第十話 授業乗っ取り大作戦
翌日、五月十七日。
今朝から姫川は教室の隅でしょぼくれている。
あれだけ派手なことをしたのだ。
ざまを見ろ。
流石に今日は、これに懲りてもうやらないだろうと、幸之助はそう思っていた。
だが、それは大きな間違いだと思い知る。
それは国語の授業中に起きた。
今日は、姫川が教育実習生として担任の代わりに担当する日だった。
数十分後。
あろうことか、担任が眠り始めたのだ。
「ああ。これは、オワタ」
幸之助は、顔を手で覆う。
時間が停止している。
この現象は二度目だ。
姫川は「ふふ」と笑い、胸にかけていた眼鏡を手に取り、スタイリッシュにスッと装着。
教卓を指示棒でこんこんと叩いた。
「さて、模擬授業は昨日で終わり! いよいよ本番ね! 今日は外野無しでいくわよ! シークレットだからっ!」
「先生、懲りないですね」
「御縁さん、人は成長する生き物よ! やり方を変えれば問題なし!」
ああ、ダメだ。この人は何を言っても強行するヤバい人だ。
「さ、やるわよ! 一度で書き留めなさい!」
コホンと姫川は咳払い。三人は、ノートを開け、昨日の続きのページを開いた。
「では、昨日の続きね! どういう仕組みなのか話していなかったから、その説明から!」
姫川はチョークを手に取り、板書する。
黒板には『神様、聖霊、精霊』の順で、間に上向きの矢印書きがされている。
隣には『邪神、悪霊』の順で同じように矢印書きがある。
「そうね、まずは流れだけれど。神様に祈る前に手順があってね。それぞれの物や自然物、言葉には『精霊』が宿っていて、超次元の力の場合はその上の『聖霊』が力を使用する権限を持っている訳。で、その上に願いを受け取ってくれる『神様』がいるのよ。基本的にどの願いも神様には通じているのだけれど、行使するかどうかは、願いのレベルによって各担当が判断するのよ。それと『邪神』と『悪霊』のルートも、流れは大体同じ。頂点に企てた邪神が大抵いるわよ。代償を払って、言霊やその他の力を発揮するの。オーラの可視もできるわ。力を得ると、目に生気がなくなる特徴があるのよ!」
御縁は目を光らせてノートに書き写す。彼女はニヤニヤが止まらないご様子で。
「まずは、プラスなのか、マイナスなのかによって、発動条件や代償を満たすの! その次に、使う術のタイプを決めるの! 言霊・音霊・数霊・色霊の全四種よ!」
姫川が豪快なスナップをきかし、四つのタイプを板書する。
「この四種をまとめて『秘術』と呼んでいるわ。私がメインに使うのは、言霊だから、ここは深く考えずにタイプは言霊よ! オーケー?」
「イェー!」
ルーカスが右手を拳にして雄叫びをあげた。
そういう空気じゃないぞ、ルーカス。
「で、次に具体的なイメージをするの!」
姫川のスルー術が炸裂。流石のルーカスも涙目だ。
「ここで、以前に説明した『特性』を込めるのよ! 『氣』は米による力とか、この言霊はプラスのイメージが強いとか。で、神様に祈ると、願いが聞き届けられて能力が発揮できるのよ! 『特性』が極まり、神様と同じような考え方ができるようになると、能力発揮の許可が下りやすくなるの! 最後は詠唱よ。言霊だからね。基本は発音して発動させるわ。分かったかい?」
三人は聞き漏らすまいと、必死にノートへ記入する。
「そうそう。話変わるけれど、神社で行うお祭りは、神様と人とが調和する為の行事なのよ。知っていたかい?」
御縁は興味津々なのか、「もっと詳しく!」と、せわしない。
姫川も「お! 良い反応ね。ではもう少しだけ」と、彼女に応じた。
「今のお祭りはどんちゃん騒ぎじゃない? でもね、担ぎ出して騒ぐだけじゃ、無礼講とはいえ、本当に調和なのかしら? 神様の願いを形にする人に幸せは来ると思わない? 実はこれが『回避スキル』の基礎になると私は思っているわ! つまり、言葉の『特性』を知って使い、『神の願いを具現化する』人が『無敵』になるのよ!」
ルーカスと御縁は姫川に拍手を送っていた。
拍手に応じて、姫川は深くお辞儀する。
それよりも。二人は気が付いていないのだろうか。
時間停止の術とやらを使っているからだろうか。
青空教室とは違い、電車事故の日のように、教室内に光が充満しているのだ。
幸之助は今までも、目に見えない力を見てきた。
初めは、皆、見えているものかと思っていた。
いざ、勇気を出して光や言葉が具現化して見えるという話を友達にすると、
「え、何を言っているの?」
と、気味悪がれた。それ以来、口外することを辞めたのだ。
それに、言葉は思っている以上に怖いものだ。
使い方を間違えれば、簡単に人を切り裂いてしまう。
もう嫌と言う程、目の当たりにした。
ひどい言葉を浴びせられて、傷つけ合い……。
あんなにも心から血が吹き出るなんて、皆知らないのだろう。
それが嫌で、嫌で。
幸之助は不用意な言葉を発することを辞めた。
喋らなくても大丈夫なもの。
独りでいても効率の良い方法。
それが、ゲームの世界に入り浸ることだった。
ゲームの世界に居る時だけは、恐怖を忘れていられた。
何時の日か、それが自分の日常になった。
そして、現実を否定し続けた。
だが、あの日。彼女と出くわし、『回避スキル』に心奪われて。
目に見えない物はやはり、あるんだと、再び思い知らされた。
どうしようもなく、目を向けることになった。
今まで自分の力ではどうすることもできなかった。
でも、もしかしたら。
この力で抱えていた問題を解決させられるかもしれない。
塞ぎ込んだ想いを解放できるかもしれない。
そう、この光に一輪の希望を抱いている。
このオーラのようなものが、きっと自分を照らしてくれるんだと。
姫川が呆然としている幸之助の様子を見て、話を切り上げようと、
「はい、これで運気が桁違いに上がった筈! 今日はここまでね。ちなみに国語の授業、この後も聞きたい?」
と、話題を変えて三人に聞く。
「ちょっと疲れたわ」
「僕も、面倒なので……」
「ボクはきくよ! ヒメチャン!」
眼鏡の位置を素早く直すと、
「私も、この後立て続けに授業するのは面倒なのよ。時間吹っ飛ばしちゃおうかな」
と、実習生とは言え、聞き捨てならない発言。
「ま、いいか。じゃ、終わり~」
結局、姫川はすみやかに黒板を消すと、勝手に終了を決め、パンっと手を鳴らす。
時計の針がぐるぐる回って、授業終了十秒前になると、全員ゆっくり動き出す。
チャイムが鳴ると、目覚まし時計に飛び起こされたかのように担任が目を覚ました。
「はい、では終わります!」
皆、ポカーンと目を点にして口を開けている。
「あれ? 今日凄く早くない?」とか、「もう終わったの? ラッキー」とか、「ノート何も書いてない。居眠りしてたのかな」とか、声があちこちから聞こえてくる。
担任は授業視察を居眠りで放棄してしまったことが心苦しかったのか、教科書で顔を隠して教室を出て行った。
「おい。さっきのアレ、何だ?」
草薙が幸之助に声を掛けた。
「え?」
幸之助は咄嗟に知らない振りをした。
「いやさ。時間の経過は感じていないのに、なんかすぐ授業が終わった感覚というのか」
一瞬、草薙の発言が姫川の授業や時間停止の事を言ったのかと思って焦ってしまったじゃないか。
思い違いで良かった。冷や汗ものだ。
「そ、そうだね~。なんか早かったよね~」
「やっぱりそう思うよな? 授業した気がしないというのか」
草薙は頭を傾げて考え込むも、
「わかんねーわ」
と、それ以上、原因を追究するのを辞めた。
「きっと、疲れていたんだよ。程々にな」
「お前も無理するなよ。ゲームがないんだからさ」
背中をバシッと叩かれ、「あはは」と苦笑いで幸之助は返す。




