。曲里君、そんな肩張らなくても良いのよ。というか、ルーカス君。面白過ぎよ。ふふふっ……」
「ボクはイタってセイジョウデース!」
「やめろ、ルーカス。御縁さんが笑いを抑えられずにいるだろ?」
「ソウナンデスカ? ごめん、ミエニシ」
「ふふふっ……謝ることないわ。ルーカス君は普通にしているだけなのよね。わかるから。曲里君はもっとリラックスして」
幸之助は緊張しっぱなしで、また耳が赤くなる。
「そ、その……。誰も寄せ付けない程、高嶺の花のような存在だから。まさか話しかけられるとは思っていなかったので……その」
「あら、案外初心なのね、曲里君って」
顔が熱い。幸之助は、隣を見られず、揺れる床を見つめる。
「で、何で曲里君達も逆方向の電車に乗ってきたの?」
「えっ?」
ようやく内回りではなく外回りの電車に乗っていると二人は気づく。
「えっ? 今更気づいたの?」
「う、うん」
再び笑いを堪える御縁。
「君達、ふふふっ……ほんと、最高だわ」
普段クールに澄ましている彼女。こんなに笑っている所を見たことがない。
「ふふふっ……。はぁ、もうっ、笑わせないで。で、えっと、何の話だったかしら?」
「外回りか内回りか」
「違うわよ。そうではなくて、ふふふっ……」
どうやら御縁は『外周りと内回り』がツボになってしまったらしい。
笑い声が漏れて、周りの人たちが時々振り向いてこちらを伺う。
「あ~。参りました、曲里君」
「どうもすみません」
「ほんと、見かけによらず、二人とも面白いのね」
「ウワォ、ほめられたヨ! アイムハッピー! コウタロサーン!」
流暢な英語に苛立ちを覚え、幸之助はルーカスの頭を小突く。
絶妙な「あべし」が車内に轟く。
ああ、ホントに疲れた。まだ学校にも辿り着いていないのに。
「で、逆方向の電車に乗って、登校を『回避』しようとする、いけない曲里君達? そろそろ進路変更をした方が良いのでは?」
御縁が頬杖を膝に突き、ジト目で二人を見つめる。
「いや、こ、これはわざとではなく……」
「マジ、ホントダヨー!」
「ほう? では、訳を聞こうじゃない?」
「ぼ、僕たちのこと、信じてくれますか?」
幸之助は不安そうに御縁を見る。
「ざっくりとだけど、曲里君達に起きた事、私見ていたから」
「そうだとすると、説明する必要ありますかね?」
御縁はからかいながら、口角を上げてニヒッと、歯を見せて笑った。
何て可愛らしい顔だろうか。思わず見蕩れてしまう。
幸之助は彼女の容姿に心奪われまいと堪えながら、自分の身に起きた事を説明する。