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第十八話 魔法の言霊


「痛いよぉ……」


妹の言霊が鋭く尖ったドリルのように具現化され、幸之助を目掛けて飛び掛かってきた。

心をゴリゴリと言う轟音と共にえぐってくる。

苦痛に顔を歪ませ、幸之助は野太い声を喉元から吐き出した。



「グハッ…………これが……妹の言霊……。こりゃ、厄介だ……」



でも、妹の【痛み】はこんなものじゃない筈だ。

一歩ずつ、妹に近づいていく。

目の前まで差し掛かると、顔を見上げてこちらを見つめた。

吸い込まれそうな虚無の瞳。

何が彼女をそんな風にさせるのだろうか。

そんなに自分の言葉が彼女を傷つけたのか。

 

すっと、静かに女の子は手を指し伸ばしてきた。



「だれ? お兄さん、だれ?」



「僕だよ。幸之助だよ」



胸の痛みを堪えて顔を歪ませながらも、女の子はスッキリしないのか、頭を抱えて唸る。



「う~ん。こうのすけってだれ? 私、知らない。どういう人なの? 知らない人とお話しちゃいけないって、おかあさんに言われてるの」



妹が自分を理解していない。

どういうことだろうか。



「分からないのか? お前の兄貴。お兄ちゃんだよ」



「お兄ちゃん? 私は、ひとりなの。お兄ちゃんはいないの」



「何を言って……」



呆然と立ち尽くす。

お兄ちゃんはいない。

そう、妹の潜在意識に刻印されている。

どうすれば良いんだ。

どうすれば、自分を認識してくれるだろうか。

 

感極まって幸之助は妹をギュッと、抱きしめた。

ドクッと妹の鼓動が脈打つのを感じる。

服に血がしみ込んで赤に染まってきた。



「……」



難しそうな顔をして、幸之助の腕の中で悩む妹。



「はなして……。ムネが……いたいの……」

 


妹は幸之助の腕から逃れようと動く。



「どうして。思い出してくれよ!」



「イヤ、はなして!」



幸之助は突き飛ばされて、背中を痛める。



「わ、私のそんざいをヒテイしたの。それがだれなのか思い出せないの。分からないの。すっぽり心からなくなって、いたいの。あれはやさしいうそだって思いたいけど、いまでも私をみとめてくれないの」



表面上では受け入れていても、心の奥底、潜在意識では受け止めきれず、あの日のまま。

四方を大きなブロックで積み上げられ、身動きがとれないような。

そんな状況に妹はいる。


【お兄ちゃん】という存在事、なかったことにされてしまっている。


どうしてやればいい。

どうすれば、自分を認識してくれるのだろうか。

 

幸之助は深呼吸をして、荒ぶる心を落ち着かせ、妹に優しく問いかけた。



「その……分からない人に、君はどうしてほしい? 謝ってほしいの?」



妹は首をふるふると、可愛らしく横に振る。



「ちがう。あやまってほしいんじゃない」



「その、具体的に教えて欲しいなぁ。例えば、頭を撫でてほしいとか」



妹は「うーん」と、考え込み、頭を傾げる。



「声を掛けてほしい……? かな?」



幸之助は優しく微笑んで、



「うん。それから?」

 


と、続ける。


すると、妹は胸の辺りで両手を組んで、幸之助を見つめてお願いする。




「大事な言葉。忘れている言葉。魔法の言葉。それをかけてほしい」




何だろう? 

忘れている言葉。

魔法の言葉。

ずっと言えなかった言葉。

言わなくちゃいけないはずの言葉。

認める言葉。




【ありがとう】か? いや、違う。



【ごめんなさい】か? 謝罪じゃないと言っていたじゃないか。



きっと、特別な言葉、言霊だ。

自分にしか、わからないものだ。


術を、呪いをかけてしまった、いや、そう思い込んで、自分から向き合わずにいた言葉。


分かるはずだ。

絞り出すんだ。

これは、自分にしかできない。


幸之助は目を瞑った。

深く息を吸い込み、ゆっくり吐き出して。

と、その時。ふと脳裏をよぎった言葉に、幸之助はゾクッと身震いする。


思い当たる節がある。



妹の願いと全てが……一致するではないか。

何でこんな簡単なことを、忘れていたのだろう。



優しく囁くように、幸之助はしっかりと妹を見て、魔法の言霊を放った。




「……幸来子ゆきこ曲里幸来子まがりゆきこ




無表情のまま大粒の涙がボロボロと零れ、妹の頬を濡らす。

止まる気配がない。

次第に目に生気が戻ってくる。


傷口がみるみると、小さくなって塞がり、血が止まる。



「やっと……。やっと、よんでくれた……。みとめてくれた。お兄ちゃん……」



泣き出しそうにも、とても嬉しそうにも見える複雑な表情で、幸来子は幸之助を見つめる。

幸之助はゆっくり幸来子に近づき、優しく抱きしめた。



「良かった、ホントに、良かった……」



言葉を噛み締める。

長年心に患っていた、もやもやが晴れていく。


幸来子も堪えきれず、ダムが決壊するかのような号泣。



「盛り上がっているところ悪いけど、そろそろ戻ってきてくれるかしら?」



姫川の声。

相変わらずの空気の読まなさに、幸之助は呆れを通り越して、脱帽する。



「あ~あ、はいはい。わかりましたよ」



幸之助はそのまま目を瞑り、意識を現実へと移すイメージを想起させた。


元に戻れ。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



ゆっくりと目を開けると、姫川の顔が目に入ってくる。



「お目覚めね。よくやったわ」

 


手を伸ばして姫川は頭を撫でてくる。



「や、やめてください!」



「なぁに? 照れてるの?」



「違います!」



撫でる姫川の手を払って退かそうとした時、悲鳴が部屋中に響く。

姫川ではない。幸来子だ。

 


青ざめた顔で繋がれた手をぶるぶると、汚れを払うように勢い良く振ると、ソファ伝えに身を引いて幸之助から離れる。

今にもソファから落ちそうなご様子。



「キモッ。マジでキモッ。近寄らないで、変態!」



先程の感動は一体何だったのだろうか。心が折れて、今度は自分の胸に穴が開きそうだ。



「ま、とりあえず良かったね。ネガティブな言葉による一時的な束縛の傷も癒えたし、これでもう妹さんは大丈夫よ、曲里君!」



「き、傷? 何のこと?」



幸来子は何のことか分からないのか、姫川の言動に不審がる。



「あー、えっとね。気が付いていなかったと思うけど、妹さん。君の胸にはずっと見えない穴が開いていて、出血していたのよ。それを今、塞いだのよ」



幸来子はぽかんと、口を開けている。



「えっと、何のことだか。胸? 穴? っていうか、胸見たの?」

 


鋭い視線が幸之助に突き刺さる。


幸来子よ。視線も言霊同様、度が過ぎれば兄の心にも穴が開いてしまうのだ。

その冷たい態度を何とかしてほしいのだが。



幸之助は、誤解がないように弁明する。



「いやいや。胸そのものというより、出血して服に着いた血痕を見ていただけだ」



「通りで。いつも私の胸ばかり見ているなーと、思ってたの」



 胸を腕で押さえてガードする幸来子。



「それは誤解です。穴が塞がらないから、気が気じゃなかったんだ」



「そうなの?」



幸来子は姫川に視線を送って確認する。



「君の味方になってあげた方が面白い展開になりそうなんだけれどね。残念ながら、お兄さんの言う通りだよ」



「残念ながらって……」



幸之助は肩を落とす。



「ふーん。そうなのね」



幸来子は納得したようには見えない薄い反応だったが、真剣な目で話す姫川を見て受け入れることにする。



「さて、先生は帰りますね!」



ビシッとサムアップをして、立ち上がる姫川。



「送ります」



幸之助も立ち上がる。



「気を使わなくて良いのよ。そんなことより、妹さんを大事にしてあげなさい!」



「お、おう」



照れくさくなって、幸之助は後頭部を掻きむしった。



「それと、今回の件で良く分かったと思うけれど、時に言霊を使って、学校の仲間にもぶつかりなさいよ! 傷つけてもしっかりと対処して真剣に向き合えば、何も怖くないわ。それを大事にしなさい! 大丈夫。いざという時は、先生がちょちょいのちょいで直しますから!」

 


指を立てて、ドヤ顔を炸裂させる姫川。



「やっと先生らしいことを言いましたね」



「そうかい?」



ニヤニヤと悪戯そうに笑う彼女の笑顔に、心が洗われた。



「じゃ、また明日!」



姫川は振り返らず、片手で返事をする。

幸之助は只々、姫川の後ろ姿を惚れ惚れと見つめた。

 

バタンと扉が閉まると、それを見ていた幸来子が、


「へぇ~。そっか。お兄ちゃん、ああいうのが良いのね」


と、横目で鋭い視線を向ける。


「へ?」

 

幸之助の慌てた声色と反応を見て、


「こりゃ相当だね」

 

と、頬杖をソファの上でついて、ニヤリと、笑みを浮かべた。



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