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第二十八話 風前の灯火



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



平成二十七年三月十六日。

夜桜が舞っていた。



「先生、姫川さんの容体が!」

 


医師と看護師が病室へと駆けていく足音が廊下に鳴り渡る。

 


ガラガラとせわしく木霊こだまするカートの音と異様な空気に、全くの部外者である筈の中島も目を奪われる。



光の御子の指示とは言え、このような所に足を運んだ自分が憎い。

昨今の若者が国や人のために命を賭けるなんて。

戦時中ではないのだ。



「死を間近にした子の中に該当者がいる。鏡の力で救えれば、力になってくれるだろう。そう鏡にも出ておる。頼むぞ、中島」

 


師匠の台詞が脳内で反芻はんすうされる。

中島は心を鬼にした。

 


末期症状の患者が入院する病院に潜入するのは一苦労だった。

関係者であると誤魔化す為に鏡の力で幻影を見せたが、その能力が無かったらどうしようもなかった。



その点も、師匠はお見通しだったという訳か。

師匠曰く、その子は目に見えざる力の存在を認知できる可能性を宿しているとのこと。


だが、その様な気配は今まで感じなかった。

これで百十八カ所目だ。



「先生、どうですか?」

 


病室から声が聞こえる。

看護師の呼びかけに、医師は顔を横に振る。



「残念ながら……」

 


姫川の両親が駆け付け、中島の脇を通り過ぎて病室に入った。


他人の死に際を見るなど、中島にそんな悪趣味は無いのだが、開かれたドアから室内が見えてしまった為、その光景から目を反らすことができなかった。


母親であろうか、ベッドの上で泣き崩れている。

心音を映し出す機械も、か細く消えそうな声で鳴いている。

 


誰もが彼女の死を覚悟する中、中島だけが諦めていなかった。

何故なら、彼の目にはっきりと、少女の身体にまとわる光が見えていたからだ。

 


不謹慎にも高揚してしまった。

師匠の言っていた子に、間違いない。



「すみません。まだ、助かるかもしれません。試させてください!」

 


声を掛け、いきなり病室に立ち入る中島。



「何だ、君は。部外者以外立ち入り禁止だぞ。こんな時に何を考えているのだね!」

 


医師がきつくあたった。

中島は気にせず奥まで入ると、カーテンを開け月明りを室内に取り入れる。



「月明りか……。回復力が弱いがやってみよう」

 


中島はポケットから鏡を出すと、月明りを反射させて姫川に当てた。

 


異様な光景に両親も医療スタッフも目を丸くしていた。

中には、嘲笑う者もいた。

 


が、次第に少女の心音に異変が起きる。

元気に脈打ち始めたのだ。



その場にいる者全員が目を疑った。



「は? そんな……馬鹿な……」

 


医師がズレ落ちそうになる眼鏡をかけ直す。



「ほ、本日のところはこれで様子を見ましょう。明日、また伺います。依然として油断できない状況です」

 


バツの悪そうな口角を引きつらせた顔でそう呟くと、医療スタッフを連れて医師は病室を後にする。



「本当に、本当に、ありがとうございます……」

 


涙ながらに母親がズボンの裾を掴んできた。



「まだです。このまま付きっ切りで浄化を行います」



「何処の誰か知らないが、申し訳ない。よろしくお願い致します」

 


父親が頭を深々と下げた。



「お気になさらず。本日はゆっくりお休みください」



「いえ、私たちもここで待ちます」

 


母親も足元で懇願する。



「そうですか……。わかりました」

 


父親が母親を抱き起すと、二人は反対側に座り、中島の様子を不思議そうに見ていた。



「きっと結衣は神様に選ばれたのよ……」

 


そんなことを、母親は父親にこぼしていた。




中島はその後、月の光から太陽の光に変わる朝まで浄化を続けた。

結果は言うまでもなく。

彼女は一命を取り留めた。



その後も、中島から光を受け続け、一カ月後には重い腎臓病が完治してしまったのだった。


姫川の両親は何度も何度も中島に頭を下げ、お礼を伝えた。




そして、退院の前日。

四月十七日。



中島は両親に彼女を救った真の目的を伝えた。



災厄に挑める、強き直観力を受け継ぐ者として、国や人を救ってほしいと。

同時にそれは、死を早める危険性があり、時期が来なければ詳細は本人に伝えられないと。



中島の言葉に姫川の父親は一瞬、言葉を失った。


が、しっかりと中島を見て、



「本来は終わっていた彼女の人生に希望を与え、私たちと共に居られる時間を少しでも作ってくれたのは、他でもない貴方だ。それだけで十分とは言いたくはない。けれども、その恩義に応えないというのは、私はどうかと思う。娘を救ってくれてありがとう。本人が他人を救えるその力を望むのであれば、私はそれを応援してあげたい」

 


と、涙ながらに訴えた。



母親は父親に抱き着いて咽び泣く。



「娘をよろしく頼む」

 


父親の手はとても震えていた。力強くも温かな、その感触を中島は心に刻んだ。




そして、退院当日。

四月十八日。


彼女は二つ返事で、中島の弟子になることを決めた。

 


翌日から言霊の特訓が始まり、ありとあらゆるオカルト知識を叩きこまれ、一年後には『回避スキル』の奥義である『時渡り』ができるようになっていた。




平成二十八年三月十六日。



姫川の両親から中島にただ一つ、お願いされたことがあった。


【学生生活を満喫させてあげて欲しい】と。

それを叶える為、彼女は年齢と名前と血縁を誤魔化して高校生をやり直した。



高校二年の時点で入院していた彼女にとって、高校生活そのものが無いに等しい。



そこで、中島は知人である美作家にお願いをして、彼女を三年間、預かってもらうように頼み込んだ。


返事はこれまた、すんなりとオーケーが出て。



それを姫川に報告すると、



「高校生、またやれるの? やった~!」

 


と、子供のようにはしゃぎだした。




迎えた平成三十一年三月十五日。

卒業式。

 


中島は親戚と言う扱いで、卒業式に臨み、彼女を校庭入り口で待った。



「あ! こんな所に居た~!」

 



ぶんぶんと、元気に証書の入った筒を振って近づいてくる。

背後に友人が一人付いてきた。



「終わったよ~! でね、この子は時雨さん」



「ど、どうも……」

 


恥ずかしそうに顔を赤くして中島を見る。



「結菜、そんなに緊張しなくてもいいのに~」

 


微笑む姫川。

もとい、美作澪。



「澪、そろそろ私、帰らないと……。今日は用事があって」



「そうなの? ま、卒業しても、明日会うから良いじゃん!」

 


美作の笑顔に癒されて、時雨も微笑み返す。



「そうね、じゃまた」



「またね~。連絡する~」

 


美作は手を振って時雨を見送った。



「いいのか? 明日『時渡り』で三年前に戻るんだぞ。言い残すことはないのか?」



「いいの。これで良いの」

 


そう、冷たい言葉を選んで姫川は呟いた。




翌日、彼女は『時渡り』で美作家に初めて来た日、平成二十八年三月十六日に戻った。

 


高校生活中の出来事や戻った後の未来で起きる事象が災厄に深く関わっていたことが理由で『時渡り』が許されたのだろう。

 


中島は辻褄合わせのために、鏡に宿る『空間操作』の力で『美作澪』が過去に行った事象を再現させる幻影を生み出し、加えて、三年後の卒業式翌日に行方不明になる幻影術を関係者全てにかけた。



その後、関係者と出くわさないように、二人は身を潜めて明治神宮の社務所で生活した。


 


三月十七日。

姫川は寂しそうな顔をして縁側を眺めていた。



「時雨さんが気になるのか? あんな別れ方しなくても良かっただろ」



「なんかね。嘘の友達をしていたからさ。彼女に合わせる顔、なくってね。それに、彼女なら幻影なんか破って、私を見つけてくれそうな気がしてね。それの方が感動マシマシでしょ? 私たちの友情は不滅だ~的な? そうであってほしいなぁと言う淡い期待を抱いて、そうしたかったの」



「まぁ、お前がそれで良いなら構わないが……。それより、次は大学だな」



「え? 良いよ~。お金かかるし」

 


顔を引きつらせながら、中島は姫川に迫る。



「両親から色々とお願いされている手前上、そういう訳に行くか。それに、今後お前が社会に出て仕事をするとなったら、その言葉遣いや姿勢を改めないと。フレッシュさが足りん!」

 


喝を込め、ビシッと背中を叩く。姫川はキャッと、短い悲鳴を上げた。



「分かったわよ。フレッシュさね! 勉強してみるわ!」




大学に入ってから、彼女の時空能力は著しく上がっていった。

力が伸びる度、気づかれない所で言霊を使い、人助けを日々するようになっていった。



それが彼女の自信になっていく。

順調な大学生活だった。

 



大学三年の春。

三月になり、春休みに入り、だんだん温かくになる。

 


休日故か、姫川のテンションは今日も高く。

勾玉を手にした彼女は、何でもできる魔法使いのようで。


【私にできることをするの!】が口癖になるほど、イキイキとしていた。



「私、先生になろうかな! この力のおかげで、私の人生凄く変わったし。私のような素質のある子もそうでない子も、まとめてぜーんぶ、幸運になってほしいの!」



「そんな、全員は流石に無理だろ」



「いいや? できるよ! 来年の四月から教育実習受け付けていたから、連絡してみよっと。病気がちだったから、先生方きっと、びっくりするだろうなぁ~」

 



本当に彼女は人生を楽しんでいた。

彼女の笑顔を見る度、あの時、命を守れて良かったと強く思う。

 



 

平成三十年七月六日。


この日も昼過ぎから大学の図書館に行くと、姫川は昼食をとる準備を始めた。



ご飯をよそって、「いただきます」を律儀に唱える。

ダイニングの静けさに耐えかねた姫川はテレビをつけた。

ニュースが流れる。



「今日午前十時ごろ、東京都調布市の建設現場で資材が落下し、女子高生一名の死亡が確認されました」



無残な話に姫川の箸が止まる。

画面を直視。

 


中島は対面するような形で食事をよそうと、席に着く。



姫川の様子を見ていたが、何か嫌な予感が過った。




「私なら、この子を救えた」




そう、一言呟く姫川に、中島は叱咤した。



「お前がやることじゃない! 今、何をしようと考えた? 調子に乗るな!」

 


姫川はグッと力強く、中島を睨み返して立ち上がる。



「だってそうじゃない! こんな凄い力があるのよ! 私が救わなきゃダメよ!」



「またそれか! これで何度目だ! お前は神じゃないんだ。その力だってリスクがある」



「何よ! リスクって!」



「そ、それは……」

 


中島は『時渡り』代償を言えずにいた。


彼女はあんなにも苦しんだ。

なのに、再び死を宣告するのは酷なことだ。

条件を満たしたとはいえ、言える筈がない。



姫川は食事を残したまま、無言で部屋を飛び出した。


追いかけようとドアを開けたその時には、彼女の姿はそこになかった。




「彼女、救えたよ」



社務所の玄関に響いた姫川の第一声。

声に気が付き、中島は駆け付ける。

やり切ったという表情。



恐らく【ニュースで見た】情報を頼りにイメージし、【改変者】として介入したのだろう。



堂々と佇む彼女を見て、中島は目頭一杯に皺を寄せ、苦悶な表情で目を瞑った。



「ちょっと、話がある」

 


中島は意を決すると、神前に姫川を呼んだ。

話を聞いた後の姫川の顔は、笑いも絶望も悲しみもない。

只、虚ろな目で中島の話を聞いていた。



その日から、彼女は時空の力を恐れるようになってしまった。


スタイリッシュな身だしなみも、姿勢も捨て、入院時よりも覇気のない、腑抜けな容姿になってしまった。



中島は心苦しい気持ちを抑え、再び病院へ潜入して新たな候補者を探し始めた。


 



大学四年。

平成三十一年三月一日。

就職活動セミナーの日。



今日から就活が解禁だ。

でも、姫川の気は進まないでいた。



「師匠、私は後どれくらい生きられるのですか……」



「未来への時渡りは、場所と状況にもよるが片道で約五から十年。過去の場合は、今と未来を変えてしまう禁忌の術。片道で約二十年は寿命が縮まると言われている」

 


俯いたまま静かに姫川は中島の説明を聞いていた。

 


姫川は悲しげに笑うと、



「ははは。私、片道二回分使ったから、八十歳が寿命なら四十歳には死ぬって事なのね」

 


と、ため息交じりに呟いた。



「それさ、私、生きる意味あるのかな? 就職して、結婚してさ。家庭持ったら四十歳なんてあっという間に来ちゃうじゃん? 子供もまともに育てられるのかな? そもそも、今の私の能力以上に世の中の役に立てる仕事なんてあるのかな? それに、元々の目的、果たせてないじゃない? 災厄の日は近づいているのに、飛んだら死んじゃうかもって。それはないよ……」

 


中島は何と答えてあげればいいのか迷う。



「全て、私が止めなかったせいだ。姫川のせいでは……」



「師匠のせいにして片付けないでよ!」

 


姫川は涙交じりに叫んだ。



「ごめん……。でも、今後どうすれば良いのか……もうわからなくなっちゃった」



「お前のせいでは……」



「いいの。もう飛ばないわ。小さい事でもできることを探すよ。行ってきます」

 


スーツ姿の彼女は死んだ目で資料の入ったカバンを持ち、社務所の玄関に向かう。

ヒールをゆっくりと履いた彼女は、弱弱しく玄関を開けた。

 


中島はガラガラと寂しそうに閉まる扉と彼女の背中を、只々見送ることしかできなかった。




令和元年五月十三日。

本来ならば、気持ちがダレて、五月病になっている頃。



「ただいま~」

 


姫川の声が社務所に響いた。

あんなに行きたくなさそうに出かけて行った姫川が元気良く帰りを知らせる。

何か良いことでもあったのだろうか。

 



中島が玄関に向かうと、落ち込む前までよく見せてくれた姫川の笑顔がそこにあった。



「やっぱり人助けって良い物ね! スマホのながら歩きをしている子が居てね。ちょっとぶつかって大惨事! 色々あって、今日の面接は断っちゃったけど」



はははと、自分の頭を撫でて照れる姫川。



「そうか。まぁ、元気が出たみたいで何よりだ」



「うん。じゃなかった、はいっ!」

 


彼女はニッコリと笑顔で答える。



「やっぱり、私。就活止めて、先生やろうかなー。このまま就職しても、何かやる気湧かないし。子供たちにできること教えて、夢を託す方が向いているかなぁって。それに、数日後は教育実習控えているし。私の代わりになる勾玉の候補者も見つけなきゃなんでしょ?」

 


つぶらな瞳で姫川は中島を見つめる。



「好きにすればいい。お前の気が済むように生きなさい」

 


姫川は優しく微笑む。



「うん。ありがと。あと二日かぁ。楽しみだなぁ」

 


ふんふんと、ハミングをしながら、姫川は自室へと戻っていった。




翌日。

五月十四日。

この日も、就活の説明会で姫川は外出していた。



「ただいまー」



声が聞こえたと思ったら、帰ってくるなり、中島の部屋へ姫川は自ら現れた。

真剣な目で中島を見つめる。

これは只事ではないと中島も察した。



「何があった?」

 


そう呟くと、涙をひたひたと零す姫川。



「ごめん……。師匠との約束……破っちゃった……」

 


その場に崩れ落ちるようにしゃがんで、咽び泣く。



「なにがあった」



「また……飛んじゃったの」

 


中島は咄嗟に姫川の腕をとり、手相を見る。

生命線が薄く、途切れ途切れになってしまっている。



「何回飛んだんだ」



「一回だけ」

 


目を伏せて、中島は静かに涙した。

 


累計でも六十歳の寿命が無くなったことになる。

姫川は既に二十六だ。

何時死んでもおかしくない。


彼女の特殊スキルである驚異的な回復力が功を奏したのだろうか。




「馬鹿野郎……」

 


姫川はくしゃくしゃな顔で笑ったが、涙で濡れ、化粧は落ち、全然笑えていない。

酷い顔だ。



「どうしても救わなきゃって……そう思ったの。一度躊躇ってしまって……。何で助けなかったんだろう、私にはそれが出来る力があるのに。なぜ見過ごしてしまったのだろうって……。だから、私の人生、あの子に託そうかなって。皮肉にも終活になっちゃったわね」

 


姫川は笑った。

明らかに無理をした笑みで。

笑いかけた。

 


中島は何も言えずに、歯を食いしばった。



「何でそんな顔を師匠がするの? 私がしたくてそうしたのよ。やっと私のしたいことができたーって気持ちなの! 晴れ晴れしているのよ。不思議だよね? それに、師匠は私の代わりだって欲しいんでしょ? そこは心配しなくて良いのよ。しっかり引き継ぐし、見つけたから! だから、ね。師匠は泣かないで」



「無理だ。そんな。お前の人生を救ったように見せかけて、見殺しにしてしまったようなものじゃないか。その責任は私にある」

 


姫川は力強く叫んだ。



「違う! それは私が無知で、強引だったから。師匠の気持ち、理解できなかったから、師匠が抱える話じゃないの。私はとっくに救われている。私が師匠の役に立てなきゃ、意味ないのよ!」



「姫川、いや。結衣…………。本当に……すまない」

 


床に水たまりができる程、中島は静かに涙を流した。



「大丈夫。必ず災厄は止めて見せるわ! 最後の力を振り絞ったスタイリッシュな女の子は一味違うところを見せつけてやるんだから!」

 


涙を拭った彼女の表情は、清々しくも、悔しそうにも見えた。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


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