ポストチャイルド
古代より伝統と魔術を守りしバルセス王国。そんな王国の王都より遥か東にほそぼそと存在しているマル村。
そのまた外れにこれまたひっそりと建っている木製のぼろ家。壁には蔦が這い、所々に隙間が空いており、屋根は外れかけているが補修される気配はない。常人が見れば人が住んでいないと思われる家は村唯一の病院である。いや、病院というには少し大袈裟である。
精々診療所というのがいいだろう。そんな診療所の立て付けが悪い扉は悲鳴をあげていた。
「起きて下さい!トンプソン先生!息子を診てください!」
五つに満たない子供を背負った女性が扉を叩きながら辺りに響く声で家主に呼びかけている。時刻は夜中の2時を過ぎた所で丸々お月さんが見下ろしている。辺りは暗くこの親子を照らすのは月明かりのみ。
しかし安心なされよ。この診療所の周りには家一軒も建っておらず、ご近所迷惑になることはない。女性は切羽詰まった様子でそんなこと気にしてはいないだろうが。
「先生!トンプソン先生!!起きてっ」
彼女の祈りが届いたのか、内側から鍵を外す音が聞こえる。
「はいはい。今開けますから叩かないで下さいね。それ以上叩くとこの扉もお医者さんにかからなくてはいけなくなるからね」
中からは、女性とは正反対ののんびりした声が聞こえる。
そして何度か立て付けの悪い扉に悪戦苦闘して扉が開く。と、同時に室内の明かりで親子の姿があらわになる。小綺麗にしているがあまり上等の物ではないワンピース型の寝巻きのストールに、ヘアゴムで髪をあげている。そばかすが目立ち少しきつそうな目がさらにつり上がっている。子供のほうも同じような服であるが、荒い呼吸でほんのりと汗をかいており、頬が赤くなっている。
対する男は女性よりふた回りも大きな体で恰幅もよい。しかし怖い印象を受けないのは引き締まっていないからか、はたまた叩き起こされて閉じている目のせいなのかは不明である。
「先生!タンムスが!ひどい熱で!」
女性は背負っていた息子の負担をかけないように、前に持ち直した。先生と呼ばれている男はタンムスと呼ばれた子供に顔を近づけると腕をとり何かを測っている。
それが終わると、女性から子供を受け取りベットに寝かし、口の中を見る。
そして手を握れる?左足をあげてみて。等何かを確認していく。そして女性に向き直って疲れた笑みを浮かべた。
「ふむ………風邪ですね。アンノさん、タンムス君はまたデーズ川で遊びましたね」
「………はい」
「もう冷え込んで来ていますから気をつけるように」
アンノと呼ばれた女性は病名を言われた後、ホッと一息ついたと思ったら、まるで悪戯がバレたみたいに顔を赤くした。そして消え入りそうな声で頷いたのであった。
その後処方箋を出したトンプソンはお礼を頂くと、親子を玄関まで送ると何かを思い出したかのように、少し待つように親子にいうと先ほどの部屋とは違う部屋に入っていった。
数分後出てきた親子はもう一度トンプソンに頭を下げて歩いていった。
来た時とは違っておぶられているタンムスの顔は穏やかで、少し汚いが暖かそうな毛布に包まっていた。
「まーた必要以上のことをしたなクソ親父」
アンノ親子を見送って扉を閉めると後ろから不機嫌な声が聞こえる。
振り返ると不機嫌そうなもうすぐ青年へ移り変わろうとしているであろう少年が椅子に腰掛けていた。
「いやぁ…キース起きちゃったかい」
「あんなにドアを叩かれちゃな。それより前も言っただろ。自分の身を削るような真似はすんなって」
「いやいや必要以上にお金をもらってしまったからね。その分だよ」
頭を掻きながらトンプソンは息子を見る。
少年は意志が強そうな目に高い鼻で薄い唇をしており、親父と呼んだトンプソンには似ても似つかない容姿である。
「何が必要以上だぁ!赤字ギリギリの貧乏診療所が!家の補修すら出来ないくせによぉ!ブルブルと震えて眠りやがれ!」
そしてキースはトンプソンに聞こえるように舌打ちをして立ち上がると椅子を叩きつけるように机にしまい、自分の部屋に戻って言った。
「あちゃーまた怒らしちゃったよ…はぁ明日はあいつの好きなキマロンの煮付けを作ってやるか。いや、そうすると今月の食費が…いやでもなぁ」
そんななんとも情けない台詞と共にトンプソンも自室へ戻って行く。部屋にはベットと本棚部屋を照らすランプと机しかめぼしいものはない。もちろんベットには毛布はない。
トンプソンはかけてある白衣を毛布代わりにしようと決め横になった。
すると部屋の扉がドンと蹴られた音がする。
はて?と立ち上がり扉を開けると隣のキースの部屋が閉まったのが分かった。こんな事するなんて珍しいと首をもう一度横に倒すと足元に毛布が落ちているのが目に止まった。
申し訳なく思ったトンプソンは返してやろうと毛布を拾うとそれが半分になってる事に気付いた。
(これで返すのはあの子の気持ちを無下にしてしまう………本当に優しい子に育った。メルザ、お前にそっくりだよ)
トンプソンは踏み出した足を引っ込め自室へ戻った。毛布はやはり短く足まで覆うことは出来ないが白衣を被る気にはならなかった。
トンプソンは気づいていた。なぜキースが苛立っていたのか。いつも口を酸っぱく言われているから。
『おい!クソ親父!どんな患者でも、俺が寝ていても叩き起こせよ!』
口は悪いが少しでも負担を減らそうと、父の手伝いをしようとするキースの台詞。
だが、トンプソンはいつもキースを起こす事はしなかった。その度に今日のように不機嫌になるのだ。
トンプソンは足が出ているし隙間風が吹いているが、とても暖かかった。
(明日はキマロンの煮付けにしよう)
そんな事を思って眠りについた。
次の日朝起きて、リビングに行くとパンと目玉焼きが置いてあった。
「相変わらず早いなぁ」
トンプソンはキッチンにいき自分の背丈ほどの石で出来た箱を開ける。その箱からは冷気が漏れ出してきている。そこからメルの乳が入った容器を取り出しをコップに入れた。そして棚から三つの皿を出して箱から今度は赤茶色の手のひらに収まる団子を三つ取り出して皿に乗っける。
それを居間の机の下に二つ、窓を開けて窓際におく。
「ダム、スー、カップご飯だよ!」
手を叩きながら声を張ると、外から優雅に飛んでくる小振りだがふっくらとした毛並みの良い羽を羽ばたかせて一羽の鳥が飛んでくる。灰色がかった体に小さいが鋭いくちばしに頭の鶏冠が特徴だ。
そして居間の端ある二つの小屋の様な物からサッと出てくる四足歩行のほっそりとした獣が出てくる。真っ黒で目が金色で生意気そうな雰囲気を纏っており自分の身長ほどある尻尾を体に巻きつけて皿の前で止まる。耳は頭の上でぴょこぴょこ動いていて大変可愛らしい。
もう一つの小屋からはガタンと音が聞こえるが出てくる気配はない。
「カップ、スー、おはよう。全くダム!またお前が最後だぞ!」
そう言って小屋に近づいて中に両手を入れて、スーと呼ばれた獣より一回り大きな赤紫の生き物を抱える。
「ダム!またお前太ったな!ったく!ほら自分で歩くんだ!」
そう言ってダムと呼ばれた豚鼻の短く丸まった尻尾がゆっくり動いている生き物を地面に降ろす。ダムはヨロヨロとまん丸した短足を使って歩き出しなんとか皿の前で止まる。
『遅いわよ。優雅な朝食に相応しくないわね』
スーと呼ばれた獣が尻尾でダムをつつきながら言う。
『まぁよいではないか。それより私は腹ペコだ』
『ごめんよ〜ス〜謝るからつつかないで〜』
ダムはよろけながら謝る。
窓際に器用に止まっているカップと呼ばれた鳥がトンプソンを見る。
よし。と言って席についたトンプソンは頂きますと言って、パンに齧り付く。それを見た三匹は一斉に団子を突き崩し食べ始める。
「さて、俺は定期診察しにカク村に行くから少し遅くなるよ」
皿洗いを終え着替えトンプソンが三匹に今日の予定を告げる。
『それはいいんだけど、ミハイルあなた……太ったわね』
「うっ……それは」
丸いクッションで自分の毛繕いをしていたスーがトンプソンのお腹をチラリと見てぼそりと呟く。
『いいじゃないか〜丸くても。ミハイル〜僕と同じだねぇ〜』
「えっ…そ、そうだな…」
フォローされたのかよくわからないダムの台詞に自分のお腹をさすりながら考え込むトンプソン。
『ダメよ。許さないからねそんなの』
キッ!とダムを睨むスー。
『え〜いいじゃん。それに僕はどんな姿でも気にしないけどなぁ〜』
『そうだな。どんな姿でも主に対する気持ちは変わらないであろう。もっとも主に敬愛以上の気持ちを持ち合わせている者は別であろうがな』
ダムの上に爪を立てない様に止まっているカップがスーをチラリと見て面白がる様に言う。
『〜〜〜〜!!私だって!気にしないわよ!何よ二人して!私はただ昔の格好いいミハイルに……もうしらない!』
スーはカップの言葉に立ち上がり尻尾を伸ばすと、少し寂しそうに呟き開いている窓に飛び上がって出て言ってしまう。
『ヘソを曲げてしまったな主よ。どうやって機嫌を直すのか楽しみにしておこう』
『おこう〜〜!』
「勘弁してくれよ……お前らのせいだろ」
『元はと言えば主がだらけているのがいけない。最近まともに体を動かしていないであろう』
一つ深いため息をして、机の鞄を持って、じゃあ行くから。と告げて出て行こうとするトンプソンにカップが呼び止める。
「なんだい。そろそろいかないとまずいんだけど」
『申し訳ない。だが少し不安な噂を聞いてな』
足を止めカップに振り返り先を聞こうと見つめる。
『どうも帝国の愚か者どもがきな臭い動きをしているようだぞ』
「帝国か……まぁ、それならラッドがなんとかするだろ」
『だといいが、まだ定かではないが勇者召喚などという物騒な噂を聞いては臆病な私は主に伝えない訳にはいかないだろう』
「!?勇者、召喚だって…」
『あぁ。まぁ確証はないのだが。帝国側の同胞が最近化け物を見た人間を見たと、言っていてな』
トンプソンは黙り込んで、何かを考えこむようにしてお腹をさすった。
『ミハイル〜いかなくていいの〜?』
間延びした声にハッとしたトンプソンは慌てて時計を確認する。
「!?しまった!カップすまないが出来るだけ詳しい事を調べてみてくれないか?」
『かしこまった』
「よろしく!じゃあ行ってくる!」
鞄を掴んで慌てて出て行くトンプソンを二匹が見守っていた。
(雲行きが怪しい)
雨合羽を持ってくれば良かったと、後悔しながらマル村をひた走るトンプソン。
「あら先生また遅刻かい?」
「いやーお恥ずかしい」
「おはようございます先生」
「おはようございますフラグさん」
「せんせー頑張ってね!」
「おう!せんせー頑張っちゃいます!」
等と村人と言葉を交わしながら村の魚屋に入る。
「おう。先生じゃないかどうしたんだ?」
中には鉢巻をした強面の親父が腕組みをして立っていた。
「すみません。キマロンを一匹今日買いに来るのでお願いします!」
「まーた、キース君怒らしちゃったのか!懲りないねー」
「はは…まぁそういう感じです。では夕方には取りに来るのでよろしくお願いします」
「はいよ!じゃあ気をつけて行ってきな!最近物騒らしいからな。村唯一の医者が倒れたら洒落にならねぇからな」
会話の途中で出て行くトンプソンに豪快な笑い声が聞こえた。
「エブさん!クーロン出せますか?」
少し走ると木造の建物が見えてきた。その前で掃き掃除をしている老人に呼びかける。
「先生おはよう。今日もギリギリだなぁ。クーロンは裏で準備万端だ」
「ありがとうございます!」
エブは老いを感じさせない動きで後ろを指差して笑う。
そんなエブにお礼を言いつつ横を突っ切る。この建物はシュンという四足歩行の移動用の生き物を飼育と預託してくれる場所である。息はもう絶え絶えであり、密かに体を本格的に動かさないといけないと誓うトンプソンであった。
建物の裏に行くと四足歩行の自分の胸あたりの高さの長い四肢をした生き物がただづんでいた。その横には成人仕立てのエブの孫娘のアルが立っていた。美しい金髪をおさげにしてお日様のような笑顔を浮かべている。
「おはようございますトンプソンさん!」
「おはよう…はぁはぁ…アル。残念ながら今日は君とお話し出来る余裕はないんだ」
「……ふーんそんなこと言うんですか〜ふーん」
「ごめんな」
そう言いつつクーロンに跨る。ガッチリとした筋肉を持ちつつ優雅さを漂わせているクーロンの頭をポンポンと撫で、少し飛ばしてくれるか?と語りかける。
クーロンは息をフッと吐き、身震いをする。
「トンプソンさんお喋りしている暇はないんですよね?」
「あ、あぁ…帰ってきたら存分に語り合おうアル」
再度確認するアルを、不審に思いつつ出発の準備を進める。
「そっかぁ〜じゃあこれは渡せませんね。そんな余裕ないですもんね、せっかく作ったのに残念です。ね、クーロン」
ちっとも残念そうでないアルが胸の前にバスケットを掲げる。そこからは香ばしい肉とパンの匂いがする。
「そ、それは!?」
「トンプソンさんの大好きなアカの卵サンドです。トンプソンさんのお昼にしてもらおうと思って作ったんですけど、おじいちゃんのお昼ですね」
ふん。とそっぽを向くアル。
「アル〜あんましおじさんに意地悪しないでくれよ」
好物を前に情けない声をあげるトンプソン。
「ふふふ。嘘です。ごめんなさい。少しでも貴方と話したくて意地悪しちゃいました!ここに括り付けて置くので食べて下さいね!よろしくねクーロン貴方の分もあるからね」
クーロンの横っ腹の紐にバスケットを括り付けるとクーロンの顔を撫でて話しかける。
嬉しそうに鳴くクーロンの手綱を持ちアルにお礼を言う。
「ありがとうアル!じゃあ行って来る!」
「行ってらっしゃい!お帰りを心待ちにしてます!お気をつけて!」
元気よく手を振るアルに手を振り返し村を囲んでいる柵の唯一の隙間…入り口を抜けていく。
『いい子だなミハイル』
「あぁ。今日1日頑張れるよ」
物凄いスピードで森を進んでいくクーロンがトンプソンに話しかける。不思議とバスケットは少しも揺れていない。
「彼女がお嫁に行く時は泣いてしまいそうだよ」
『……お前は。いやいい』
「なんだよ。俺らに隠し事はなしだろう」
『だからこそだよ、それよりミハイル…』
「なんだい?」
『重くなったな』
「うぐっ!それは言うなよ…」
『俺らに隠し事はなしなんだろう』
がっくりと項垂れるトンプソンとは反対に一層速度を上げるクーロン。
森には力強い蹄の音が辺りに轟いた。
診察を終えて再びクーロンに跨り帰り道を急ぐトンプソン。
「なんとか持ってくれた様だな」
『そうだな。それにしては浮かない顔をしているなミハイル』
「あぁ…どうやら本当に帝国が動いているみたいだ」
『あいつは何をしているのだ』
「ラッドも忙しい身だからな。何も無ければいいんだけど…」
そんな言葉に反応したのか遠くで雷鳴が聞こえた気がした。
村に帰り、アルにお土産のチコの飴をあげて頭を撫であやした。
『子供じゃないんですよ』
といいながらニヤニヤしているアルにやはりまだまだ子供だなぁと思い頬を緩くするトンプソン。
帰りに魚屋により帰宅する。診療所唯一誇れる大きくて立派なポストには手紙が一枚入っていた。
「…プラテラスか。一体なんだろうか」
トンプソンは古くからの友人の手紙を自室の机に置いて調理を始める。
キースは風呂に入っている様で、リビングにはダムしかいない。
『ご・は・ん!ご・は・ん!』
「はいはい。すぐ出来るから待ってろよ」
そう言ってキマロンを捌いていく。
程なくして部屋中に食欲をそそる匂いが充満した。
「では食べよう」
「…おぅ」
夕食の席には親子とダムしかいない。スーはどうやらまだヘソを曲げているようで、カップも帰ってきていない。
食べ盛りなキースはキマロンの煮付けにフォークを使い齧り付く。と、同時にキツイ目が少し下がるのがわかった。
「なんだよ。俺を見てねーでさっさと食えよ!」
「悪い悪い。美味しそうに食べるからさ」
舌打ちをするが手が止まる様子はない。
そんなキースに微笑みながらトンプソンも食事を始める。
夕飯も終わりかけになってきた時トンプソンはキースに話しかける。
「キース、今日は森に入ったかい?」
「…あぁ」
「そうか…どうだった?」
「親父が主語が足んない。少し嫌な感じがしたか。ギルド側もなんかピリついてたな」
ため息をつきつつ答える。
(やはり…)
一人考え込むトンプソンにまたもやため息を吐くキース。ダムは食事を終えると直ぐにお尻をフリフリさせて小屋に戻っていった。
「なんかあったのか?」
「…いや、多分これから起きるのだろう。何がかはわからないけど」
「…そうか」
「まぁなんとかなるよ」
「ふん」
と言いつつ食器を片付けるキース。自分が洗おうと言うと、座っとけ!と怒鳴られるトンプソンはぼそりと呟く。
「…少し鍛えようかな」
特に気にも留めずに呟いたものだった。
「四時起きだ」
キッチンから声が聞こえる。
「へ?」
間抜けな声を出してしまう仕方がない。するともう一度四時起きだと告げられる。
そこでやっと稽古に付き合ってくれることに気づいたトンプソンは思わず笑ってしまう。
「ッッ!いいから早く風呂入って寝ろよ!クソ親父が!」
「はいはい」
キースに言われた通りに早めに寝ることにしたトンプソンはベットで手紙を開ける。
そこには、息災か?今度会いにいくといったなんの遊びもない言葉が綴られていた。
(これは…厄介ごとだろうなぁ)
そう考えつつ明かりを消し寝ることにした。頭には堅物の友人を思い浮かべながら。
昨日と同時刻、空には月は浮かんでいない。月明かりの代わりに雨粒が村に降り注いでいた。そこに一頭のシュンが駆け込んでいく。乗り手は銀の重層な鎧を着て顔を隠れている。こんな国外れに騎士がいるのもおかしいのだが、しかしそれ以上に目を惹くのは後ろに包んでいる布袋である。
よく見ればもぞもぞと動くのがわかる。
騎士は診療所の前で止まると無駄のない動きでシュンから降り、ポストに後ろの布袋を優しくいれた。
「すまん。俺にはお前を守れない。ここが一番安全なんだ。こんな事を言うのは騎士失格だが強くなれ、自分の身は自分で守るんだ」
騎士は女性が聞けばうっとりするような綺麗な声で話しかけ、最後に必ず向かいにくる。と言って扉に腰の短剣を投擲しシュンに飛び乗り村から走り去っていった。袋はもぞもぞと動いたが最後の台詞を聞いて大人しくなった。
タン。と言うような音が玄関から聞こえ、トンプソンは目が覚めた。
「……」
何かが刺さった音だと気付いたトンプソンは慎重に部屋からでる。するとキースも起きてきており部屋の前にいた。手には小さい頃プレゼントした銅剣をもっておりいつも以上に険しい顔をしている。
トンプソンは一つ頷くと、ゆっくりと玄関に近づいていく。
耳を澄ますが外からは雨音しか聞こえない。
意を決し扉を開ける。が、誰もいない。扉を見ると短剣が刺さっている。
トンプソンがそれを引き抜き家紋を眺めハッとすると、キースがポストを開けていた。
「親父!」
冷静なキースから焦燥の混じった固い声が聞こえ急いで向かう。
そこにはもぞもぞ動く大きな布袋が異様な空気を醸し出していた。
「親父…」
キースの声を聞きつつ恐る恐る手を伸ばしてみる。そして触れると仄かな温度を感じる。と同時にトンプソンは布袋を縛っている暇を急いで解く。
「おいおい…勘弁してくれよ…」
トンプソンの呟きは雨音に紛れ消えていく。
布袋の中にはキースより一回り小さな人間が、そこにいた。
親方ぁ!ポストに人間がぁ!