不屈の男
とある病院の一室、厳重に隔離されたその部屋には一人の男が横たわっていた。
体中に様々なコードやチューブを生やしている男はかろうじて生きている状態だった。
前例のない不治の病を患い、余命数か月と診断された男は、その日から一年たった今もなお生きていた。
担当医すら困惑するほどの生命力。その根源は男の精神力ただそれだけ。
死にたくない、諦めたくない、その生への執着心だけで医者の想像を超えてきた。
だが、そんな男の命も風前の灯火だった。
男の脳裏に走馬燈のように浮かぶのは、今までのろくでもない人生。
この世に生まれ物心ついた時には、男は親に捨てられ施設で育てられていた
親の顔など知らなかったが、それでもいいと男は思っていた。
施設で育てられていた男は少し変わっていた。
悲しいと思っても泣くことはなく、楽しいと思っても笑わず、ムカついても怒らない、すべてに対して淡々としていた。
別に感情がないわけではないが、ただ表情に出すことがあまりにもなさ過ぎた。
そんな男に周りの子供たちは自分たちとは違う異質な者、という評価を下した。
結果、男は幼少の頃よりイジメの対象にされてしまった。
最初は距離を置いて遊び相手をしていなかっただけの子供たちは、なんの反応も示さない男に対しちょっかいをかけ始めた。
軽いいたずらのつもりで物を隠したり、わざとボールをぶつけたりなど。
それに対して男は全くと言っていいほど無反応だった。
思うところがなかったわけではない。物を隠されれば悲しいし、ボールをぶつけられれば腹を立てた。
ただ、それらの感情は結局男の中で完結してしまい、表に出すことをしなかった。
反応すれば面白がって、続けられると思い耐えることにした。
その選択が子供たちにとって面白くないことなど男にはわからなかった。
何をしても反応しない男に対し子供たちは段々苛立ちを覚えた。
何故自分たちを無視するのか、構ってあげているのだから何か反応をするべきではないのか。
そんな自分勝手な考えの子供たちの行動はエスカレートしていった。
中学から高校に上がるころには、イジメは酷いものになっていた。
暴力を振るわれることがあれば、暴言を吐かれることもある。
物は隠されるだけでなく壊されたり盗まれていることもあった。
そこで男は少し考えを変えた。
周りからの態度に怒り悲しみつつも耐えていたが、それを糧に学業に励むことにした。
自分が周りよりいい成績を出せば評価が変わるのではないかと考えた男だったが、それでもイジメがなくなることはなかった。
高校卒業後、男は進学ではなく就職を選んだ。
担任からは進学しても問題ないと言われていたが、男は遠くの地に移住したかったため就職を選んだ。
その後の男に待ち構えていたのは過酷な労働環境だった。
上司からのパワハラ、手当のつかない違法な残業に休日出勤、取引先からの無茶な要求。
休む暇もなく働く男だったがイジメられ続けた学生時代に比べればマシだと思えた。
そんな環境で働き続けた男はある日会社の通路で突然倒れた。
目覚めたとき病院のベッドにいた男は過労かと考え、いつ復帰できるか、会社に迷惑をかけてないか、ということばかり考えていた。
だが、ふと気づいたことがあった。
なぜこの部屋には窓がないのか。
なぜ自分以外誰もいないのか。
なぜ自分の体中に様々な機械がつながれているのだろうか。
男は困惑した。
上半身は動かすことができるが、下半身はベルトで固定されて動かせない。
まるで自分がベッドから離れては困るかのようだ。
そんな状況の中、突然声が聞こえた。
内容は、自分が謎の不治の病にかかり、余命数か月だということ。
治すための研究はしているが、正直助かるかはわからないと。
男はさらに困惑したが、その状況を受け入れることにした。
暴れたところでどうにかなるわけでもない。
治療してくれるなら大人しくしよう、と。
そこからは病との戦いだった。
日に日に男の体を蝕む病に男は必死に耐えた。
体がだんだん動かなくなり、様々な痛みに苦しんだ。
病だけでなく進行を遅らせるために投与した薬の副作用も男を苦しめた。
そうして一年、男は耐えに耐え続けてきたが、もう限界だった。
最近では瞬きすらもできなくなり、暗闇の中で思考し続ける毎日だった。
自分はこのまま死ぬのだろうか。
特に楽しいこともない人生だった。
幸せになりたかった。
死にたくない。
生きたい。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
もし、来世があるなら---