第十三話 集会所、見学
新しいスマホでゲームに明け暮れ、土日が終わった。五月二十日が訪れる。
昼休み、幸之助は約束通り、オカ研に引きずり込まれた。
「さあ、ここがオカ研同好会の部室よ」
御縁に手を引かれ、真っ暗な視聴覚準備室に足を踏み入れる。
カーテンで閉め切られ、隣の視聴覚室内はわからない状態だ。
ろうそくの火があちこちに灯っている。
放送機器が右手側にずらっと並び、向かって正面には祭壇があり、クロスのかかったテーブルとそれを挟むように椅子が向かい合わせに置かれている。
祭壇には賽銭箱と盃があった。
「御縁殿! お待ちしておりました!」
「ひぃ!」
背後から威勢の良い声が聞こえて、幸之助はビビって声を上げてしまった。
団子のように丸まった髪を脳天に乗っけた女生徒が駆け寄ってくる。
声の割に見るからに不健康そうと言うか、胸も貧相というか、同類の匂いと言うか。
自分との違いと言えば、隈があるのに、目が死んでいない点だろう。
尊敬の眼差しというのはこういう様を言うのかと納得できる程、キラキラした視線を御縁に送る。
「どうぞ、こちらで準備を……」
二つ縛りのおさげをした女生徒が静かに祭壇脇から現れ、椅子を引いた。
「ひぃぃ!」
再び幸之助は声を上げる。
そこに居たのかと、突っ込みたくなる程、おさげの子は存在が薄い。
淵が厚めの眼鏡をして、魔女がよくかぶっている尖がった帽子をちょこんと乗せている。
弱気な声色で話す内気な彼女は恥ずかしそうに俯きつつも、微かな笑みを浮かべた。
それがまた、妙に不気味さを増させる要因というか。
失礼だが、視覚に入ったとき、一瞬お化けだと勘違いしてしまった。
でも、よく見ると素材は可愛いのではないだろうか?
御縁は団子娘に軽く会釈をして、引かれた椅子の前に立つ。
すぐさま団子娘は、祭壇脇に置かれた紙袋を手にし、椅子の隣で膝をついて中身を出すと、丁寧に折りたためられたグレー色のパーカーをその場で広げる。
「失礼します!」
団子娘が言い放った直後、彼女は立ち上がり御縁に羽織わせた。
御縁もその動きに合わせて、パーカーに袖を通す。
おさげ娘も透かさずテーブルに水晶玉を置く。
「安藤、遠藤。二人ともありがとう」
二人は不気味な笑みで応え、サムアップする。
「それで、そちらの見るからに根暗男は何でありますか?」
団子娘が汚物を見るような目で幸之助を睨んだ。
「彼があの曲里君よ」
御縁がそう呟くと、
「あっ、えっ! あのお方ですか! これは飛んだ失礼をーっ!」
団子娘が土下座した。
さっきまでの態度と大違いだ。
「ふぇっ? あの【死を乗り越えた英雄様】ですか? まさか実在するなんて……」
おさげ娘も驚いている。
「二人とも。私の言葉、本気にしていなかったわね」
「だ、だって。凄すぎるというか。流石に今回は、ブログ記事のでっち上げかと」
団子娘は頬を掻いて言葉を濁す。
「わ、私は信じていました……よ」
おさげ娘は目を反らした。
二人の様子を見て、御縁は「はぁ」と、ため息を吐いた。
「もう! 彼は生きているし、凄いのよ!」
と、クールキャラを演じるのを止め、幸之助を称えた。
「な、何見ているのよ」
「御縁さん、ここでは素でいられるんだなぁと思って」
御縁は鼻を赤らめて目を反らす。ぱたぱたと、手で仰いで顔の温度を下げようとした。
「べ、別に普通よ、普通」
やっぱり根は可愛いな、御縁は。
「申し訳ありません! お許しを!」
土下座の体制のまま、団子娘は頭を床に叩きつけて謝る。
「安藤! それはやり過ぎよ!」
団子が安藤なのか。
「ご本人がいらしたのでは、信じるしかないですね……」
「大丈夫。遠藤も彼の凄さにすぐ気づくわよ」
御縁が遠藤の肩を摩った。
「それで、曲里殿! 今日はどういったご用件で? 評判の占いに来たのでありますか?」
「評判の占い? 流行っているのか?」
安藤が冷めた目で幸之助に急接近する。
「貴方っ! ま、まさか【ミスパーカー様】の超次元占いをご存じでない!」
「か、顔近いから……」
「ご存じでない!」
「ミ、ミスパーカー?」
幸之助の発言に安藤は頭を抱え、遠藤はショックのあまり、その場に崩れ落ちる。
というのは束の間、安藤はすぐ立ち上がり、凄い形相で幸之助に言い寄った。
「貴方、それでも本当に上野五條高校の生徒でありますか? 御縁殿は正体を隠されつつも、多くの生徒の悩みに貢献し、今や行列を作るほどの凄腕占い師なのですぞ! それをご存じないとは。はぁぁぁぁ、嘆かわしい」
「そ、そうなんだ~。へぇ~」
知らなかった。ゲームで日々生きていたから当然か。
「何ですか? その態度は? 疑っているんですか?」
「い、いや、そんなことは」
手を振ってそれは誤解だとアピールする。
「試しにそこのドア窓から覗いてごらんなさい」
「え?」
窓に近づき、カーテンに隙間を作って覗いてみる。
安藤のおっしゃる通りで、ぞろぞろと廊下に生徒が並んでいる。
ほぼ女生徒だが、皆凄く楽しみにしているのか、そわそわした様子で髪を弄ったり、もじもじと、手足を動かしたりしている。
「え? これ、マジ?」
「言った通りであっただろう?」
安藤が腕を組んで、ドヤ顔をする。
「モブの在校生ですみません」
頭を下げて謝ると、
「はぁ……。この世の終わりですね……」
遠藤が幸之助の無知さに悲しみ嘆く。
そこまで言わなくてもいいだろう。
「そして、新世紀の幕開けであります!」
安藤が遠藤に合わせるように応じる。
「今日も絶好調みたいね! 二人とも」
御縁が二人のテンポの良さに拍手を送った。
「え? どういうこと?」
「あー、二人の口癖よ。『英語姉妹』ってここでは呼んでいるんだけど」
「英語姉妹?」
御縁が指を立てて、
「ほら。遠藤と安藤ってエンドとアンドに似ているでしょ?」
と、解説。
「あー」
お頭が終わっているのは、どうやらオカ研の奴らの方らしい。
「それで、占いが目的でないのならば、何の用でありますか? もう外でお客を待たせているで手短に!」
気まずそうに御縁が手を上げ、
「あの~、私が呼んだのです。見学を兼ねて」
と、安藤に説明をした。
「あ、えっ。そ、そうでありましたか。では、詳しい話は後で話しますので、とりあえずバレないように祭壇の隅で見学を。うちは情報漏洩を遵守しております故」
「は、はぁ」
「ささ、早く隅に!」
釈然としないが、隅っこで体育座りをし、蹲って見学することにする。
ドアがガラガラと開く音がして、黄色い歓声が廊下に響いた。
幸之助もドアの隙間から様子を見る。
「ようこそお越しくださいました! 本日は限定で四名まで【ミスパーカー】が占いをして下さるのであります! 抽選で当たった方は貢物を。そうでない方は、放課後に簡易占いを開くのであります!」
安藤がメガホンを持ち、手慣れた雰囲気で案内を始めた。
遠藤がくじ引きの紐と箱を抱きしめるように持ち、安藤の隣に立つ。
生徒がどっと押し寄せて、紐を掴んだ。
押し合いになる群衆から「今日こそは私が【パーカー様】に占ってもらうのよ!」とか、「【パーカー様】の喜ぶ貢物を用意したのだから負けない」とか「【パーカー様】のお言葉を早よ!」といった声があちこちから飛び交う。
まるでバーゲンセールの争奪戦のようだ。
「焦らず、順番にくじをお引き下さい……。よ、よろしくお願いします……」
遠藤のアナウンスは、熱狂者にかき消されていた。
しばらくすると、その勢いが収まり、「よっしゃー」という女性に有るまじき野太い声と、多くの咽び泣く声が聞こえてきた。
男の声も混じっている。
どれだけ占ってほしいのだろうか。
流石にここまでくると、狂信者だ。
「では一番の方。中へどうぞ」
すぐに持ち場に戻る幸之助。
安藤が入室を促すと、可愛らしい女生徒が入ってくる。同学年ぐらいだろうか。
「占いの前に貢物を祭壇に!」
安藤と遠藤が祭壇に向かって腕を伸ばし、賽銭箱近辺にあった大きめの盃の辺りを示す。
「あ、はい。これをお捧げします」
遠くてよく見えなかったが、紙切れのようなものを、女生徒は盃の上に置いた。
「ほうほう。これは中々」
「そ、そうですね……。これは喜ばれるかと……」
安藤と遠藤がうんうんと頷いて、貢物に満足している。
「大丈夫でしょうか? 噂でこれが良いと聞いたので」
心配そうに女生徒が御……いや、【ミスパーカー様】に尋ねる。
「ふむ。大丈夫であるぞ」
何が『であるぞ』だ。キャラの変わりように、吹き出して笑いそうになる。
「では、内容を伺いますぞよ。何を占いましょうかな?」
ミスパーカーがテーブルに肘をつき、組んだ手を口元に構える。
「あの、実は気になっている人がいて。その人と、その、上手く行くかを占ってほしいの」
「では、率直に言いましょうかな」
間髪を入れずに御縁から返答が来て、女生徒はたじろぐ。緊張したのか、髪を弄りだす。
「貴方、どうしたいのかはもう決まっているのではないのかな? 先ずは占いよりも先に己を信じるのだぞ。潜在意識が一番、貴方自身を理解しているのだ。いいかね?」
「え、あっ、はい」
「その前提ができた上で、ここに二枚のオラクルカードを用意した。どちらかピンとくる方を選ぶと良いだろう。さぁ、選びたまえ」
先程の口調を崩すことなく、淡々とミスパーカーは助言する。
ボロが出ないところは、プロと認めざるを得ない。
「じゃ、じゃあ……。こっち!」
「これだな?」
ミスパーカーは女生徒から見て、左手側にあるカードをめくった。
「イエスが来たぞ。おめでとう」
女生徒は口を当てて、静かに涙した。
「ありがとうございます……。【ミスパーカー様】」
「後はお主の勇気だけだぞ。幸運を祈る」
女生徒は何度も頭を下げて教室を後にした。
「ふぅ、疲れた。曲里君、見ていたかい?」
フードを外し、汗を拭く御縁。
「見てたよ。やっぱり本物は違うな」
「そ、そんなことないわよ」
口調とは裏腹に、御縁は体を左右に振ってくねらせる。
「オラクルカードねー。もう一枚はノーだったのか?」
幸之助がめくると、【主張しなさい】と、英語で書かれていた。
「これ、偶然だよね?」
ちらっと、御縁の顔を伺う。
「この世に偶然はない、あるのは必然だけよ!」
それは良い意味で解釈すれば良いのか。
それとも、必然を装った裏工作だったりして。
幸之助はじっと、御縁を見つめ続ける。
「さ、さーて。次のお客さんに対応しなきゃ」
ま、まさかね。御縁がそんなことするわけない。
うん、そこは信じよう。
だが、もう一点は見逃せない。
「それと加えて気になっていた点がもう一つあって」
両手を広げ、割って安藤が入る。
「曲里殿! もう時間がないので手短に! パーカー様の手を煩わせないでいただきたい!」
幸之助は安藤の手を払って御縁に近づくと、盃を指差した。
「さっきの紙切れはなんだ? 大層な品らしいが、まさか折り畳められた札か? だとすれば、校則違反だぞ?」
その場からすくっと立ち上がって、御縁が口を開く。
「普段、ゲームを持ち歩く校則違反君には言われたくないセリフね」
「じゃあ、その紙を見せてくれ」
手を指し伸ばすと、
「い、いいですとも」
と、言って遠藤から紙を受け取り、幸之助の目の前で見せる。
正体は引換券だ。つまるところ、購買の整理券だ。
「お、お前。金品の授受がダメだからって……」
いつものクールな様子を保てない程、御縁は動揺しているようだ。
目を反らし、髪を弄り始めると、
「な、何? 本来は有料レベルの占いをしているんだし、そ、それに、人様の悩みを解決しているのだからこれくらいして当然よ」
と、自分の行いを正当化させようとしているのか、半ば強引な口調だ。
遠藤も安藤も御縁の空気に合わせるように、腕を組んで背後でうんうんと、頷く。
「そ、それに。今日は四人分食費を確保できるはずだから。曲里君も共犯者よ」
「げっ……。だから、今日は四人占うのか」
「曲里君の分まで用意するんだから、黙っていてくれるわよね?」
「…………」
幸之助は言葉に詰まる。手口が悪代官みたいだ。
「ふふふ。私の勝ちね」
安藤が幸之助の首根っこを掴んで引っ張る。
「さぁ、定位置に戻った、戻った!」
蛇に睨まれたかのように、幸之助は大人しく教室の隅で残り三名の様子を傍観するしかなく。
「ふぅ。四人目終わりーっと!」
パーカーのフードを外し、ジッパーを降ろす。少し制服が汗ばみ、首元は湿っていた。
「閉め切った中、お疲れ様でした! 御縁殿!」
安藤の隣で、遠藤が静かに紙袋を広げた。
「うんしょっと。どうも、遠藤」
御縁はパーカーを紙袋に入れる。
安藤は盃を手に取ると、水晶玉をテーブルの脇にずらして、クロスの真ん中に置いた。
盃にはキッチリと四枚の購買整理券が置かれている。
「さて、受け取って貰いましょうか」
「僕はこれを受け取る訳には……」
ムッとした表情で、御縁は幸之助の腕を掴み、
「いいから! 貰いなさい」
と、手の平に整理券を置いて、ぎゅっと握りこませる。
「これで共犯者ね」
ニヒッと悪そうな笑みを浮かべる御縁。
「酷い話だ……」
「お二人さん、良いところすまないっす! この整理券、本日限定でありますので、細かい話は校庭で良いです? ここも撤収します故!」
あくせくと安藤は動き回る。この部活は常にこうなのだろうか。落ち着かない。
「とりあえず場所を変えて話しましょうか」
手分けして細かな備品を片付け、四人で原状復帰をした。
放課後も使うからとの理由で、祭壇はそのまま残したが、この大掛かりな装飾と不気味さを、よく学校側は許したものだ。
保護者に発覚したらなんというつもりだろうか。
文化祭の名残とでも言うのだろうか。
「ほら、行きますよ。残り時間はあと数十分であります! 英雄の曲里殿!」
安藤に急かされ、校庭へと向かう。




