第二十九話 突破口
話を聞き終えた四人は沈黙した。
「以上が、姫川と私の過去だ。彼女は望んで君たちに命を託した。そして、災厄を退ける手立てを打ってくれた。本当に感謝している」
「ほんとにそう思っているのですか?」
冷たい言霊が神前を凍り付かせる。
御縁だ。
中島は何かを堪えているような口角を引きつらせた表情で御縁を見る。
「中島師匠、違いますよね。災厄は終わっていない。私の恩師の死と言う災厄が」
中島は何も言えず、口を閉じたまま床を見つめる。
「私、今の話ではっきりしたんです。高一の時、鉄骨が頭上に落ちてきたのを間一髪で救ってくれた女性の事を。名前も聴けずに、彼女はその場を去ってしまい。高校に教育実習で現れた時は、まさかと思ったわ。確信が持てなかったけれど、見覚えがあって」
幸之助は姫川が現れた日に御縁が涙した理由を悟った。
「姫川さんは、いえ、先生は私にとってもかけがえのない人よ。貴方が何もしないのならば、何としても救うわ」
御縁は合掌を始めた。が、何も起きない。
「なんでよ! お願い。先生を救える過去へ! どこでも良いの!」
同じく、何も起きない。
「それなら。過去の曲里君と繋がり、このことを話して、私の時空術で助ければ! 若しくは、特殊スキルを使って!」
と、祈る御縁。だが、何も起きない。
「多分、【災厄軽減に直接関係】がなく、過去に曲里君と会話しただけの様な【自分都合の場所】しかイメージできないからだ。それでは神に繋げてもらえない。それに、特殊スキルは【聖霊】による力だ。『時渡り』は【神の権限】によるもの。その域を超えられない」
中島師匠が御縁に助言する。
それを見ていたルーカスが「ボクモやってみる!」と、合掌をした。
しかし、何も起きない。
「ボクもコウタロウとヒメちゃんがいた、アキハバラえきにいたのに……ドウシテ」
「その事故の日は、既に【姫川が】飛んでいる。同じ日は無理だ」
「ちくしょう。どうすれば……。どうすれば姫川を助けられる……。何かないのか」
幸之助は右拳に力を込めて握る。
「私、全く澪のこと……。いえ、姫川さんの事情を知らなかった。そんなになるまで、自分を追い込む必要なんてないのに。気づいてあげられなかった。私、友達失格だわ」
時雨も何もできず、悔しそうに床を見つめている。
その時、呼鈴とガラガラと、音を立てて玄関から誰かが入ってくる音がした。
「誰だ? こんな時に」
中島師匠は玄関へと駆けて行った。しばらくすると、誰かを連れて神前に戻ってくる。
見覚えのある人。それもその筈で。
「天ケ瀬さん! 何でここに?」
御縁が声を上げて思いもよらない登場に驚く。
「よ! きっとお困りだろうと思ってな。情報収集してネット掲載している身からすれば、とっくに姫川が死んだことは分かっていた。せめて、弔いの言葉を送らないと。それに、やけになってしまう人も出そうだ」
ルーカスと御縁は思い当たるところがあり、黙って目を反らす。
「天ケ瀬さん! 情報のプロなら、何か姫川を助ける方法を知りませんか? 諦めたくないんです。助けられるはずなんです。でも分からなくて。お願いします!」
幸之助は天ケ瀬に頭を下げて頼み込む。
「あれ? 曲里君。君、気づいてないのか? 自分の中に答えあるじゃないか」
天ケ瀬の言葉に耳を疑う。自分の中に答えがある?
「いや、そんな。まさか」
うーんと、天ケ瀬は腕を組んで、過去を改めて思い返しているようだ。
「私が駅員だった時に見ているから、間違いないと思うが。曲里くんは、『轢かれた日』より前に姫川に会っている筈だが? もしかして、覚えていないのか?」
「え?」
幸之助も改めて振り返ってみる。
そう言えば、事故の前日。
あの日もゲームに夢中で、通行人にぶつかって。
就活の資料が駅のホームに広がって。
でも、あのスタイリッシュな姫川とは違う雰囲気の女性だった気が。
元気もなかったし、就活する気があるのかと思う程のボサボサ髪で。
あれが、姫川なのか?
ホントに?
幸之助は当時の会話を一つ一つ思い出すように呟いた。
「注意を受けて。履歴書を拾って、確かにそんなような名前だった気が。それに加えて、怪我をしていないか、病院へ行くかと、名前を聞かれて……。高校が同じだったこともあって話が噛み合って、お詫びに喫茶店でお茶する流れになって、ゲームやりたいし、面倒だから学校サボって。その時に、名前を……」
鮮明に思い出してきた。
ああ、そうだった。――そうだったのか……。
彼女は確かにこう言っていた。
「『プリンセス』じゃないでしょ。完全に名前負けだわ……」
姫川との接点が、そこに在ったなんて。
これなら、繋がれるかも。
実際に起きた事象でイメージでき、【当事者】であり【改変者】で、姫川の存在は今後の【災厄軽減に直接関与】し、【一度も】飛んでいない。
【自分都合】でもない。
「中島師匠!」
中島師匠は幸之助の呼びかけの意味をすぐに察した。
眉間に皺を寄せて、しばらく黙っていたが、幸之助の真剣な眼差しを見て、
「はぁ。好きにすれば良い」
と、突き放す。
幸之助は、すぐにパンっと、音を立てて、合掌を始める。
御縁とルーカスが駆け寄った。
「先生を必ず取り戻して、戻ってきて! 必ずよ!」
「ボクノ、ムネン、ハラシテクーダサイ!」
時雨も祈りを捧げる牧師のように両手指を交差させて握り、幸之助に声を掛ける。
「頼む、曲里君。君にしか、澪は……姫川さんは救えないの」
「皆、わかっています。必ず連れ戻します」
幸之助は涙を振り解き、目を瞑る。
姫川の元へ。今すぐに。
脳内で唱えられた願いは聖霊に届けられ、翡翠色の光に包まれる。
間もなく、幸之助の身体と意識は過去へと飛びさった。
目を開くと、秋葉原の駅のホーム。
目の前に、見慣れた顔。
スタイリッシュな姿ではなかったが……確かに、姫川がそこに居た。
履歴書や資料は散らばり、転んだ勢いで、ヒールは脱げ、ぼさっとボリュームのある長い茶髪を散らかして。
尻もちをついた眼鏡姿の姫川が。
幸之助の目の前にいる。
女駅員、天ケ瀬がその様子を横目で見ている。
「あいたたた~。あ、あの。君、大丈夫?」
姫川が幸之助に声を掛ける。
「大丈夫です。そちらこそ、お怪我はございませんか?」
姫川のストッキングは転んだ時にどこかに擦ってしまったのか、伝線している。
「ええ。大丈夫だけど、これじゃ、面接行けないや……」
「すみません……」
「でも、よかった。君、後もう少しで線路に落ちるところだったわよ。私が間一髪のところを引っ張って防いだから、大事に至らなかったけれど。本当に気をつけなさいね!」
見た目は違う。けれども、口調は姫川だ。
「じゃ、私急ぐから! というか、間に合うかしら……ストッキング買わないと」
姫川は散らばった資料をカバンに入れ込むと、時計を見て立ち上がり、その場を去ろうとした。
このままでは……終わってしまう。
確かあの日言った言葉は……。
「あ、あの。助けてもらったお礼に何かさせて下さい。ストッキングも弁償しますから」
幸之助はあの日の言葉を脳裏から引き出して放った。
「良いの? というか、君。どこ見ているのよ!」
「あ、えっと、その悪気はなくて。助けてもらったお礼と言うか」
その口調と様子を見て、姫川はニヤニヤと、笑った。
「なーに。冗談よ。それに君、私と合うの、初めてじゃないでしょ。初対面の人にしては、慣れているというのか。……あなた、…………未来から来たわね」
バレた。
多分、言い方を間違えたからだ。
こんなに律儀な態度を、あの当時取っていなかったと思うし、尻すぼみな返答だった筈。
こうなったら、面と向かって話すしかない。
幸之助が口を開こうとしたのを見るなり、片手の平を幸之助の目前に伸ばし、
「大丈夫。何となくわかっているわ。そこの喫茶店に入って、ゆっくり話でもしましょう!」
と、姫川は秋葉原駅のホームの様子が見える喫茶店の看板をもう片方の手で指差した。




