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第十六話 襲撃


気が付くと、夕方になっている。辺りが赤い。



「うわぁ。やっちまった」



時計を見ると、十七時四十五分を指している。



「やっとお目覚めね」



教卓の上で足を組み、頬杖をついて幸之助を見つめる教育実習生。



「……起きるまで、待っていたんですか?」



「流石に起こすのは良くないかと!」



「まぁ、珍しく空気読んでくださって助かりますが」



「さて、じゃあ始めますよ!」



やはり、ペースを崩さないお方だ。人の話を聞いていない。



「早速だけど曲里君、君の力について聞いても良いよね?」



「先生にも分かっていたんですね」



「『も』ってことは、他にも気づいていた人がいるのかい?」



内ポケットから指示棒を取り出す。幸之助に棒先が向けられる。



「ええ。御縁さんとルーカスが」



「ふーん。ま、そのことを私も知っていて、二人とも弟子にしているんだけどね」



「え?」



「それに、御縁さん。あの子は占いだけで先読みしていないからね」



なんか凄い事、言った気がする。



「どういうことですか?」



「彼女も君に近いものが見えているというのか、感覚があるって事かな? ま、精霊に好かれているから、三人とも目に見えざる物を見る力を手にしているのだけれども。曲里君、君の場合はそれに加えて、とある精霊から具現化も許されているみたいね」



「そうなのか……」


ふふっと、怪しげな笑みを浮かべると、姫川は指示棒を教卓の脇に置き、手をピストルのような形にして幸之助に向ける。



空気に異様さとざわつきを感じ、幸之助は身構える。



「何のつもりですか?」



「何って、曲里君の力を発揮してもらおうかなと思ってね。これ当たると、どうなると思う?」


顔は笑っているのに、心では笑っていない。

姫川の笑みは不気味だ。

手から不穏な薄暗い気が流れるのが見える。

まさかとは思うが……。



「それをどうするつもりだ?」



幸之助は、背中から何かを抜こうとするような格好をした。



「さぁ? どうしようかな」



首を傾げてとぼける姫川。



「お前、それでも教師を志す者か~!」



吐き散らした声が、教室でこだまする。



「先日の音楽の授業の乱入で音霊について教えて、それをもう言霊に組み込ませているね。意識して外部に知らせようと音を伸ばした。その点は実にいいね。だけど、まだまだお粗末だわ」



幸之助は舌打ちをして、その場から素早く退く。

教室の隅の掃除用具ロッカーまで身を引くと、背中の何かを掴み上げ、ドスンと、机に置く。

と、同時にバンと、甲高い銃声が室内に響いた。


姫川の指先から放たれた銃弾は、幸之助の肩をこすってすり抜ける。



「ッチ。外したか」



姫川は相変わらずスタイリッシュに指先から出た煙をフッと吹いて、決める。

ハリウッド映画のスターのようだ。

敵でなければ格好良いと、感想を述べたいところだ。



「野郎、やりやがったな」



怒りの混ざった重い声で幸之助が呟く。

反撃をしようと、机に置いたそれを使おうと、スコープを覗いた時、姫川は幸之助の目の前に居た。



「なっ!」



「あまあまちゃんね。その感じだと、またすぐに死んじゃうわよ?」



姫川は武器を抑え、幸之助の胸座を掴んで床に放り投げる。

ドスッと左肩から着地して、そのまま机に激突する。



「……痛っ」



幸之助の視界には、腰に手を当て、上から見下ろす姫川の姿が。



「……はぁ。残念だわ」



姫川は再び手をピストルの形にすると、幸之助に目掛けて発射する。

銃声と火薬の匂い。

キーンと張りつめた耳鳴り。

恩人だと思っていたのに。

何のために自分を生かしたのだろう。

あれ? にしては、何でこんなに頭が回るんだ?

目を開ける。

姫川が見える。

痛みは――ない。



「まだまだ成長が足りないわね。何時まで寝ているのかい?」



「あれ? えっと? 僕を殺しに来たんじゃ?」



「はい? 何言っているのよ? 弟子を殺す師匠がいたら、どんだけの鬼畜よ!」



胸ポケットから眼鏡を取ってかける。

戦闘を意識したのか、今日はレンズなしの伊達だ。



「え、それじゃ今のは? 先生が女子生徒の無気力、失踪事件の黒幕じゃ……」



「今のは『回避スキル』の錬成具合の確認よ! 女子生徒の……何だって? 君、女子生徒だっけ?」



姫川は顔を近づけて、幸之助を凝視する。

いや、明らかに自分は男子生徒だ。

それに、よく考えれば自分を襲うのは、理にかなっていない。

何故気が付かなかったのか。



「もしもし? そんな体たらくな状況なのに、曲里君は事件に首を突っ込むおつもりで?」



「申し分ないご指摘で」



姫川を直視できずに顔を反らせる。

姫川はスッと、身を引くと、腕を組んで追撃の言葉を放つ。



「それに! 慎重なのは察しているけど、武器を構えるのに時間が掛かり過ぎよ! というかそれ、使ったことあるのかしら?」

 


床に寝転ぶ幸之助に向かって、ビシッと、人差し指を向けた。



「あ、ありません」



「やっぱりね……」



やれやれと言わんばかりの呆れた表情で見下ろす。



「さ、立って。それは君にしかない、とっておきの武器なんだから。しっかり活用しないと!」



指差した側の手をそのまま広げて差し出し、それに応じるように幸之助も手を取ると、力強く姫川に引き起こされる。

女性に有るまじき力。

なのに、華奢な腕に驚きを隠せない。



「今の曲里君に足りないのは、ズバリ! 度胸よ!」



「フレッシュさ以外にも足りないところ、あったんですね」



「大有りよ! 神様から認められる『回避スキル』を、君たちには早く習得してもらわなきゃいけないんだから! ビシバシ行くわよ!」



「あーい」



「ほら! シャキッとする! フレッシュに! にこやかに!」



幸之助は苦笑いで姫川の指導に応えたつもりになる。

曲がった背筋を辛うじて立てるも、普段から癖がついている訳で。

すぐには直らず、再び猫背になった。



「そんな感じで、本当に大丈夫かしら?」



はぁと、思わず可愛いため息を漏らす姫川。



「ひとつ、率直に聞いていいかい? ま、拒否権は無いのだけれど」

 


ないんですね。分かっていましたけれど。



「曲里君は何故そんなに人と関わるのが怖いのかな?」



びくっと、身震いさせて反応する。このセリフの方が、よっぽど背筋が伸びる。



「……」



「答えられない?」



「それは……。皆、自覚がないんだ」



首を傾げる姫川に、幸之助は、



「【言霊の恐ろしさ】をもっと理解するべきなんだ」

 


と、付け加える。



「君、とっても優しいんだね」



「なっ……」



顔と耳を赤くして俯く。



「本当にわかりやすいな! あはは!」



「ばっ、バカにするな!」



むきになって、声を張り上げる。



「でも、だから、それを使わないのね。君の言葉は【真っ直ぐ過ぎて強力】だから」



「そ、そうだよ……」



鼻を啜り、照れくさそうに呟く。

姫川は幸之助の頭を優しく撫でた。



「よしよし。それでいいんだよ」



「だっ! だからっ!」



耐え切れず手を払いのけようとしたが、姫川の方が回避は早い訳で。



「残念でした!」



と、舌を出して挑発する。



「クソッ……」



「まぁ、怒らないで。曲里君のしてきたことは半分正解なんだから。確かに怖いよ。言葉は乱用すれば簡単に人を傷つけ、時に人を殺してしまうものよ。曲里君みたいに、言葉が可視化されていれば、誹謗中傷や争いは起きないでしょうね」

 


幸之助は少し救われた気分になる。



「でも、何もしゃべらない、内に籠ったままじゃ、前には進まないわ。文字であれ、言葉であれ、形式は何であれ。元気を人に与え、時にはぶつかって、傷ついて。関わることをしなかったら、誰からも与えてもらえないわよ」



「そんなことは……」

 


否定したい。

と言うか、全くもって関わっていない訳ではない。

積極的か、消極的か。

たったそれだけの差で、何が変わるというのだろう。

大した差はないではないか。

それでいいじゃないか。

傷つける必要性はどこにもないじゃないか。

ただ、周りが気持ち良ければ、自分の感情を抑えても……。

それで……いいじゃないか。



「君は【誰かと繋がりたい、愛してもらいたい】って、そう思っているんじゃないのかな?」



姫川のセリフで教室に静寂が訪れる。

痛い。苦しい。



「……僕は、独りで大丈夫だ……」



「もう無理しなくて良いの。前と違って、曲里君の境遇を分かってくれる人が今はいるのよ。それに曲里君。君はその力を正しく守り続けた。誰よりも言葉の重みを理解している。その力と上手に向け合えば……」



「ダメだっ! また、傷つける……。僕の言葉で…………また血が流れる」

 


幸之助の頬に涙が伝って流れる。



「もうあんな思いはしたく無いんだ……。心無い言葉のせいで、僕の妹の胸は未だに塞がらない……。妹の心を殺してしまったのは、僕なんだ……」

 


咽び泣く。只々、雫が零れ落ちる。



「バカ! 自責の念に捕らわれるな!」



それでも、姫川は諦めない。明るく可愛く、スタイリッシュにスマートに答える。



「私がいるって言ったわよ! 『回避スキル』の師匠がここに居るの! 何故それを早く言わないの! 妹さん、助けるわよ!」



ああ、なんてたくましいのだろう。

ホントに何なんだろう。

心奪われっぱなしだ、これは。

情けないな。


涙を拭うと、姫川が微笑んだ。



「スッキリして少しはマシな面になったじゃないの?」



「……余計なお世話だ」



「言うようになったじゃない! 君の本当の力を発揮できるまで、私が付き添ってあげるわ。だって、師匠ですから! さ、行くわよ!」



いつものように決め顔で、カッコつけて。

彼女はキラキラと輝く。

幸之助は赤くした目を擦り、「力を貸してください」と、姫川に手を指し伸ばす。

姫川は、ただ微笑んで手を握る。

それを確認すると、幸之助は教室を飛び出した。




日が暮れて辺りの外灯が点る中、二人は急ぎ足で歩みを進める。

上野公園を通り過ぎ、公園口改札前の横断歩道まで来ていた。



「曲里君、やる気になったのは良いことだけど、その。まだ手をつなぐのかな?」



「えっ、あ……」



手を放す幸之助。

妹が助かると思ったら、手を引いていることをすっかり失念していた。

姫川は少し恥ずかしそうにしていた。

あの姫川が、だ。



「曲里君。気づいていなかったと思うけど、結構浮いた存在に見られていたのよ、私たち」



「え?」



「だって、その。学生が女教師を引っ張っているって。中々、そんなシチュエーションないじゃない?」



はっとして、幸之助は顔を赤くする。



「まあ、スタイリッシュに歩いていたから、多少は誤魔化せただろうけどね!」



「いや。それ無理がありますから」



「はい、じゃあ先を急ぐわよ!」



照れ隠しなのか、姫川は顔を伏せて先に改札を通ろうとするが、「ピンポーン」と言う音と板で止められる。

どうやらチャージ不足だ。



「……ック~」



いつものスタイリッシュさを流石にキープできない。

あるまじき盆ミスをやらかした為なのか、数秒その場で姫川は固まったまま立ち尽くした。


姫川結衣。

最高の女子大生で、教育実習生で。最高の師匠だ。



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