第十四話 食券乱用。そして、私は丸め込まれる。
昼休憩時、校庭では有志制度で集まった人々がテントを張り、限定の食品を販売している。
開催時期も不定期だが美味いと評判で、即完売と押し合いが起きることから、不公平との声が一部生徒から上がり、以降は抽選で食する権利を得られるようになった。
そう易々と食える代物ではないのだ。
有志制度とは、上野五條高校特有の制度で、学生の中から希望の声を上げることによって有志者を募り、実現させるというものだ。
学生の自主性を重んじるという名目の元、多くの学生組織が結成され、活動が許されている。
この購買もその一つだ。
「よ! いらっしゃい! 御縁さん、今回も当たったの? 凄い的中率だねぇ」
直毛ロン毛の有志代表者、工藤先輩が白衣帽に髪を収め、御縁に声を掛ける。
「私、失敗しませんので」
首を振り、短髪をサラッと靡かせ、どこかで聞いたような明言を御縁は呟く。
「流石だねぇ。今日は何にするの? いつもの奴?」
「それを頂けるかしら?」
クールを装っているが、口元が少し緩んだのを幸之助は見逃さなかった。
「あいよ。お連れさんもどうぞ」
「塩アンパンで」
安藤が小銭を差し出す。
「ずんだ餅と甘味セットを……」
「遠藤。そんな特産物がここにある訳……」
「あるよ!」
幸之助の言葉に、透かさず工藤が提示。
「えっ? あるの?」
「ほい、甘味セットお待ち!」
秒も待たずに出てくる。
遠藤は受け取ると、ニマニマが止まらない。
急いで開いているベンチに腰掛け、恍惚な表情を浮かべて咀嚼している。
安藤も既に「旨し! 旨し!」と言いながら立ち食いをしていたが、それを見て隣に座る。
「で、お前は?」
「じゃ、じゃあ焼きそばパンで」
「定番だな! ハイお待ち」
「ど、どうも」
「またどうぞ」
工藤は軽く手を振って四人を見送る。
御縁はと言うと、紙袋を受け取ってから中身を取り出さずにいた。
ソースの香りと紙袋の油、メニューから察するに、高カロリーなカツサンド辺りだろう。
「食べないの?」
「ちょっとこれは、クールのキャラに合わないというか……」
「でも好きなんだろ? それ」
御縁は鼻を赤くしてこくんと頷く。
こんなにも表情豊かならば、普段からそうしていればいいのにと、幸之助は思わずにはいられない。
関われば関わるほど、彼女の魅力が増していく。
個性的で、知的で、少し危険なところがまた、良いアクセントになっている可愛らしい女子高生なのに。
本人はそれがコンプレックスなようだ。
「僕の半分食べる? それは後でゆっくり味わえばいいんじゃない?」
「大丈夫よ。二人もこのことを察しているし問題ないわ」
「それならいいけど」
「でも、ありがとう」
御縁は微笑んで幸之助を見つめた。こっちが照れくさくなるからやめてほしい。
安藤と遠藤が座るベンチの前まで着くと、
「どふも! 先にいふぁだいておいます!」
と、口に含んだまま安藤が喋る。
「それで、オカ研のお話? ですよね……」
と、遠藤が途中になっていた件を呼び戻してくれる。
「ええ。そうでしたね。部長の私から、三つお話したいことがありまして」
いつものクールモードで御縁が場を仕切る。
「先ず一つは、曲里君のオカ研同好会入部についてだけど」
「ちょっ、え? 入部? 昨日買ったという品を見るという流れでは?」
「はい。昨日買ったクリスタルチューナー。部室が密閉されているから浄化が必要でね」
巾着袋から角水晶と音叉を取り出して、御縁はしれっと、それらを叩き合わせて空間浄化をした。
そのモーションは要るのだろうか。
「いや、四次元ポケットから出した風に使われても。『はい、見せましたよ』ではなくてさ。それとこれは別じゃ」
「あら? 昨日ちゃんと『入る』って言っているわよ」
ポケットからボイスレコーダを取り出して、御縁は再生ボタンを押し込んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「そこで、その。良かったら月曜日に、オカ研に来てくれないかしら? 曲里君は興味ないのかもしれないけれど、出来ればそのまま一緒にオカ研に入って活動出来たらな~なんてね」
「うん♪ 良いよ!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ほら! 良いよって言っているわよ?」
まじまじと御縁が幸之助を見つめ、目で訴えてくる。
「あ、その。確かにそうは言ったけど……。そういう意味じゃ」
目を反らしてみるも、突き刺さるような視線を肌身に感じて幸之助は目を瞑る。
「御縁さん。入らなきゃダメ?」
目を開けると、うんうんと上下に首を動かし、口角だけ笑みを浮かべて尚、訴えかける。
「はぁ。わかったよ」
御縁は万遍の笑みで幸之助に近寄ると、手を取りぶんぶんと握手をした。
もう、ここまで喜んでもらえると、オカ研同好会入部とか、どうでも良くなってくる。
「これからよろしくね! 曲里君っ!」
「お、おう。よろしく」
「ほら、安藤と遠藤も仲良くして!」
二人は冷静に幸之助を見て、
「宜しくであります!」
「よ、宜しくお願いします……」
と、それぞれ歓迎した。
「で、晴れて仲間が増えたところで二点目だけど」
すぐさま、軌道修正する。
流石、学級委員。
オンオフがしっかりしている。
「今年も、オカ研存続のための研究、調査をする時期がやってきました」
「ああ、もうそんな時期なのでありますか! うっかりしていたであります!」
頭を掻いて焦る安藤。
「ふえぇぇっ! 去年を思い出してしまいました……」
と、怯え気味に応える遠藤。
「去年、何があったの……。っていうか、存続のための研究とは?」
幸之助が首を傾げて、御縁に視線を送る。
「言ってなかったかしら。えっとね、オカ研はあくまで『超常現象で起きた事件を研究し、論文を文化祭で発表、兼、社会に貢献する成果を残す事』で成立している有志活動なの」
「やっていること、まるで違うじゃないか」
目を泳がせ、話題を反らして、くどくどと設立話を御縁は始める。
「元々私は天文部だったのだけれど、趣旨が違って。占星術させて貰えなかったから独立したのよ。で、このメンバーが集まった訳。占いは超常現象解明に繋がる手段として許可を貰っているわ。めったに来ないけれど、ちゃんと顧問もいるわよ。で、同好会爆誕って訳。だからセーフよ、セーフ!」
あたかも、やっていることが正しい風に御縁は胸を張って答える。
「毎年義援金に多額を寄付しております故……、多少の事は先生方も目を瞑っているのでしょうな」
安藤が残りのアンパンを口に放りながら、オカ研の貢献性をアピールする。
「募金なんてどこでそんな……。あっ」
幸之助には心当たりがある。
占いの祭壇にある賽銭箱。
アレ、義援金だったのか。
「ちなみに、去年は女子学生の私物消滅事件の犯人をとっちめてやったわ!」
御縁が堂々と話す中、遠藤はうずくまる。
「あの、遠藤さんはどうなさったの?」
幸之助が御縁に聞くと、
「ああ、彼女の体操着を囮に使ったら、まんまと犯人が現れたのよ。当時はいろんなものが怪奇的に消えていたけれど、内容が女性物にエスカレートしたことで男じゃないかと睨んで、占いの通りにしたら案の定ね」
「遠藤さん、お気の毒に……」
耳を塞いで小さくなる彼女を慰めたかったが、これ以上の言葉を掛けるのは良くないと、幸之助は空気を察した。
「で、今年は何にしようかしら? その相談、と言うことで安藤!」
「はい。御縁殿!」
安藤は背負っていたリュックからノートパソコンを取り出して電源を立ち上げる。
カタカタとキーボードを打つ音が止まり、安藤はくるっとパソコンを三人の方に向ける。
「さて、今は何が旬なのかしら?」
御縁は口元に軽く握った右手を当て、首を傾げて画面を見つめる。
「これは?」
幸之助が安藤に尋ねると、
「オカ研一押しの情報サイトであります!」
と、ドヤ顔。
そのサイト、お前が作ったんじゃないだろ。
「で、どれにするのでありますか?」
「つ、次は被害の少なそうなもので……」
指を組んで目を瞑り、懇願する遠藤。
「そうね。これなんかどうかしら?」
御縁が画面に指をさす。
三人は指先の内容に目を向けた。
【女子生徒の無気力化・失踪事件 都内近郊で発生】
遠藤は悲しそうな眼をしている。
安藤は面白そうな内容に滾っている。
「御縁さん、マジですか?」
「マジ以外の何があるのかしら?」
こういう時ばかり普通のトーンで返答するのは止めてもらいたい。
「いやいや。こんな如何にも物騒な事件は、学生が取り組む物じゃないでしょ」
「オカ研を維持するには、これくらいの成果を上げないと厳しいのよ」
「そこまでしても維持したいのかよ。それに、遠藤さんも嫌がっていると思うけど」
二人は遠藤を見る。ウルウルとした目で訴えかける。
「どうなの? 遠藤はオカ研を維持したくないの?」
御縁、それはプレッシャーというのです。
反応に困る遠藤。
「えっと、その」
と、はっきりしないセリフを吐き出しては、おどおどとして落ち着かない。
「ほらな。困っているだろ? それに、どうやって解決するんだ?」
「だ、大丈夫よ。私の占いがあれば、おおよその予測が着くわ。それに、曲里君。君には凄い力があるじゃない!」
幸之助は固まる。
「あ、えっと。御縁さん。僕の力のこと知っていたの?」
「え? 気がついていないと思ったの? 前にもそう言ったじゃない!」
御縁が近づいてきた。
顔が近い。
いやだ、可愛い。
直視できない。
「初詣の時、曲里君の言霊の力、私、見ちゃったの。その時から、ずっとマークしてたの。姫川先生の周りも光が漂っているわよね? 私、鈍感じゃないのよ」
耳打ちし終わると、身を引いて、ニヒッと口角を上げて、御縁が笑みを浮かべた。
御縁も『言霊やオーラ』が見えるのか。
なんだろう。
凄く胸の辺りが温かい。
自分だけじゃなかったのか。
そういえばルーカスも見えていたような……。
「御縁殿、何のことでありますか? 曲里殿は幸運以外に何の取り柄があるのでありますか?」
「わ、私もそれは気になる……」
二人は御縁を凝視。
御縁は「コホン」と、咳ばらいをすると、
「彼はねぇ……。色々、見えるのよ」
と、あたかもいけないことができる風に打ち明ける。
「へっ? まさか、透視能力でありますか?」
「ふぇぇぇ! ってことは、わ、私の身体も見られて……」
二人から侮蔑な眼差しを受ける幸之助。
「いやいや。違うから! 御縁さん、笑っていないで訂正してくれ」
「面白そうだから、ついね」
うん、可愛いので許す。
「変態殿、違うのでありますか?」
「うん、違うから。それから、変態じゃないです」
安藤がホッと、胸を撫でおろす。
「彼は私と同じで、『言霊やオーラ』が見える体質よ。それに加えて、言葉を具現化できるの」
「な、なんと!」
「す、凄いですね……」
敬意の眼差しを向けられ、幸之助は動揺しつつも、
「え、ああ。まぁ、そんなところかな?」
と、照れ隠しする。
「どんな感じに見えるのでありますか?」
「そ、それって体に支障とかあるのでしょうか……」
興味津々な二人は幸之助に近づき、囲って質問してきた。
「えっと、その。雲みたいに漂う感じだったり、文字や形あるものに変形したり、状態は様々だけど。酷く歪んだオーラは、見るだけで吐き気や頭痛を引き起こすよ。後は、言霊の使い方を間違えなければ、これといった支障はないと思う……多分」
「はいはい。聞きたい気持ちは山々だけど、そこまでね」
二人の間を割って、御縁が止めに入る。
「承知。御縁殿!」
安藤はビシッと、敬礼する。
「あっ。ご、ごめんなさい……」
遠藤は恥ずかしがりながら、すたすたと後退して安藤の背後に隠れる。
「これから彼にはめちゃくちゃ働いてもらうわ。二人も常にアファメーションとかしないと、何時まで経っても、私や彼のような力は目覚めないわよ」
御縁の言葉に俄然やる気になる二人。
怪奇現象好きなのが、顔を見ればわかる。
未知のものを追いかけることに、殆どのエネルギーを割いていると言っても過言ではない。
それぐらい彼女らの目は本気だった。
というか、ちょっと待て。
馬車馬のようにこき使われるようなことを言われた気がしたが、気のせいだろうか。
「ということで、曲里研究員にオカ研の存続が掛かっているわ。よろしく!」
御縁からパンッと肩を叩かれ、気のせいでないことを悟る。
「で、三つめは何なのでありますか?」
安藤が尋ねると、
「それが、現在進行中の謎でして……」
と、御縁の顔が見る見るうちに青くなる。
「先程から誰かの視線を感じるのよ……」
三人は固まった。表情が強張る。




