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野間さんたら
僕が椅子を引こうとしたら、野間さんは左手で僕を制し、マスターの顔を眺めたまま席に着いた。
「ブレンドでよろしいですか?」
「ああ。」
僕はしまったと気づいた。無類のコーヒー好きの野間さんがこの店を知らないはずがないことに気づかなかった。そして、廻り道までしたことを。若旦那と質事然とした二人の空気に、僕は気後れした。
マスターがコーヒーを丁寧に入れる姿を眺めたまま、野間さんは呟くように僕にこう言った。
「いいんだよ。ここに来るのは久しぶりなんだ。」
なんだろうこの人は。四〇も手前だろうに、僕の気持ちまで見透かしているんだろうか、この野間さんという人は。