百日紅が咲くまで
「ねぇ、おばあちゃん。おばあちゃんはこのお花が好きなの?」
「そうよ……このお花はね。おばあちゃんにとって大切なお花なの」
「……たいせつ?どうして?」
「そうね。なっちゃんが大きくなったら話してあげるわ」
「ほんと? やくそくだよ!」
「ええ、約束よ」
おばあちゃんが亡くなった。突然だった。家で倒れ、病院に運ばれてそのまま亡くなったらしい。おばあちゃん子だった私は葬儀から一週間経った今でもおばあちゃんの死を受け入れることができない。
そして私はおばあちゃんとの思い出を辿るように昔よく連れていってもらった植物園に来ている。寂れた植物園のため、私以外にお客さんはおらず、とても静かだ。いろいろな植物を見ていると私はとある木が気になった。その植物は樹皮が白くつるつるしている。近くの説明書きによると『百日紅』という植物らしい。だが読み方がわからない。
「……ひゃくにちべに?」
「それはサルスベリって読むのよ」
声がした方を見るとセーラー服を着た女の子がいた。
「貴方、この木にどんな花が咲くか知ってる?」
「……知らないけど」
「なら私が教えてあげる!」
女の子は私の手を取り、ベンチまで引っ張った。心なしか手が冷たい気がする。
「百日紅はね。夏に小さくて赤い花を咲かせるの!桃色とか白い花もあるけど……私は赤が一番きれいだと思うの!」
「見たことないから分かんないよ」
私がぶっきらぼうに言うと女の子は少し考えてから笑顔でこう言った。
「なら百日紅が咲くまで私とここで話しましょう!」と。
「……え?」
「我ながらいい考え! それじゃまたね」
「ちょっと待っ」
女の子を追いかけようとするとそこにはもう誰もいなかった。
その翌日、私は考えた末、植物園に来てしまった。軽く見てあの女の子がいなければ帰ればいいと考え、私は辺りを見渡した。するとピタッと肩に何か冷たいものが当たった。ヒィッと思わず声をあげ、振り返るとそこには前日の女の子がいた。
「フフフ。ごめんね。びっくりした?」
「…………」
「来てくれてありがとう! 今日はこっちよ」
女の子はまた私の手を引いていく。とても冷たい手だ。
「到着!」
そこにはよく道に咲いているピンクの花、ツツジがあった。
「……ツツジ」
「正解!」
「さすがに知ってるよ」
「そっか。有名よね。よく道に生えてるし……」
すると女の子は徐ろにツツジを一つ摘んで口に入れた。
「ちょっと何やってるの!」
「えっ、よくやらない? こうやって蜜吸うの。甘いわよ」
「やらないし……摘んだらダメでしょ」
「一つくらい大丈夫よ……でもそっか最近の若い子はやらないのか」
「若いってそんなに歳変わらないでしょ」
セーラー服を来ているんだから私と同じ高校生だと思うが女の子は曖昧に笑った。
「まぁ、少なくとも貴方よりは年上よ……そういえばツツジって毒があったりするのよ」
「えっ!だ、大丈夫なの?」
「フフフ……これは平気よ。毒があるのはレンゲツツジっていう赤いお花。ここには咲いてないわ。心配してくれた?」
「……別に」
私はからかわれている気がする。
「優しいわね……そのままでいてね」
女の子は少し悲しそうな顔になったかと思うと急に笑顔になって私の手を取った。
「ツツジの話はこれで終わり! 次に行こう!」
それから私はよく植物園で女の子から植物の話を聞き、仲良くなっていった。
そして一ヶ月経った。
「おはよう! 今日は紫陽花が見頃よ」
女の子はいつもと変わらず笑顔だ。女の子の案内で進んでいくとそこには赤、青、紫と様々な色の紫陽花が咲いていた。
「きれい。結構、色の種類があるんだね。青ばっかり咲いてるイメージだけど」
「どうして青い紫陽花が多く咲いてるか知ってる?」
「え—分かんないよ」
「ヒントはこれ」
女の子はニコニコと笑いながら地面を指指している。
「地面? ……もしかして土?」
「正解!」
女の子は大きく手を叩いている。
「なんで土が正解なの?」
「それはね。土の性質が原因なの」
誇らしげに女の子は言う。
「……性質」
「土が酸性かアルカリ性かの違いよ。土が酸性だと紫陽花は青くなって、土がアルカリ性だと赤くなるの。そして秘日本の土は酸性が強いから青い紫陽花が多いの」
「そうなんだ」
色々と話をして出口に向かう途中、百日紅の前を通った。ふと見上げると小さなつぼみがつき始めていた。
「もうすぐ咲くのかな?」
「……咲いたらとってもきれいよ」
「楽しみだな」
「それはよかったわ。楽しみにしててね」
そして幾日が過ぎたある日、私はいつものように植物園に向かった。いつも入り口近くにいるはずの女の子が見当たらない。辺りを探し歩いていると、佇んでいる女の子を見つけた。
「百日紅、きれいに咲いたわ」
女の子に言われて、見上げてみると赤くて可愛い小ぶりな花がたくさん咲いていた。
「……きれい」
昔にも見たことがある気がする。私は百日紅の花を見てそう思った。
「昔ね。ある女の子と約束したの」
女の子は徐ろにそう言った。
「……約束?」
「ええ。この花が私にとってどうして大切な花かをその子が大きくなったら話すっていう約束」
「…………」
「この花、百日紅はね。私が小さいときからずっと私を励ましてくれていたの。女学生のときもあの人に出会えたときも。そして貴方たちが生まれたときも。私の色々な思い出が詰まっているのよ。百日紅には」
「……おばあちゃん?」
そう言うと女の子は優しく微笑んだ。
「そろそろ時間だわ。行かないと。それじゃあ、じゃあね。なっちゃん」
急に風が吹き、花びらが舞った。もうそこには誰もいない。
私は百日紅が散るまで目に焼き付けるように毎日、百日紅を見に行った。私にとっても百日紅が特別な花になるのはそう遠くないだろう。




