第二十一話 約束の日
翌日の五月二十九日。
公園口改札を出て、幸之助はいつものように登校する。
教育実習として紹介されてから毎日。
姫川は改札先で仁王立ちして幸之助を待っていた。
周りの生徒は、幼馴染みか親戚か何かだと思っただろう。
それくらいの頻度で絡まれた。
多分、師匠となった以上、弟子が学校に来るかどうかを見張っていたんだろう。
今はそう思える。
マジで、面倒なだけだったが。
朝から、「君の目は死んでいる」と、某真剣の使い手風に言われたりとか、
「シャキッとしなさい」と、背中に紅葉が残るぐらいの力ではたかれたりとか、
「あと数分で遅刻よ!」と、ダッシュを強要させられたりとか、
「体力づくりよ!」と、言われて山下口近辺まで上野公園通りを往復させられたりとか。
それが無くなった。
たった二週間ほどの出来事だったのに。
大事な何かが抜け落ちたみたいな空虚感に襲われる。
なんだ、この感情は。
それに、ゲームよりも『回避スキル』の事が気になるなんて、どうかしている。
「モーニン! 曲里君!」
明るい声が耳に届く。
すっかり元気になったようで。
「おはよ、御縁さん」
ニッコリと微笑む御縁。
マジ天使だ。
「何か、寂しくなっちゃったわね。いなくなったわけじゃないのに」
「あ、ああ。そうだな」
「先生には色々と積もる話があるから、放課後質問しないと」
いつになく燃えている御縁。
「あ、そうそう。昨日の事件、もうブログ更新されていたわよ」
と、御縁はスマホを幸之助に見せる。
大きく【事件の犯人を捕らえる】とタイトルが表示されていた。
「天ヶ瀬さん、仕事早いわね。でも、犯人の名前や学校は伏せたみたいね。記事によると、行方不明の女子生徒は無事保護されたみたい」
「とりあえず、一件落着か」
御縁が残念そうに顔を下に向ける。
「それが……。一人だけ見つかっていないそうよ。でも、不可解な点があって」
「不可解?」
御縁は腕を組み、首を傾げて考え込む。
「その報告を挙げたのは、同じ高校に通う女子生徒らしいの。でも、行方不明になったことをご家族すら認識してないのよ」
「どういうこと?」
「初めから存在していないことになっていたらしいのよ」
「その子の勘違いだったのでは? 夢で友達だったとか」
目を瞑り、眉間に皺を寄せる御縁。
「うーん。その子しか知らないことを考えれば、確かに曲里君の言う通りね。でも、その彼女は未だに血眼になって行方を捜しているとの噂。今回、その子が見つからなかったから余計に焦っていると、この記事にも書かれていて。夢ごときで、こんなに必死になるかしら? 私は何かあると思っているわ」
「ちなみに、行方不明の女子生徒は何て言う名前なんだい?」
御縁はスマホをスライドさせる。
「確か……。あった、美作澪さんね」
「美作澪さん……。早く見つかるといいが」
「ま、詳しい話は天ケ瀬さんに聞くとして。早く学校終わらないかな~」
可愛げな声を漏らしつつ、御縁は伸びをする。
というか、学級委員である御縁がそういう発言をするのは珍しいのだが。
「今、学級委員のくせに珍しい発言だなぁって思ったでしょ?」
「うっ……」
幸之助は言葉を詰まらせる。
「ここ最近、予知と言うか、気を読むっていうのが冴えているんだ~」
「す、凄みが増してきたね。あはは」
幸之助は苦笑いせざるを得ない。
「そう? 多分、先生のおかげね。今日の放課後、色々と聞きたいことがあるからさ~。言霊で洗脳させる方法はないか~とか。ふふふ」
ウキウキのご様子。
これは、オカルトモードに移行したようだ。
「ふ、ふーん」
「マタ、ボクヲオイテイクノカイ?」
背後から片言な日本語。
天パーが二人の間に割ってにょきにょきと生えてくる。
「モーニン、ルーカス君!」
「マジョさん、グッモーニン!」
二人はハイタッチ。
「コウタロウも!」
手を出してきたので、控えめに手を構えると、ぴしゃりと音が鳴り渡る。
「ルーカス君も放課後、行くんだよね?」
「ミエニシ! モチロン! ヒメちゃんに会うんだよ!」
目をキラ付かせるルーカスに、絡み辛さを感じてならない。
何故こんなにもハイテンションでいられるのだろうか。
「コウノスケも行く?」
「あ、まぁ」
こういう時だけ、本名呼びは卑怯だと思う。
「じゃ、また放課後集合でね」
そう言うと、先にスタスタと歩く御縁。
周りに生徒が増えてきたからだろうか、未だにクールを装い始める。
割と周りには素性がバレているのだが、そろそろ本人に伝えた方が良いのではないのだろうか。
「マジョとクノイチのきりかえし、イソガシイみたいだね!」
「ああ、そうだな」
おいおい、ルーカスにまでキャラ認識されてるよ。
授業はあっという間に過ぎる……、なんてことはなく。
苦痛な時間を過ごした。
姫川のように『時間操作』ができればと、何度思ったことだろう。
担任のホームルームが始まる。
草薙が少年院へ送検されることとなったと聞いた。
クラスメイトはざわついていたが、あれだけのことを仕出かしたのであれば仕方ない。
昨日の夜、姫川にメッセージを送って確認したのだが、
ネガティブな言霊による力を一度使うと、正常に戻るまで時間が掛かるらしい。
今回は姫川の言霊の力で回復が早まったが、
ポジティブな言霊に切り替えようとすると、苦痛が伴うんだとか。
少し草薙のことが気の毒に感じる。
そして、約束の時間が訪れる。
教室に御縁とルーカスが残り、スマホの電源を入れた。
校内では原則電源オフである。
当たり前のようにスマホの電源を切らずに持ち込む生徒が多いのだが、本来はこれが正しい。
間違っても、自分のようにゲームはしてはならない。
絶対に、だ。
「メッセージ、入っているわね。送られてきた住所だけど」
御縁はマップアプリを開いた。
「えっ。ここって」
幸之助は驚愕する。
それもその筈だ。
姫川の実家と称する場所。
よりによって、この場所を指定されるとは。
信じがたい。
「マジか。これホントなの?」
流石に御縁も笑ってしまっている。
「ええ。どうやらほんとみたい」
「そんなにユーメイなところ?」
「ルーカスは知らないと思うけど、有名過ぎて反応に困るというか……」
「フゥ~! ヒメちゃん! スゴイ!」
ハイテンションのルーカス。
「とりあえず行きましょうか」
御縁はカバンを肩にかけ、移動を始める。
三人は教室を出て指定場所に向かった。
「ウワァオー! スゴイヨー!」
ルーカスが着くなり、歓声を上げる。
「やっぱり信じがたいな」
呆気にとられる幸之助。
「間違いないわね。明治神宮入り口の大鳥居が指定された場所よ」
御縁はスマホを見て、再確認する。
時計は十八時半を過ぎている。
親には、毎日帰りが遅くなると伝えてあるし、大丈夫だろう。
御縁とルーカスはわからないが、一様、御縁は社会人としても活動しているし、ルーカスは自由人だ。
親から理解を得るのは難しい話ではないだろう。
ま、御縁には少し気を遣わなければとは思うが。
すると、馴染みの声が聞こえた。
「やぁ! よく来たわね!」
姫川は相変わらずのスーツ姿で決め、にこやかな笑顔で三人を出迎えた。
「先生、ほんとにここが実家なのでしょうか?」
御縁が確認を取ると、
「あ~、えっと。正確に言うと違うかなぁ。私はその、居候の身というか」
と、姫川は目を反らした。
「居候?」
「そうよ! 中島師匠のおかげで私はここにいられるんだから!」
ビシッと、キレッキレに幸之助を目掛けて指をさす。
なんだか、強引に誤魔化された気分だ。
「ナカジマ? ヤキュウショウネン? イソノとトモダチ?」
「そうよ!」
姫川はニヤニヤと、笑って答える。
「変なこと言うと、刈り上げますよ」
御縁から威圧的な目を向けられ、笑って姫川は「冗談よ、冗談」と言って誤魔化す。
「そんなことより、君たち! 先生はもう終わったのだから、これからは姫川さんか、結衣さんって言ったでしょ!」
内ポケットからお馴染みの指示棒をスッと伸ばして、指摘する。
「ほら! 曲里君! ぼさっとしない!」
「う、ういっす」
「まぁいいわ。とりあえず、境内の社務所を案内するから付いてきて。そこで、今後の詳細は伝えるわ」
手を仰いで三人を誘導するそぶりを見せると、スタスタと綺麗な足取りで前に進む。
まるでモデルのウォーキングだ。
流石。
スタイリッシュさが一味違う。
「歩きながらで、質問いいかしら?」
御縁が姫川にぐいぐい近づいて、メモ用紙とペンを出して伺う。
記者にでもなるのだろうかという様だ。
「いいわよ」
あっけなく、了承。
「では、姫川さん。貴方が学校に来て、教育実習生になった目的は何だったのかしら?」
「あ~。それはねぇ。三つ理由があるわ。一つは単に単位が必要だったから。二つ目は中島師匠からの依頼よ。約一年前からマイナスの言霊の兆候があって、草薙君に師匠は目をつけていたのよ。でも、師匠は別の件で忙しくてね。そこで、『回避スキル』使ってついでに事件を解決させてきてほしいということになった訳ね! それに、突然、師匠が学校に現れたら不審者扱いされて大変だわ! 先生の立場なら近づき易いでしょ?」
「では、最後の一つは?」
御縁は鋭い視線を姫川に送る。
「御縁さん怖いなぁ」
御縁はふてくされ気味に、小さな声で呟く。
「だ、だって。私が捕まえる筈の手柄を横取りされてしまったんだもの……」
「えっと? 何かな?」
聞き取れず聞き返す姫川。
「いえ、何でもありません」
「そう? じゃあ三つ目の理由ね! スバリ、君たちの教育が目的よ!」
ニヤニヤと怪しげな笑いとサムアップ。
「最初から狙っていたと」
「いいや? 実習自体は一年前に応募していて、偶々君たちが上野五條高校だったというだけ。オーラが見えるから有力な候補生っていうのはすぐわかったのよ! で、それでスカウトしたの! もし、別の学校だったら、この件とは違った形でアプローチしていたと思うわ!」
姫川は頭の後ろで手を組んでラフな感じで答える。
「私たちにオカルト染みた教育を施して、何が目的なの?」
「それは、これからわかるわよ! さぁ、着いたわ。そして、こちらが中島師匠」
社務所の前で出迎えた男。
正に神主と言うような格好。
烏帽子と白い袴と尺。
顔の堀は深く、一つ一つの線がはっきりしている。
筋肉質で目力が凄く強く、全てを見透かされたかのような感覚に陥る。
一人だけ異質な存在だ。
「ようこそ、おいでくださいました。心待ちにしておりました。さあ、中へ」




