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裏がない
「そうですね」と応えようとしたのに声が出ず、頬を伝う冷たいものを感じた。
「ちょっと、…泣いてるの?」
「あれ?」
あ、今度は声が出た。僕は慌てて袖口で左目の下辺りを擦った。
お義母さんは笑顔で僕を見つめた。
「ほら、グラスを取って。」
「あっ、す、すいません。」
僕は目の前のビールグラスを両手で抱えると、お義父さんはなみなみとビールを注いでくれた。
「冴子もこんな風にまっすぐにいきたいもんだな。」
冴子はふんとそっぽを向いたようであった。
後で聞いた話だが、裏がない松風には隠し事など悪いことがなく、この一年も真っ直ぐに生きられるようにとの願いが込められているそうだ。