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小料理屋では
もうちょっと、これ以上は寒さに耐えられないというところで店に着いた。どきどきを精一杯にひた隠す。
店には客がいない、無理もない、こんな高層ビルの間の小路に小料理屋があるだなんて、誰も想像し得ない。
でも店内は明るくて、温かくて、奥から出てくる草履の音が心地良い…、あれ?
「いらっしゃい。」
「あ…、はい。」
美しい笑顔のご婦人というか、初老と言うには早いけれど六〇代とは疑われる女性、品の良さの塊といった風情の、白い清潔な割烹着で人らしさを纏ったような女将さんが上品な笑顔を見せてくれた。
「どうぞ座って。おビールでいいかしら?」
温かいおしぼりを差し出され、右手に抱えたコートを椅子の背にかけながら、カウンターの端の席に座りかけた。