第二十三話 覚醒の日
時は流れた。あれから十カ月が経つ。
災厄が近いのか、世間に感染症が流行り出した。
本質を浄めて、ポジティブな言葉を意識してから、身の回りに不運が起きなくなった。
間違っても、駅に転落することはない。
それに、身体が軽い。
目の隈もない。
毎日神社を訪れて特訓をしているのに、だ。
加えて、ゲームのガチャ引きが良いとか、自販機のジュースが当たるとか、小さな喜びも連続する。学校で『回避スキル』や言霊を教えた同級生にも、同じような幸運が起きていたことも。
これが、不運を『回避』するということなのだろうか。
「そろそろどうだろう。試してみようか」
令和二年四月十七日。社務所に集まった四人に中島師匠が声を掛ける。
遂に神器を装着できる日が来たようだ。
お盆に乗せられたそれらは、相変わらず神々しい翡翠色の気を放っていた。
中島師匠が手に取って、早速、ルーカスの首元に掛ける。
緊張してルーカスも目を瞑るも、
「オー! ダイジョウブダヨ! グリーンダヨ!」
と、興奮気味に声を上げて喜ぶ。
次は、御縁だ。
首元にそれが近づくと、顔がシワシワになるほど強く目を瞑った。
「あれ? 大丈夫みたい?」
彼女はゆっくり目を開け、首元に掛かる勾玉を見て、ぱっと明るい表情になった。
ひたひたと涙も流れる。
「やっと。やっとよ。念願、叶った~」
この時ばかり、クールはどこかへ飛んでいた。
「さ、曲里君。君の番だ」
中島師匠が幸之助に近寄り、首元まで勾玉を持ってくる。
また倒れるのではないかと、手に汗を握る。
鼓動を全身で感じる。
「おめでとう」
はっきりと聞こえた。気づけばもう、身にまとっていた。
「良かった。良かった」
中島師匠も姫川も、目を瞑って頷き、喜びを噛み締める。
「さあ、三人衆。これで晴れて次の段階よ!」
姫川は万遍の笑みでピースサインを送る。
「次は何を?」
御縁は確認を取るも、
「それより先に、先ずはおめでとう! 勾玉を装着できることは凄い事なのよ! 選ばれし者の証だ!」
と、いつものマイペースが炸裂。
「あはは。話流された……」
御縁は半ば諦めモードだ。
「アリガトー! ヒメちゃん!」
ルーカスが姫川の祝福に応えた。
「ルーカス君、君は特に凄い! この勾玉は『天皇との所縁』が少なからずないと、装着できないはずなの。要は、王族とか、純粋な血族ってことね」
「え? そうだったのですか? 家族がそうとは全く聞いていないんだけど……」
幸之助は自分のルーツが神の血に繋がるとは思えず、姫川の発言に動揺する。
「遠い先祖まで辿れば、みんな繋がるでしょ。ある意味、皆候補者ね!」
「天皇との所縁のくだり、要りました?」
中島師匠が鋭い視線を姫川に送る。
「も、もしかしたら曲里君の魂が過去に濃いつながりを持っていたのかもね。直観力に優れていたり、吉凶を見られたり、先見の明を持っていたり、運が良かったり。そういった能力は、前世から引き継いだものってこともあるそうだし。天皇にはそう言った、人ならざる神通力が著しくあったらしいわよ。少なくとも言霊見えて使えるのだから、何かあるわよ!」
ま、そういうことにしておくか。
「そう考えると、ルーカス君も王族とか?」
軽い流れで姫川はルーカスに質問すると、
「イエス! イギリスオウチョウにツナガルファミリーってキイテルヨー!」
と、同じようなトーンで軽く答える。
「は? お前、今なんて?」
「王家の一族なの?」
御縁もこれには動揺を隠せない。
スクープに飛び込む記者のように、ルーカスに飛びついて聞き込む。
「イエス! おうさまバンザーイ!」
「ははん。通りで装着できる訳ね。菊の紋章に示される天皇の分家、十六の王族の末裔」
納得する姫川。まさかの展開に呆然とする二人。
「御縁さんも、血のつながりは深いのかな?」
中島師匠が場の空気を察して御縁に話しかける。
「あ、えっと。私の家も良くわからなくて」
「そうか。でも、何らかの縁はあるということだな。勾玉が揺るがない事実をしめしているからな」
「そ、そうですね」
少し返事に戸惑いがあるように見えた。
「姫川! 特殊スキルと能力の確認、それと、神器秘術の術を早速だが教えてやってくれ」
一人マイワールドに浸っていた姫川を中島師匠は一声で呼び戻す。
拡声器型の言霊は、発信部分から驚く速さで輪形状の光線が飛び出し、姫川の頭を波動で揺らした。
「うわっと!」
アンバランスになっても、スタイリッシュにポージングして不格好を回避する。
「承知しました!」
力強い声で姫川は答える。
「じゃ、先ず合掌してステータスの表示を神様に念じて下さいな!」
「突然、ゲームみたいな展開なんですが……」
「いや、本当にそれで出てくるんだってば!」
「はぁ……」
言われる通り、三人は合掌をして念じる。
すると、ゲームのように目の前にステータス表と一覧が表示される。
一体、どうなっているのだろうか。
「勾玉の力で、本来神様にしか見られない筈の数値を見させてもらっているのね!」
「管理者権限か何かですか? 案外現実っていうのも、何でもありなんですね……」
幸之助は苦笑いして、内容を見るも。
見覚えはあるが、なんて書いてあるのか分からない。
確か、以前姫川に学校で教えてもらった『カタカムナ』と言う奴だと思うのだが。
「姫川さん、これ読めないっす」
「読むのではないの! 感じるの!」
どうやら質問をする人を間違えたらしい。
「中島師匠、どうすれば良いでしょう?」
ニコッと笑い、サムアップする中島師匠。
いやいや。そうではなくて、ですね。
「曲里君、私は読めるわよ。と言うか、読めるようにお願いすれば読めるわ」
御縁のフォローのおかげで、『感じる』の意味が分かった。
スタイリッシュし過ぎて、大事な所が抜け落ち、スマートになり過ぎなんだ、姫川の説明は。
気を取り直して目を瞑る。
祈ってから、ステータス表を見ると、状況は変わらないのに、何故か読めるようになっている。
「ホントだ。すげぇ」
「で、なんて書いてあったのかしら?」
御縁が幸之助に近づいてきた。
「回避と回復と運は基準点に加点と言う形で付与されているね。このステータス表、上限がないからどれくらいのレベルなのか分からないけれど。それぞれ百万点ずつって結構な数字だよね?」
「曲里君。全ての『回避スキル』で百万も点数が上がっているの?」
「え? そうだけど……」
御縁は自分のステータスと見比べて、
「私は五十万点よ。私のほぼ倍の数字よ」
「え? ルーカスは?」
「ボクもごじゅうまんダヨー!」
「君たち、よく見るのよ!」
姫川はビシッと指を差し、三人のやり取りを指摘する。
「数値はその人の悟り具合に応じて、平等なはずなのよ。曲里君はオールマイティーなタイプ、御縁さんとルーカス君は特化型ね」
「特化型? 姫川さん、どういうことかしら?」
「ほら、御縁さんは五十万でも、別枠の『先読み回避スキル』は百五十万点でしょ?」
姫川は該当箇所を指し示す。
「ほんとね」
姫川は手を顎に沿えて、まじまじとステータス表を見つめる。
「ルーカス君はほら、ここよ。『強運スキル』が同じく百五十万点!」
「ウワォー! ホントダヨ~!」
「僕はそういう特殊なスキルはないのですか?」
「ないね」
ためらいもない姫川の発言で、何かが折れる音が聞こえた。
「あ、でも。非公開な特殊スキル持ちの可能性はあるわよ」
と、付け加えた。それに賭けることにするか。
「まあ。いわゆる平凡タイプって事ね。ちなみに私は、『超回復スキル』持ちよ」
少し幸之助を馬鹿にした感じで、自慢げに姫川は特化スキルを公表する。
「それで、このスキルはどういった影響があるのかしら?」
御縁が髪をサラッとかき分け、クールに姫川へ質問する。
「物事を変容させるほどの大きな加護があるということは言えるわね! でも、実際に使ってみないと具体的な効果は分からないのよね。発動させるトリガーは、人によってまちまちだけど、それぞれの得意分野や物を通じて発動させるのが一般的ね! 例えば、御縁さんの場合は『占い道具』かしらね?」
「水晶玉とか、タロットとか?」
姫川はパシッと、指を鳴らした。
「そうそう! そういうのよ! 思い入れのあるやつとか!」
「じゃあ、このタロットで。『先読み回避スキル』ってことは、未来予知して危機回避? みたいな感じなのかな?」
「試しにタロットで占ってみたらどう?」
「わかったわ」
御縁は傍にあった机にタロットを広げて、近未来に起きる危機を占う。
シャッフルしたカードをまとめ、フォーカードスプレッドを作り上げる。
一通り完成して、ふぅと深呼吸する。
「さぁ、めくるわよ」
順番にめくって、読み取る。
「過去が正位置の吊るし人、現在が正位置の太陽、妨害への対応が逆位置の正義、そして、未来が正位置の運命の輪よ」
「というと?」
幸之助は姫川に視線を送って解説を求めた。
「過去は恐らくこの修業期間のこと、そして現在、修行の末、成功を遂げた。で、ここからだけど、その先に起きる妨害への対応が、誰かを厳しく裁くことになると。そして、それは運命的な出来事だったと出ているわね」
「どういうことなのかな?」
顎に手を添えて、クールに御縁は考える。
「分からないわ。逆位置だから、あまり良い対応の仕方ではないみたいだけれども。それもまた、運命だから。大目に見ないといけないのね。気をつけなきゃ」
「次はボクのノウリョクのばんデース!」
ルーカスが張り切って、腕を振りながら今か今かと出番を心待ちにしていた。
透かさず姫川はアドバイスする。
「ルーカス君は『強運スキル』だから、合掌して願えば叶うんじゃない?」
「ウォー! ミラクルなパワー! まさにゴッド!」
間髪入れずにルーカスは合掌した。
「エイヤ~!」
と、願った次の瞬間、バサッと、何かが落ちる音がした。
幸之助はその音に嫌な予感が過り、目線を送ることを拒む。
その勘は当たっていた。
ひゃぁと、今にもこの場から消えてしまいたそうな声をあげて、御縁がしゃがんだ。
理由も分からず、彼女のスカートがずり落ちたのだ。
「スゴイよー! ラッキースケベはあると、いまここでショウメイされたし!」
ルーカスが流暢にハイテンションで、下半身が下着姿の御縁を凝視。
白い歯を光らせ、サムアップを繰り出す。
「ちょっといいかしら?」
スカートを履き直した御縁はルーカスを冷たい微笑みで見つめ、彼を手招く。
「ハーイ!」
能天気についていくルーカス。二人は襖を開け、社務所の外に出て行った。




