モスキート〜女たちの戦場〜
「総員! 配置につけええぇぇ!」
隊長のかけ声で私たちはそれぞれの持ち場に行く。
チーム『モスキート』日本支部の、今回の獲物は雄。
髪の後退具合と脂肪の量、ずっと画面を見つめていることから、四十代半ばの無職と思われる。
「No.0どうだ!?」
「異常ありません!」
No.0。
それが私のコードネーム。
私の主な役割は敵の偵察だ。
隊長の元に駆け寄り、結果を報告する。
「そうか……ファイブで行こう」
隊長は静かにそう言った。
つまり、総員三十のうち、五で攻めるということである。
「No.4! No.15! No.22! お前たちと行こう! 他の者は基地に戻れ! ……No.0。お前もファイブに加われ」
「はっ!」
やった、選ばれた!
実は私たちモスキートは、生命体を育てるために『血』を必要とする。
全ては生きるため、生かすためだ。
絶対、今回の作戦を成功させてみせる!
……
そう意気込んではいたものの、正直。
「っく。なんて風だ!」
今回の作戦は無謀にも等しかった。
獲物を殺すことは簡単である。
隙だらけだし、いつでも狙うことができるだろう。
ただ、罠が多いのだ。
私たちは攻撃手段として、空中戦をよく用いる。
いや、本当のことを言うと、空中戦以外に勝ち目がないからだ。
しかも、ただでさえ空中戦では負けられないというのに、その際に使う羽は、かなり性能が低い。
強い風が一度吹けば、飛行は厳しくなる。
「No.0! 裏から回り込め!」
裏……。
ああ、そこか。
私は台風発生装置の真横に突っ込み、切り抜けた。
他の隊員たちを見ると、皆が台風発生装置から距離をとって、獲物まであと一メートルというところまで接近していた。
No.22が攻める。
彼女は羽を上手く使って移動し、標的の首に針を向ける。
あともう少し!
そう思った瞬間、標的は動き出した。
二本の腕を上空へと伸ばす。
そして、変な呻き声をあげた。
「No.4! 避けろ!」
隊長が叫んだ。
標的が両腕を振り下ろす。
手はそのままNo.4に命中した。
「No.4ォオオオオ!」
No.22が助けに入る。
しかし、彼女はその動きを止めた。
彼女の顔を見れば分かる。
No.4は……死んだ。
ああ。
これが前線の恐怖か。
体の震えが止まらない、怖い怖い怖い怖い。
……でも、戦わなきゃ。
モスキートの隊員は、世界中に七十億を超えるほど存在している。
そんな中から見れば、一の死はたいしたものじゃないかもしれない。
けれども、私にとっては大切な仲間だ! 必ず仇を討ちたい!
そう考えているのは、私だけじゃないらしい。
No.15とNo.22がそれぞれ、標的の両サイドから攻めに入った。
「早まるな! 引き返せ!」
標的が急に両腕を振り回し始めた。
隊長の叫びは届かない。
標的の両腕はNo.15とNo.22に当たる。
どちらも勢いのままに、吹っ飛ばされた。
……
即死だった。
皆、あっという間に死んでしまった。
No.22の死骸は特に酷く、バラバラに散っていた。
「No.0。これが外の世界、人間の世界だ」
隊長が私に駆け寄る。
彼女は戦い慣れた戦士の顔——真顔だった。
「隊長……」
「怖いのなら、帰っても良いぞ。ただ私は、生命体のためにも逃げ出す訳にはいかん」
生命体のため。
隊長は自分のことなんて考えてもいないんだ。
ずっと誰か、他を思いやってきたんだ。
「私も……私も戦います! 必ず奴を倒しましょう!」
「ああ、死ぬなよ」
……
作戦はこうだ。
私は画面に向き合っている無職の足下を狙って近づき、露出している部分に針を突き刺す。
その間、隊長は標的の動きを確認し、異常があれば私に伝える。
「ッ! No.0! 右へ旋回!」
「はい!」
隊長に言われた通り、旋回する。
それと同時に、丸太のように太い足が動いた。
「さすが隊長……」
もし、あのまま真っ直ぐに飛行していたら、きっと私は死んでいただろう。
戦闘経験豊富な隊長がいてくれて、本当に良かった。
「ぐはっ!」
ふいに何かが打つかってきた。
ゆっくりと振り返ってみると——。
「隊長!?」
「馬鹿め、右に旋回しろと言っただろう」
隊長が、羽を半分失っていた。
モスキートにとって、羽がないということは死を意味する。
「訓練を忘れたか! 右と言えば、指揮官から見て右だろう!」
そうだった、どうして忘れていたんだ。
緊張のせい? 恐怖のせい?
私のせいで隊長が……。
「No.0! 貴様の目的は何だ!」
「私の目的は……血を入手すること、奴に復讐することです」
「ならば落ち込んでくれるな。死んでも戦え、それが私たち弱き者の生きる道だ」
「でも、隊長——」
「いけ!」
「……はい! どうかご無事で!」
……
「お母さん! 隊長さんが遊びにきたよ!」
「こらこら。私はもう隊長じゃないよ」
心地よく眠っていたところを息子に起こされた。
なんだか、長い夢を見ていた気がする。
懐かしくもはかない、とても昔の夢だ。
私も老いた。
息子だって立派に育ち。
「お久しぶりです、隊長」
「ああ、本当に久々だな。No.0」