第十五話 視線の主
早速、事件が起きようとしている。
研究内容を決めたせいで、犯人に狙われているのだろうか。
いや、にしては早すぎる。変な気配やオーラは……感じない。
見えない敵の存在に恐怖し、四人は背中合わせになって辺りを見回した。
「あのぉ、すみません」
声に背筋がぞくっとする。それもその筈だ。足元から声が聞こえたからだ。
地を見ると、そこに屈んで塵取りにゴミをかき集める女性の姿があった。
見覚えのあるその容姿に、幸之助は驚愕する。
「なっ、何やってるんですか? 駅員さん」
「何って、ゴミ掃除。というか――君、幽霊じゃなかったのか。足生えているし」
幸之助の行く手を阻んだ、変態オカルト情報収集女がそこにいた。
幸之助の足を両手で擦って生存を確かめる。
「というか、いつから居たんですか?」
「ベンチに座って話始めた辺りだろうか? ベンチ裏のゴミを取っていたからよく聞こえたぞ」
「ほとんど最初からじゃないですか!」
「と言うことは、私を見ていた視線は……」
御縁が駅員に訊くと、
「ああ、そうだよ。私だよ」
と、迷いなく堂々と答える。
「な、何か御用ですか?」
訝し気に御縁は目を細め、バックステップを踏む。
「ブログの話をしていただろ? そこまで人気になっているとは知らなくてな」
鼻の下を指で擦って、駅員の顔に土が付着する。
「は?」
どういうことだろうか。
「私がそれを書いている」
「ふぇぇぇぇぇ!」
遠藤が声を上げて驚く。あの遠藤が、だ。
「ほ、本当ですかぁ? わ、私、この記事凄く好きなんですっ! サイン下さいっ!」
珍しく遠藤が行動的になって、オカ研在来部員他二名も目をぱちくりさせて様子を見ている。
遠藤は急いで安藤のリュックに入れさせてもらっていたオカ研活動記録ノートを強引に取り出すと、駅員に手渡した。
「ああ。お安い御用だ」
駅員はマジックをポケットから取り出して、遠藤のオカ研ノート表紙にサラっと、サインする。
とても手慣れた手つきだった。
「あ、ありがとうございますっ!」
可愛らしくピンク色になった顔を手渡されたノートで隠しつつ、嬉しそうに微笑む遠藤。
「本当なのでありますか?」
「まだ疑っているね? 本当だとも。そこの坊やの記事も更新されていただろ? それに、学校潜入の記事も先ほど公開したばかりだ」
潜入は犯罪だろ。というか、職はどうしたんだ。
駅員だったのに、掃除しているってことは、やはりあの日の行動で……。
幸之助は恐る恐る手を上げた。
「ん? 何かね?」
「あの、つかぬことをお聞きしますが、駅員の仕事はどうなさったのですか?」
目を瞑り頷きつつ、彼女は口を開く。
「ああ、それね。辞めたよ。良い情報が枯渇してきたし、上司が他の仕事を推薦したのもあってね」
「それって、やっぱり……クビなんじゃ……」
「そんなことは良いんだ。今はこうして、高校の清掃員として、働いているんだからいいじゃないか! だろ? デュフフ」
元駅員に話を上手に逸らされる。最後のキモい笑いは一体。
「ええ、まぁ」
幸之助は肩を組んできた清掃員と顔を合わさないように反らしつつ、適当にあしらって返答する。
「あの……」
未だに警戒している御縁も、清掃員に目を合わせようとしない。
「何かね?」
「清掃員さんは、何のために上野五條高校へ? 記事を書くために学校に来られたってことは、何かあるのですか?」
清掃員の動向に異様さを感じたのか、定かではないが御縁は食い込んで確認する。
いやまぁ、あんな笑い方をされたら、何かあると思うだろうが。
清掃員は歯を見せてニッと笑い、幸之助の肩越しにサムアップ。
「察しが良いね、君。まぁ、勝手な予測でしかないが――」
と、しばしの沈黙を経て、清掃員が口を開く。
「私は次の女子生徒無気力事件がここになると睨んでいる」
真剣な顔つきだ。これは、マジだろう。
四人は息を呑んだ。
まさか、この学校の生徒が狙われるのか。
どこにそんな根拠があるのだろうか。
犯人の足取りや手口を清掃員は掴んでいるというのだろうか。
「その根拠は何かしら?」
御縁が尋ねると、
「そんなのない。事件が起きた現場や関連性、証言を辿ってもこの学校には結びつかない」
「そんな適当な感じで情報屋を? 嘘を書くのは由々しき問題よ」
御縁は無策な清掃員にイラついているようだ。
同じ立場の女子高生が被害にあっているのだ。
彼女の性格から考えても、見過ごせるはずがない。
「ああ、良いんだ、これで。後で本当になるから」
「どういうことかしら?」
「つまり、【エサ】を蒔いた」
「え、エサ?」
清掃員の大胆な行動に御縁は目を丸くした。
この清掃員ならやりかねない。
あらゆる手段を駆使するだろう。
とはいえ、御縁も割と目的を達成するために何でもやるお方だ。
過去、遠藤が犠牲になったこともあるんだ。オカ研の存続や実績を残すためにも。
いや、食券を確保するためにも。
危機的状況でも、この事件は見逃さないだろう。
え? ということは、何か?
殆ど建前で、私欲のためじゃないか。
じゃ、さっきの怒りは?
幸之助は御縁の顔を確認。
怒っている筈なのに、口元が笑っているように見える。
「ふふふ」
御縁、今笑ったね。
声まで漏らして笑ったね。
え、怖い。
「どうやら犯人は、このことで騒がれたくないようでな。ブログで取り立てたら『今すぐ投稿を消せ』と脅された。無論、私は相手の要望を無視。そして今、この高校に潜入していることを晒した。これ、どういう意味か分かるね?」
「面白いことするわね。ということは、【エサ】は清掃員さん自身ってことですか?」
御縁の発言に清掃員は首を横に振る。
「それは正しい。が、一部間違いだ。君たちも恐らくその対象になった。今ここで」
清掃員の言葉にはっとした。
犯人に接触する可能性が急に出てきたことに、焦りと不安が込み上げる。
他の二人も、心の準備ができていなかったのか、顔が青い。
清掃員はニッと笑い、
「まぁ、そんな心配しなくていい。私が捕まえれば良いだけの話だから」
「大丈夫ですか? 何か対処法でも?」
幸之助が訊くと、
「こう見えて、幽霊と話せる程の交渉スキルはある。原因は何にせよ、オカルトの匂いがプンプンするからな。浄化系のグッズを活用してみるさ。ま、上手くはいかないだろうけれどな。その時が来れば、なるようになるさ」
と、幸之助の肩をバンっと叩き、笑い飛ばした。
「痛っ!」
「君にも期待している。なんせ、あの状況から生き延びたのだから」
「僕ですか……。はぁ」
やけに清掃員が絡んでくる。
以前の事を思い出せば、まぁ納得だが。
力を持っていることも聞かれているわけだし。
どうせ後で、「記事にさせてもらうから詳しく聞かせて」とか、そういう流れに持ち込みたいのだろう。
「君には聞きたいことが沢山ある」
予想通りの清掃員の耳打ちで、幸之助はため息を吐いてしまった。
「と、言うことで! 君たちには気をつけてもらいたい。いつどこで誰に狙われるか分からない。他校の生徒かもしれないし、教員かもしれないし、友達の可能性もある。私も情報は共有したいので、出来れば連絡先を交換しておきたいのだが」
「分かりました。オカ研もその情報は欲しいので」
御縁はスマホを取り出すと電源を入れ、清掃員と連絡先を交換する。
「他の三人もいいかな?」
「勿論であります!」
「よ、喜んで……」
安藤と遠藤もスマホを取り出す。
幸之助も渋々、買ったばかりの携帯に初めて女性の連絡先をインプットさせる。
最初は、御縁にしようと思っていたのに……。
バーコードを読み取ると、画面にアカウントが表示された。
清掃員さんは【天ケ瀬天嶺】と言うらしい。
「じゃ、また何かあれば連絡する」
そう言って、ゴミ袋を抱え、清掃員は去っていった。
「私たちも教室に戻りましょう。兎に角、気をつけて。何かあったら報告すること。それじゃ」
御縁が手を軽く振って挨拶する。
「またであります!」
「また、放課後に……」
安藤と遠藤も手を上げて、応答する。
それぞれ流れ解散となった。御縁は先に行ったか。
幸之助は昇降口で靴を上履きに履き替え、教室に向かおうとした。
視線の先に、ロッカーへ背を預けて待つ御縁の姿がある。
「曲里君、その。私、先に教室へ行くから」
「うん、それで?」
「べっ、別に、一人だと犯人に狙われやすいから、一緒に戻りたいとか。そういうんじゃないから。私と仲良しと、周りに思われるとその。曲里君も対応に困るだろうし。あえて別々にしているだけで」
「え、えっと。つまり?」
御縁がしたいことがわからない。
「あー、もう。要するに、曲里君を一人置いてきぼりにするつもりはないからってこと!」
彼女は言い切ると、恥ずかしかったのか視線を反らし、すたすたと先に教室へ向かう。
「ありがとう! 御縁さん!」
駆ける彼女の背中に向かって、幸之助は感謝の言葉を送った。
御縁の足取りが少しく飛び跳ねているような、そんな気がした。
御縁なりに気を使ってくれた。
それだけで、十分だ。
自分と同じ境遇の人に出会って、共有出来て、一人じゃないと言われて。
これが友なのか。
仲間と言っていいのだろうか。
関わることを自分から避けていた。
自分と関われば心に大きな傷をつけてしまうと。
でも、それは思い違いかもしれない。
誰かと関わるのは、案外悪くないものなんだな。
「それにしても、御縁は可愛いな」
結論は、そういうことだ。
御縁に気を使って、少し遅れて幸之助も教室に入る。
「あ、これ死ねる」
幸之助は力尽きて、机の冷たさを頬で感じ取る。
ゲーム無しで連日オカルト授業漬け。
さらに、通常授業も加わるとなると、放課後は干物のようになるのは明々白々で。
なんせ、人の倍も拘束されているのだ。
「おい、大丈夫か?」
草薙が幸之助に声を掛ける。
「あー。ダメ」
「だよな」
ははっと、笑い飛ばされる。
「早く帰れよ。保険委員の仕事をさせるなよ」
「分かってるよ」
「じゃあな」
机の上に横になったまま、片手で幸之助は返事をして草薙を送った。
「曲里君、放課後ちょっといいかい? 君だけに話があってね!」
この状態を見ても、ペースを崩すことなく、姫川は居残りを要求する。
「マジっすか……」
「マジっす!」
「はぁ……」
エネルギー量が違い過ぎる。ちくしょう。教育委員会に訴えてやる。
「じゃ、よろしく!」
スタイリッシュに投げの敬礼をひょいひょいと、幸之助に送る姫川。
ふざけろ。
姫川は他の二人には声を掛けず、そのまま教室を後にした。
ルーカスが近づいてくる。
「かえる?」
「あー、わりぃ。この後ここで用があるから、今日は別々な」
「ワカッタ。バイバイ」
「御縁にもそう伝えておいて」
ルーカスを見送り、しばらくして、二人とも教室を出ていくのを確認。
教室には誰も居なくなった。
幸之助はそのまま眠りに落ちてしまった。




