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分かっちゃいるけど
僕はなんとなく野間さんを逃したくなくて、銀山コーポさんの方へと付き添って行った。
「いやあ、久しぶりにあそこへ行けてよかったよ。」
「今日のブレンド、一段と旨かったね〜。」
なんて、そんな他愛もないお喋りに付き合って。野間さんは実にご機嫌で、さっきまで貝のように口をつぐんでいた男性とは思えないほど、饒舌に喋り続けた。会社の前まで来て、深々とお辞儀をし、顔を上げた瞬間に野間さんがこう言った。
「ダメだね、須藤さん。」
つまり、僕が営業マンとしてどれだけダメかってことを言わんとしていた。僕はもう分かっていた。
「そういうとこだよ、角水さんに発注しちゃうのは…」
野間さんはそれ以上言わなかった。僕も、それ以上聞かなかった。アイミツにしたって、どうせ角水さんとこにいっちゃうんだって僕にだってもう分かって、だから聞かずにその場を去った。