第三話 謎の駅員
秋葉原駅総武線のホームがざわつく中、幸之助は階段を下りて京浜東北線と山手線の乗り場へと駆け降りていた。
その時、誰かの手が幸之助の腕を握った。
しなやかな感触。それなのに、力がある。
幸之助は振り払えず、捕らえられた。
ルーカスは、何が起きているのかわからないといった困惑した表情でこちらを見ている。
ゆっくり後ろを振り向くと、むっとした表情で女性の駅員が幸之助を凝視している。
駅員にあるまじきアシンメトリーな髪型。
左目が隠れそうだ。耳にはピアスの跡がある。
顔の輪郭がシャープな感じのせいなのか、少し不機嫌なだけで怖さの凄みが増しているような気がする。
体型は痩せている方だろうか。
「そこの君、駅構内で走るのは危ない。雨で滑りやすいからやめるんだ。聞いているのか?」
「……す、すみませんでした」
尻つぼみ気味に返答し、幸之助は女性駅員に頭を下げた。
「そのくらいでユルシテ、コウタロウ、ワルギない。オネーサン」
ルーカスが駅員を見つめて訴える。
駅員は掴んでいた手を離して、幸之助を開放する。
「気を付けなさい」
「……はい」
そのまま立ち去ろうと階段を降り始めたが、駅員がすぐに回り込んできて、幸之助の手を再び握ってきた。しかも両手で。
「はい?」
なんだ、コイツ。今度は一向に離そうとしない。息が荒くなっている。
明らかに様子がおかしい。興奮した様子というのか。
目をキラつかせて、幸之助に質問攻めする。
「き、君っ! 電車に轢かれなかったか? つい先程の事だ。見間違えるはずがない。死んだはずだ。でも、触れるし、目の前にいるし、話もできる。うふっ……。ついに! 『幽霊』と話ができた! ハァハァ」
「あ、あのぉ……」
「大丈夫! 私、君の事しっかりこの目で見えているから! こう見えても私、幽霊が見える体質でな。幽霊と直接お話したくて堪らなくなって! 人身事故が起きやすい電車に関する仕事なら、いつか話せる幽霊が現れると思っていたが。はぁぁっ、遂に今日! それが叶った!」
これはヤバい人だと、幸之助は直感する。というか、あのルーカスですら引いている。
ふと、幸之助は、家を出る前にテレビでやっていたマッキーの占いを思い出した。
順位は最下位のてんびん座の男。
『女難の層が出ていて、トラブルに巻き込まれそう』という内容だった。
トラブルというか、これは災害レベルだ。
「はぁぁっ。夢のようだ~」
「あー。駅員さんは夢見ちゃっていますね」
「ホントダヨー。カオもココロもオハナバタケダヨー!」
ルーカスは幸之助の背に隠れる。
「夢じゃない。触れる! 触れる幽霊なんて初めてだ!」
うん、何言っているんだ、この人。
「幽霊ってもっと冷たいと思っていたんだが」
そりゃ、そうでしょ。死んでいるんだから。
「駅員さん、頭を冷やした方が良いですよ」
「本当に冗談の上手い幽霊だな!」
いや、冗談じゃないんだが。仕方ない。作戦変更だ。
「僕も会話出来て嬉しいな~」
「オゥ。コウタロウもオンナのドクガにかかってシマタ! オーマイガー!」
ちくしょう。ちげーよ。やり過ごしたいだけだよ。
「ウハッ。もう最高だぁぁ。話そう! 語りつくそう! ハァハァ」
駅員は疑う気配が全くない。ホントにおめでたい人だ。
「その前に、確かめておきましょう!」
「一体何を確かめるのだ?」
駅員は頬に手を当て、首を傾げる。
「折角の機会です。これが夢だと寂しいじゃないですか」
「そうだな。幽霊の言う通りだ」
目を瞑ってうんうんと、駅員は頷く。
「試しにご自分の顔を引っ張って、現実かどうかを確かめてみるのはどうでしょう?」
「それ! 採用! はぁぁっ、ワクワクしかない」
万遍の笑みとは、この表情を言うのだろう。ホントにおめでたい顔だ。
「女性の歪む顔を見るのは僕も好まないので、後ろを向いて試してみてください」
「ああ、なんて出来た幽霊だこと!」
駅員はウキウキ気分で、掴んでいた両手を離して後ろを振り向く。
そのまま思いっきり顔を引っ張った。
「イタタタタ。ってことは! やった、現実だ! しゅごい! だろ?」
振り向くと、そこに幸之助の姿はない。
「おや、幽霊よ。どこへ行ったんだ? お、お願いだ! 成仏しないでくれ~。置いていかないでくれ~」
またもや、幸之助は『回避』を使用。ルーカスを連れて、すたすたと山手線ホームへ駆け込んだ。