ブランの誕生
また少し長いですが、お付き合い下さい。
これでやっとキャラメイク終了です!
ツータの言葉に、
私が頭の中で大きな疑問符を浮かべていると、
それを見ていた彼も不思議そうな表情で首を傾げた。
「おや?ご存知なかったようですね。
…この事は結構有名な話になっていて、外では
ネットの情報掲示板などにも書かれているのですが。
他の方の担当になったAIの話でも、
来訪される方々は初めからご存知だった様ですし。」
それほど有名な話なら、
知っていて当然なのかもしれないが…
ネットに書かれている情報ならば、
私が知らないのは仕方がない事だろう。
何故なら…
私の知っているDWOに関する情報は全て、
兄とクラスメイト達から聞いた話が元になっている
からだ。
1年前にこのゲームを買おうと思った私は、
お小遣いを貯めながら
『選べる種族と、召喚士のなり方』の
情報のみを周りから聞き、それ以外は一切調べる事をしなかったのである。
(余り詳しくなりすぎると、実際にプレイした時の
楽しみが無くなってしまうと思ったからだ。)
情報掲示板の存在を知ってはいたものの、
私は基本的にゲームは自分の力で
攻略したい方なので、其方に頼る選択肢は初めから
なかった。
一瞬、
『そんなに有名な話なら、
知っていた方がよかったかな?』とも思ったが、
(まぁ…知らないなら、説明を聞けばいいか。)
と、直ぐに思い直す。
そんな訳で、私はツータによる
『プレイヤーが外見パーツを選べない理由』の
説明を受ける事にした。
すると、彼は座面の上から静かに飛び立ち、
私の視線に合うように背もたれの上に停まる。
そして、小さく咳払いをしてから明るい声で
話し始めた。
「器の作成にあたり、
『何故外見を、プレイヤー自身が選べないのか?』
という質問はよくありますが、
その答えは非常にシンプルです。
『生き物は、
自分の姿を選んで生まれてこないから』ですね。
…アヴィレードにおけるプレイヤーは
『故郷から旅立つ若者』なので、この方が
自然でしょう?」
確かに。
「ですからこのDWOでは、
我々AIが『門』で常に測定している脳波に基づき、
担当するプレイヤーの好みでありながらも、
『自分だ』と愛着を持って頂ける様な姿を提案する
形になっております。」
「なるほど。…あ、でも、姿がどうしても
気に入らない時は?」
「決定されるまで、
何度も作成をやり直す事は出来ますよ。
ただ、先程も申し上げました通り、
脳波に基づいての作成ですから。
…同じ体調や感情の状態でも、微妙に波長は
異なるものでして。
「同じ姿は2度と出来ない」と
考えて頂いた方が宜しいでしょう。」
「それじゃ、気に入ったら直ぐに決めた方が
いいのかな?」
「そう為さるべきかと。
…それでは、花芽様の現在の脳波に基づき、
プレイヤーとしての『器』を作成させて頂きます。」
そう告げると、ツータは目を閉じてしまう。
(自分の脳波から生まれる姿かぁ…。)
そう思うと、
なんとなく気恥ずかしい様な不安な様な、
不思議な気持ちになった。
少し時間がかかりそうな気がして、
ゆっくりと待つつもりでいたのだが、すぐに彼は
パッチリと目を開けてしまう。
1分も経っていなかったので、思わず
「もう出来たの?!」
と声を上げてしまった。
「はい。
『夜族・コボルド』で器の作成を完了致しました。
…こちらのキャラクターで宜しいのか、
ご確認をお願い致します。」
そう言うと、ツータの側の通路に、
ホログラムで1匹のコボルドが浮かび上がる。
「……。」
今、自分の表情がポカンとした、間の抜けた物に
なっているのが想像できた。
でも、こればかりは仕方がないと思ってほしい。
何故なら…私の視線と意識は全て、
目の前のコボルドの姿に釘付けになってしまって
いたのだから。
綺麗な薄茶色のパッチリした目。
鼻は少し高く、その周りや口元辺りまでの毛は黒い。
ピンと立った耳の先も、
少しだけ縁取る様に黒いので、
耳の輪郭がはっきりして見える。
胸元にはフンワリとした白い毛がたっぷりとあり、
暖かそうだった。
全体的に薄い茶色で、
手足の先と尾の後ろ辺りは白い。
尻尾がクルンと丸まっているのだが、
それも全体がフワフワな毛で覆われているので、
お菓子のシナモンロールみたいに見えてしまう。
そう。
そこに居たコボルドは、
ふわふわもふもふが大好きな私には堪らないくらい
「可愛いポメラニアン!!」
に、そっくり…というより、
2足歩行のポメラニアンそのままの姿を
していたのだ。
「うわぁ〜!可愛いなぁ!触りたいなぁ!
…あ、眉の所に小さく黒いブチがある!
眉毛みたいで可愛い!」
ホログラムに近づき、
はしゃぎながらその姿を見ていると、
それを窘める様に彼が態とらしく咳払いをする。
「ゴホン!…それでは、その姿で」
「この子で!!」
早くないですか?
物凄く気に入ったので!!
勢いよく即答した私を、
ツータはどこか呆れた視線で見ながら話を続けた。
「それだけ喜んで頂けたのなら、
私としてもとても喜ばしい事なのですが。
…本当に、此方の姿で宜しいのですね?」
「OKです!」
「…もう一度お聞き致しますが、
本当に器の作成を終了致しますか?」
「勿論です!」
「…もう一度お尋ねしますが。
本っ〜当に!これで作成を終了致しますよ?
変更点があるのなら今のうち」
「大丈夫です!」
「…聞いていらっしゃいませんね。」
何やら溜息が聞こえた様な気もするが、
目の前のコボルドにすっかり夢中になっていた私は、
他の事は全く気にしていなかったのである。
一応、
横の方にこのコボルドの情報が書かれた物…
ステータス画面が浮かんでいるが、
それも目に入っていなかった。
どうにかして触れないかと私が手を動かしていると、
見ていた彼は呆れたのを通り越したらしく、
苦笑しながら言う。
「それでは、器の作成は終了させて頂きます。
…では、最後にプレイヤー名を」
「『ブラン』で!」
また、早かったですね。
第一印象です!
全体が薄茶色でふわふわしているのを見た時、
ケーキの『モンブラン』を連想したのだ。
だから『モンブラン』から取って『ブラン』。
(決して、白とかのお洒落な意味では無い。)
「では、プレイヤー名『ブラン』を検索。
…検索結果、重複は確認されませんでした。
プレイヤー名『ブラン』で、登録致します。」
同一の名前が無いと聞いて、少しホッとしてしまう。
…このゲームは、
同じ名前を一応つける事が出来るらしいのだが、
ステータスウインドウの所に
「ひらがな」「カタカナ」「漢字」「ローマ字」
などで書かれ、其々のプレイヤーが区別出来る様に
してしまうらしい。
その上、余りに重複が多いと
『プレイヤー名(1)』や『プレイヤー名(A)』
などと付けられてしまうので、
同一の名前がいると分かった時点で、
別の名前にしておいた方が良いそうだ。
(これは、兄による情報だ。)
「では、以上を持ちまして、
全ての登録を終了させて頂きます。
…それに丁度、アヴィレードに到着致しました。」
ツータの言葉の直後、
汽車がゆっくりと停車した感覚がし、
続いて大きな汽笛が鳴り響く。
(それに合わせて『ブラン』は消えてしまった。
残念。)
「それでは、降車のご準備を。
…お出口は此方になりますので、私の後について
来て下さい。」
彼がそう告げ、小さく羽ばたいて降車用のドアへと
向かうのに合わせ、私もその後をついて行った。
ツータが側の背もたれに降り、
私がドアの真正面に立つ形になると、
彼は再び咳払いをする。
「それでは最後に、
このDWO内における注意事項を。」
彼の話は、このゲーム内でしてはいけない事や、
注意すべき事の説明だった。
ざっくり纏めると
・外での自分が特定される様な事は話さない。
・本名を言わない。呼ばない。
(兄に「お兄ちゃん」と呼ぶのはOKだそうだ。)
・許可無く相手の情報を見たり、
掲示板などに書き込んだりしない。
・他者に不快感を与える様な発言や、行動をしない。
・許可無く、相手の体に触ろうとしてはいけない。
・周囲や掲示板などで、
1人の人物の事を悪く言うなどの行為はしない。
(晒し、というらしい)
・アヴィレードの住人にも命があるので、
暴力を振るうなどの犯罪行為はしない。
と、いう内容である。
…まぁ、一般常識やネットマナーなどの範囲なので、
特に変わった注意事項では無いのだが。
そして最後に、
・一応、脳波によるチェックで違反者などは
即対応してはいるが、それでも迷惑行為を受けたり
発見した時などは、会社のDWO専任スタッフ…
GMと呼ばれる人に通報してくれればいい。
(GMコールと呼ぶらしい。)
との事だった。
「長々と説明致しまして、
申し訳ございませんでした。
次回よりゲーム開始時には、セーブを行い終了した
場所からの再開となりますので。
此処に訪れるのは、
大幅なアップデート時の変更の説明か、
運営会社よりプレイヤーへの説明などが発生した時
のみとなります。
…最後に何か、質問は御座いますでしょうか?」
「あ、それなら気になってる事が。」
私が気になっていたのは、
どうしてこの場所が汽車の中だったのかということ。
兄やクラスメイト達の話でも、
この場所は人によって違っていたからだ。
(兄は幌馬車の中。
クラスメイトは飛行機や船など色々。)
「それは、とても単純な理由ですよ。
『門』の装着者の脳波を調べ、その人物の『旅行』というキーワードがイメージする形に変化するように
なっていますので。」
それによると、私の『旅行』のイメージが汽車で、
同じ『旅』の連想でツータの姿が『渡り鳥』の
ツバメになった…という事らしい。
「それではいよいよ、ドアが開きます。
…本日は、『アヴィレード行きGate Keepe』に
御乗車頂きまして、誠に有難う御座いました。
花芽様の旅が良きものとなりますよう、心より
お祈り申し上げます。」
そう言って、彼がサッと敬礼すると、
それに合わせてドアが開く。
ドアの向こうは全てを塗り潰すくらい眩しい光に
溢れていて、先が見えなかった。
私は、期待に胸を膨らませながら歩き出し…
後1歩で外に踏み出そうとした時に、後ろから
「花芽様。」
と、ツータの声に呼び止められる。
「?…どうしたの?」
振り返って其方を見ると、彼は少し困った様な表情で
微笑んでいた。
「…職業は、LV20で変更する事が出来ますので。」
「?うん、知ってるよ。」
そう返事をしても、ツータは苦笑するだけだ。
私は彼に大きく手を振りながら、
外へと1歩踏み出す。
その瞬間、全てが光で覆われて何も見えなくなり…
私の意識は、再び途切れた。
何故、ツータが何度も念を押したのか。
何故最後に、
あんな事を言って困った様に微笑んでいたのか。
その理由をこの直ぐ後に知った私は…盛大に頭を
抱える事になるのだった。
ゲームに入るまでが長かったですね。
次からいよいよゲーム開始です。
ツータが何度も念を押したのは何故でしょうね?