第十二話 祝福マダムの降臨
「じゃ、そろそろ帰ろうか、二人とも」
「そうだね。御縁さん」
三人は上野駅に向かって境内から出ようと歩き出す。その時だった。
「あ! 曲里君、アレを見て!」
御縁が『七福社』という祠に向けて指をさす。その脇に、如何にも高級そうなお財布が落ちていた。
幸之助は砂埃を払い、拾い上げる。持った感触で何となくだが、かなり中身が詰まっているようだ。
「流石にこれは、交番に届けないと」
「流石にって。もしかして、少額だったら貰うつもりだったの?」
冷たい視線で、御縁が幸之助を見る。
「そんなことないよ。僕は悪人ではない」
「それは、そうよね。うっかり幻滅してしまうところだったわ」
「僕の性格、わかって言っていますよね。それ」
ペロッと舌を出して、御縁は発言の真意を誤魔化す。
可愛いから許すが……。
「コウタロウ、ハナシはショでキかせてもらう。ドウコウをネガおうか」
「いや、僕が盗んだ訳じゃないから。と言うか、何でそんなに流暢なんだ?」
「ナ、ナンジャコリャ……」
「こっちが聞きたいよ」
幸之助はそのセリフを聞いて、何となく察しがついた。ルーカスはアニメ以外にも、日本の作品を見ているらしいと。
ルーカスの相手をしている内に、京成上野駅の入り口付近にある交番が目に入ってきた。
「すみません。これ、五條天神社の境内に落ちていました」
と、幸之助が警察官に渡してすぐの出来事だった。
後ろから血相を変えて、高級品を身にまとった四十代後半ぐらいのマダムが飛び込んできたのだ。
ウェーブのかかった髪を右肩側に降ろし、艶のあるゴージャスな雰囲気を持っている。
スタイルも綺麗で、おそらく日々鍛錬している結果だろう。
スラっとしたデニムジャケット、白のインナーとパンツスタイルで、サングラスを身にまとっている。
「すみません。――財布の落とし物は――なかったかしら? これくらいの長財布なのですが……。あっ! それです!」
マダムは息を整え、警官の下に駆け寄る。
身分証の確認が終わり、財布を受け取って中身を確認する。
「あ~。良かったわ。何も取られていないみたい。どこで見つかりましたか?」
「そこの学生が境内で落ちているのを見つけ、届け出てくれました」
警官の言葉を聞き、マダムはサングラスを下ろして、三人を見た。
「ご丁寧に、どうもありがとうございました。昨夜かなり酔ってしまい、神社で落としてしまったようで。スマホで電車賃を払っていたものですから気が付かなくて。おかげで助かりました」
マダムは深々と三人にお辞儀をした。
「い、いえ。僕は、そこで拾っただけですので」
「いいえ。本当に貴方たちのおかげよ。何かさせてもらうわ」
「いえ、結構です!」
「そんな、遠慮しなくても良いのよ。当然のことなのだから。ちょっとそこで待っていてくれるかしら」
と、マダムは交番の外へ三人を出した。
警官にお礼を言って、マダムは交番を後にする。
数分もしない内に、封筒を持って戻ってきた。三人それぞれに渡される。
はい? 嘘だろ……十万円。
「こ、こんなには受け取れません」
幸之助はビビって、封筒を返そうとするも、
「いいのよ。大した額じゃないから、自由に使って」
と、促されて、三人は顔を見合わせる。
「本当にありがとう。それでは」
と、言い残して、マダムは風のようにその場を去ってしまった。
「どうしようか?」
御縁が戸惑って幸之助に訊く。
「もう返せないし、有り難く使わせてもらう方が良いんじゃないかな?」
「それもそうね」
「このゴオンは、【イッシュン】で【ワスレル】よ!」
「それ、中々の恩知らずね……」
御縁もツッコミが板についてきたようだった。
これは、壊れてしまったスマホを買い替えるのに当てようか。
まさか、こんな形でお金が手に入るとは思っていなかった。
幸之助は思わず「うっし!」と、ガッツボーズを決める。
釣銭を使い、余裕で課金もできる。早速、再ログインして、ゲームを進めなくては。
「曲里君はこのお金で、この間壊れたスマホを新しく買うの?」
「うん♪ まあね♪」
幸之助は上機嫌だ。
「私はこれで占い道具を買う予定よ」
「へぇ♪ そうなんだ~♪」
「そこで、その。良かったら月曜日に、オカ研に来てくれないかしら? 曲里君は興味ないのかもしれないけれど、出来ればそのまま一緒にオカ研に入って活動出来たらな~なんてね」
「うん♪ 良いよ!」
「そうよね。やっぱり無理よね。……って良いの?」
「うん♪」
予想外の返事に御縁は空いた口が塞がらない。
幸之助はゲームの事しか頭にないのか、上機嫌で家電量販店に入っていく。
「神様っ! ほんと、ほんとにありがとうございますっ! 言質取りました。レコーダーにもばっちりです!」
「マジョとスパイのニトウリュウ! オソルベシ!」
ルーカスは愕然と御縁の様子を傍から見ていた。




