第二十五話 時を渡ったその先に
さらに一か月経った夏。
八月十七日。夏休み真っ只中だ。
曇っていた空が晴れてくる。
いよいよ『時渡り』の日がやってきた。
ベージュ色のロングフレアスカートに、クリーム色のフェミニンなブラウスを着こなした御縁と、
ジーンズに紺色のポロシャツ、その上にパーカー姿のルーカスが、社務所玄関に立っていた。
皆、小型のカバンに少しく必需品を入れて持ってきているようだ。
「コウノスケ! コッチ!」
ルーカスが手招きする。
自分はと言うと、シャツにジャケットを羽織って、下はスキニーを履いてきた。
中島師匠と姫川は、土間には下りずに玄関ホールに立っていた。
「準備はいいかしら?」
姫川はそう三人に確認を問う。
「大丈夫です。それより、姫川さんの方は大丈夫でしょうか? その、顔色が優れませんけれども」
御縁はクールを保ちながらも、彼女の具合を心配しているのか、眉間に皺を寄せていた。
「う、うん。少し休めば大丈夫。後で追うわ」
「分かりました」
振り返った御縁の肩をトントンと叩き、姫川は付け加える。
「でも、もし私の到着が遅かったら、先にミッションを熟してきて! 災厄を抑えるのよ!」
体調不良気味でも、スタイリッシュだけは磨きがかかっていた。
なんせ、バスローブ姿で語るのだから、当然だろう。
「それも、承知したわ」
御縁の様子を見て、優しく微笑む姫川。
三人は教えてもらった通り、手をつないで深く呼吸をする。
そして、未来をイメージし始める。ぶっつけ本番だ。
中島師匠が近寄ってきた。
「今から行う未来への『時渡り』は、最初に遭った人がキーパーソンだから、その方を伝って目的地を目指してくれ。そして、その場所で『ポジティブな言霊』を奉納して災厄を軽減させるのだ。これがミッションだ。必ず帰ってきてくれ」
「わかりました」
御縁はクールに受け答える。
「ジャ、イッテクルヨ~!」
「おい、その言い方。死のイメージにしか聞こえないのだが……」
幸之助が呟く合間に、翡翠色の光が三人を纏った。
スッと、その場から浮き上がる感覚。
「それからもう一つ。『言霊使いを送る』と、私の師匠に言付けすれば、対応してくれる筈だ」
中島師匠の言葉を耳で感知した時は、既に目の前が光で覆われていた。
しばらくして光が消え、周りの景色が変わる。
夜だ。雲一つない。月が地上を優しく照らしている。
空気は澄み渡り、肌寒さを感じた。
明らかに元居た場所と環境が違う。
どうやら『時渡り』は成功したらしい。
ふと足元を見ると、六芒星が翡翠色に輝いている。
三人は深く呼吸をする。ゆっくりと足が地に着き、体の重みを感じた。
冷たそうな灰色の柵と分厚い鉄板。
足を動かすと鈍めの金属音が音を立てる。
視線も高い。
どうやら、何かの建物の上にいるらしい。
柵越しから、住宅の屋根が見える。
「君たち、何処から来たんだい?」
青年の声がマスク越しに聞こえる。
声の先にギターを持って、備え付けの椅子に足を組んで座り込んだショートヘアの金髪男がいた。
突然の出現に驚いていたようだが、妙に落ち着きがある。
こういった類の力を知っている者の目だ。
そう、幸之助は勝手に解釈する。
「わ、私たちは決して怪しい物では……」
御縁が説明をしようと近寄る。
「ちょい待ち。怪しい物じゃ、ないだろうけえが。突然、ど田舎の防災タワーの天辺に現れる奴をいきなり信じる訳にはいかんもんで。もしかしたら、敵の可能性もあるし……」
「敵? そんな、私たちは師匠に頼まれて災厄を抑えに来たんですが」
目を瞑って金髪男は呟いた。
「お嬢ちゃん、可愛いから個人的に許してここで一曲歌いたいんだが、こればかりはボスが判断するんだわ」
「春樹、だれが可愛いのかしら?」
「げっ」
金髪男が横を振り返ると、メイド服を着た白髪の麗しい女性が佇んでいた。
音もなく現れたそれに、三人は警戒する。
「聞いてたの~? ソフィアちゃん」
「当然ですわ。春樹は抜かりないですこと」
「一種の褒め言葉みたいな、ね?」
ソフィアは深いため息を吐いた。
「で、そちら様方はどなたですの?」
「それが、分からないんだよ。突然現れて」
ソフィアは手を頬に当て、可愛らしく考えを巡らしている。
「もしかして、ボスの言っていた『アレ』ではないでしょうか?」
「アレ?」
春樹は意味が分からなかったようで。
「ほら、来訪者があったら出迎えなさいっていうアレですわ」
あぁと、春樹は思い出して、相槌を打つ。
「何か証明というか、頼りになる情報はないかしら?」
ソフィアは三人に問いかけた。
「それなら、中島師匠と言う者から『言霊使いを送る』との事でしたが」
幸之助が答えると、
「なるほどですの。その情報だけで充分そうですわね」
と、ソフィアは察してくれたようだった。
「ボスに確認しますわ。そちらでお待ちくださいまし」
そう言うと、ソフィアは素早く階段を降りて行った。
「じゃあ、多分仲間と言うことで。僕の名前は相良春樹。よろしく」
春樹は手を指し伸ばした。
「よろしく」
代表して幸之助が手を握る。
「待っている間、一曲どう? 僕はこの屋上で演奏するのが好きでさ~。特設ステージと言やあいいのか、非日常間というだか。勿論、市の職員に許可もらって練習しているんだ。不法占拠じゃないから、そこは安心してええよ」
「はあ」
春樹は日章旗のバンドをずらして、ギターの位置を確認した。
くるくるとヘッドのペグを回し、チューニングを始める。
「まあまあ。あまり硬く考えずに」
「あの~。それよりも、貴方たちの組織について伺いたいのですが……」
御縁が恐る恐る手を挙げた。
それもその筈だ。
師匠の恩師がいることは察したが、こちらばかり情報を提供していて、相手については何も知らないのだ。
ボスと言う言い方からしても、何かの団体であると推測できる。
「ああ~。そうだったね! この組織は、災厄軽減に対抗する鏡の組織『スピカ』というんだ。まぁ君たちの師から聞いている鏡を所有した人々で構成された防衛隊と言う所かな? まだ災厄は起きていないんだけどさ」
「スミマセン! ココドコデスカ! イマイツデスカ! ワタシダレデスカ!」
ルーカスがハイハイっと手を挙げてしゃしゃり出る。
「ここ? ここは静岡県の牧之原っていう田舎で、僕らは決戦の日まで休息と鍛錬と英気を養っているというのかな。でも、もう一年近く休んでいるんだけどね、ははは」
「それは休息とは言えなさそうですね」
幸之助が春樹のぼやきに反応。
「で、今日は令和二年九月三十日だよ。ブロンド君が誰なのかは、僕が知りたいなぁ」
「え? 令和二年九月三十日? 約二カ月後じゃん。飛んだ意味あったの?」
「嘘よね? 二カ月後のために力使ったとか……ありえないわ」
「ボク、ルーカス! カコカラキタ! シクヨロ!」
一人を除いて、落胆した。
代償がある術なのに、このザマはない。
「ま、何があったか知らないけど、とりあえず曲でも聞いて、心を落ち着かせような。特にブロンド君」
春樹は優しくアコースティックギターをかき鳴らす。
「ああよかったな。人生色々あるけれど、只々、君たちに逢えてよかったと。その想いを感じてくれれば、拙いこの歌も報われるんだ」
彼の歌は風貌に合わず、愛らしい感謝の歌で。素朴で素直な歌だった。
御縁は春樹と歌に拍手を送った。
それを幸之助は微笑ましく見つめるも、その隣で同じように拍手喝采する女性が。
「え? 早っ! いつの間に」
「お待たせいたしましたわ」
いやいや。待ってないから。
「ソフィア、ボスは何だって?」
「ボスは、『良くここまで来こられた。会うことはできないが目的地を教えるので、明朝、そこへ向かってほしい』と、おっしゃっていましたわ」
「そこで私たちは何をすればいいのかしら?」
御縁が尋ねると、
「ボスは、『とある神社で『ポジティブな言霊』を奉納し、祈祷して欲しい。それで災厄を軽減できる』とおっしゃっていましたの」
と、ソフィアは代弁する。
「そのとある神社とは?」
「隣町にある事任八幡宮ですわ!」
さらりと、返答するソフィア。
「どんな所なの? その、こと……?」
「事任八幡宮ね。言霊の通りに願いが叶うと言われる程強力な神社で、祀られている神は言の葉で事を取り結ぶ働きを持つ真実を知る神なのだそうよ」
「何で、御縁が知っているの?」
「オカ研部長よ! 私! 全国でここにしか祀られていなくて、しかも言霊の神様となれば、知識に入れるわよ! 言葉で大分、印象が変わるから、占いでも気を使うのよ」
「へぇー。物知りなんだねー」
ムッとした表情で御縁は幸之助を見つめた。
「まぁ、明日行けば分かるわよ」
「とりあえず、今日は私たちの組織でお休みくださいまし。階段下の公民館付近に隠しの入り口がありますの」
ソフィアはすたすたと素早く階段を駆け下りていく。
「ソフィア、早すぎだって! 君たちも付いてきて。場所は内密にしているから他の人にバレるのは都合が悪いんだ」
春樹は彼女を追いかける。三人も春樹の後を追う。
周りを見渡して、視線がない事を確認したソフィアは、マンホールを軽々と片手で開けて見せる。
どこかの誰かさんの様に、女には有るまじき力だ。
「さあ、早くお入りくださいまし!」
ソフィアの誘導で、四人は素早く中に入る。
はしごを駆け下りて通路を進むと、ダイニングルームに繋がっていた。
思っていた以上に広々としていて、個室へ続く扉が室内にいくつも並んでいる。
他の人たちはそれぞれの部屋に居るのだろうか。
「共同のダイニング・キッチンですの。明日はこちらで朝食をお召し上がりくださいまし。今日はもう遅いですわ。開いている個室と基地内をご案内致しますわ」
「ありがとう、ソフィアさん」
「ソフィアで結構ですわ」
御縁は少し照れつつ、
「では……ソフィア」
と、応える。
「はいですの。ええっと……」
「私は御縁響叶よ。響叶で良いわ」
「では、響叶!」
二人は顔を見合わせて微笑んだ。
その後、基地内を案内され、それぞれの個室が割り振られた。
明朝、ダイニングに集まることだけ決めて解散になる。
幸之助は部屋に入るなりベッドに倒れ込むと、そのまま眠り込んでしまった。




