第一話 魔法使いに出会った
大変お待たせしました。
神倉の秘術聖鏡スピンオフ作品です。
「私、魔法使いなのって言ったら、少年は信じてくれる?」
初対面で、いきなり彼女はそう切り出した。
「そんなのゲーム内の話だ。居る訳ない。頭おかしいだろ」
そう答えたかった。あのようなことが起きなければ。
そんなの卑怯だ。言わざるを得ないじゃないか……。
※ ※ ※ ※ ※
令和元年五月十四日。重課金ゲーマー高校生、曲里幸之助の一日は遅い。
今日も徹夜明けの重たい目をこじ開け、遅刻ギリギリの登校をしている。
――いや、今日はもう間に合わないだろう。
二つのライトが獲物を見つけたライオンの目のようにギラつかせて迫ってくる。
「ああ。これはオワタ」
目を瞑ると、朝の出来事が脳裏に浮かんだ。走馬灯なのか。何を間違えたのか。
いや、今日の選択は間違いだらけだった。
※ ※ ※ ※ ※
ゴールデンウィークが明け、先日、一大イベントの運動会が終わって気が抜けているのか。
これがいわゆる、五月病という奴なのか。全くやる気がしない。
外も気分に合わせてか、雨が降っている。
昨日も学校をサボってしまった。
それもこれも、木曜メンテナンスまでに間に合わせたいからで。
この経験は必ず社会の役に立つ。
納期までに間に合わせる心をコレで身に着けるのだと、頭の中で屁理屈を並べてみる。
今日はやけに電車内が混雑している。席には座れそうにない。
幸之助は、総武線の激しい揺れに手元が狂わないよう、近くの壁に背を預けた。
「よし、固定位置確保。シャンシャンし放題だぜ」
アパートがある中野駅から上野駅を目指しているのだが、乗り換えはゲーマーにとって命取りだ。
特に音ゲーの場合は両手操作が必須であり、座ってカバンの上で叩くか、難易度を下げてブレない位置を確保するか、移動中は自動モードで稼ぐか。
常に判断が要求される。持久戦だ。そこで、幸之助は総武線を使うことにした。
総武線は各駅停車メインの黄色いラインの入った電車だ。名前の通り武蔵から房総まで広く運行しており、ぐるぐると都内を周回する緑ラインの山手線と違い、東京中心を横断する大胆な走りっぷりだ。
急いでいる時は、オレンジラインの中央線快速を使うのだが、そのまま乗り過ごすと上野方面へは遠回りとなる。御茶ノ水駅で分岐するので、大概の人はここで乗り換えて秋葉原駅を目指す。後は、山手線内回りで上野を目指すのみで。
幸之助は乗り換えを減らす代わりにゲーム時間を確保し、登校は二の次という選択をしたのだ。
寝癖の付いた髪の毛が妖気を感知した某妖怪のように飛び跳ね、目にはくまという、いかにも『不健康児』という代名詞がぴったりの容姿が窓ガラスに薄っすらと映る。
「よっしゃ、フルパーフェクトキターッ!」
幸之助は小声で喜びの声を上げた。
ランキング首位を逃すわけにはいかない。
ゲームプレイ時間の確保が勝敗を分ける。
加えて、校内は電源を切らなければならない。
ま、隠れてやる予定だが、それでも。
登下校中の移動時間は数分でも捨てられないということだ。
降車アナウンスが耳に入り、ドア前にスタンバイ。
停車を確認すると、流れる人に合わせてホームに降り立つ。
秋葉原駅を知らせるアナウンスが構内に響いている。
幸之助は、ながらスマホのまま、黄色い点字ブロック際を歩いた。
横目で電車が去るのが見え、乗り換え口に向かおうとしたその時、何かにぶつかってよろけた。
くるっと回転した身体を支えようと、右足に力を入れるも、地に足が付く感触がない。
そのままホームへと吸い込まれるように転落したのだった。
原因はサラリーマンの『ビーダッシュ』で。
イヤホンのせいで駆ける足音やスター音は聞こえるはずもなく。
落ちた衝撃でスマホは割れ、雨に濡れる。
幸之助は痛みで上体を起こせず、うめき声をあげた。
そんなことは知らずに、次の電車がホームに入る音声が流れた。
本来ならば、こんなに早く電車はホームに入ってこない。
でも今日に限ってなのか、混雑していた為なのか、次の車両との感覚が狭くなっていた。スピードを緩める気配はなさそうだ。まだ距離があるはずなのに、生ぬるい風を感じる。
ながらスマホが悪い。そんなことは百も承知だ。仕方ないじゃないか。首位が掛かっているのだ。負けられない戦いがそこにはあるのだ。
ようやく幸之助の存在に気が付いた電車。汽笛とブレーキ音の入り混じった大きな悲鳴をあげる。
どよめく待機列。非常停止ボタンに向かい走る女の駅員。間に合わないと察してなのか、目を瞑る人々。
そして、人生終了目前の『現在』に至る訳で。
※ ※ ※ ※ ※
「——迎えに来たよ」
ふわっとした暖かな風を耳に感じると共に届いた優しい声。
電車の風圧かとも思った。が、それよりも天の声にテンション爆上げだ。
これはお約束のイベント発生なのか、異世界召喚なのか、転生なのかと、心の中でキターッと雄叫びを上げる。
が、瞼の裏側に天使や神や召喚者の姿はなく……。
「あれ?」
幸之助はイベントが進展しないことに違和感を覚える。
何故まだ線路が足に当たっている感覚があるのだろうか。
痛みもないし、即死なのか。
それにしては、何かがおかしい。
自分が宙に浮いている訳でもないし。
ゆっくりと目を開ける。すると、宙にひらひらと複数の紙が舞っていた。
転生祝いの紙吹雪なのか、天使の祝福なのかとも思ったが、それにしては紙のサイズが大きい。
舞い降りた一枚を手に取ってみると、雨でしなびている。
柔らかいその紙には『新卒者合同就職説明会』と書かれている。
辺りには、散乱するパンフレットや履歴書。
その中央に堂々と仁王立ちしたリクルートスーツ姿の女性。
幸之助は目を疑った。
「やぁ」
振り向きざまに片手を挙げて挨拶する彼女。
何が起きたのだろう。驚きのあまり、返す言葉が見つからない。
すると、いきなり光が彼女の周りに集まり始めた。次第に幸之助も光に包まれる。
「うわっ。なにこれ」
周りを見渡すと、時間が止まったかのように誰も動いていない。
気づいた時には二人の身体は既に宙を舞っていた。
そして、ゆっくりと反対側のホームへと降り立つと、同時に時間が動き出す。
車輪から火花が飛び散って、電車が止まる様子が見えた。