惚れ薬とあいつ
「本当に申し訳ありません」
目の前の人はそう私に謝った。
「本来、聖女様となり、豪華な生活をされるはずでしたのに……」
「い、いえ。大丈夫です」
突然ですが、今、私は今までにない混乱により、頭がパニックに陥っています。
気がついたら、この周り真っ白な空間にいて、「えっ、なに?もしかして私、ネット小説とかで流行りの異世界行っちゃう感じ?」とか思ってたら、目の前にいるこの男の人がどこからともなく現れて、謝られました。なんか、冗談ではなく、本当に異世界に送りこもうとしてたんだけど、異世界の神様のミスで、行けなくなったみたい。まぁ、正直、「異世界の神様、ナイス!」って大声で叫びたい。だって、私、普通の女子中学生ですよ?まだまだ未来あるし、やりたいことあるし、友達だっているし。なにが悲しくてそっちの世界に行かなきゃ行けないの?そんな理不尽、やめてほしい。
「そのお詫びと言ってはなんですが、これをどうぞ」
そう言って差し出されたのは、小さなかわいらしい小瓶。中には淡いピンク色の液体が入っている。
「……これは?」
「惚れ薬です」
……えーっと。
「その名のとおり、好きな人に自分を好きにさせることができます」
いや、それは知ってるよ?
「こんなものでお詫びなどというのは、図々しいことは重々、承知しております。ですが、どうか、許していただきたく……」
「いえ、ほんと、お気になさらず。というか、お詫びとか、要りませんから。気持ちだけで結構です」
というより、惚れ薬とか、けっこう高価なものな気がするの私だけ?人の感情を操るものとか、なんとなく高価なものな気がするんだけど。でも、向こうの世界は魔法やらなんやらが普通にあるファンタジーな世界らしいから、このくらい普通なのかな?まぁ、そんなの説明だけ今、聞いていた私にはわからないんだけど。
「いえ、そういうわけにはいきません。せめてこれだけでも受け取っていただきませんと」
ピピピピピピピピピピピピピピピッ
男の人がそう言い終わった瞬間、遠くで電子音が聞こえた。
「ああ、もう時間です。では、失礼させていただきます。今回は本当に申し訳ありませんでした」
そう言って綺麗にお辞儀する彼に言いたいことがたくさんあるにものの、無理やり意識が引っ張られていくような感覚に私は逆らえなかった。
「どんな夢だよ……」
起きて早々、私はそう呟いていた。
「ん?」
そして、手のなかになにか硬いものがある感覚に疑問を覚え、視線を向けた先にあるものを確認し――溜め息がでた。
「はぁ……」
私は今日、何回目になるかわからない溜め息をついていた。原因はもちもん、手のなかにある惚れ薬だ。
結論から言おう。私には好きな人がいる。かれこれ八年と数ヶ月の片想い続行中だ。こないだ数えてみて、今までの人生の半分以上の片想いとわかったときには、少し自分でも引いた。でも、しょうがないじゃない。好きなんだから。
まぁ、そんなんだから、茶にでも混ぜて彼に飲ませちゃえばいいじゃん、とも思うんだけど――そんなんで好きになってもらってもなぁ。私の今までがなんだったんだということになる。いや、逆にだからこそ、もういっそのこと飲ませちゃえ、っていうのがあるんだけど……。
ああ、もう、考えすぎて頭痛くなってきた。
そんな時だった。彼からの声が聞こえたのは。
「どうしたの?なんか今日、たくさん溜め息ついてるけど」
あんたのせいだよ、半分は。そしてもちろん、もう半分は異世界の神の使者とか言ってたあの人のせいだ。
「……なんか、悩み事なら相談にのるよ?だから、睨まないで?……ね?」
「別に大丈夫。ありがとう」
彼の申し出はすごくありがたいが、こればかりは彼には話せない。
「ところで、その手に持ってる小瓶はなに?」
……そこはつっこまないでほしかったかな。うん。
「なんでもないよ。気にしないで」
「ふーん。きれいだね。……それで、なにを焦ってるの?」
「…………なんのこと?」
「知ってた?サリナって焦ると、左下に視線がいくんだよ」
……言われてみればそうかもしれない。
「この小瓶と今日のサリナの溜め息の多さは関係してるの?」
「……さぁね」
ついでに言うならあんたも関係してるよ。
「まぁ、言いたくないんだったらいいや。……ねぇ、これの中身ってなに?なんかいいにおいがするんだけど」
「あ、飲んじゃだめだからね。それ」
「へぇ、飲み物なんだ。これ。なんかの薬?……そんなわけないか。錠剤か粉薬が普通だもんね。でも、だとしたら本当になに?」
「薬であたってるよ。ただ、特別なの。その薬は」
ああ、ここが私のだめなところだ。好きな人ともっと話していたいがために、余計なことまでしゃべってしまう。
「ふーん。俺だけにこっそり教えちゃくれない?」
彼も彼だ。「俺だけに」などと言われてしまえば、私が話さないわけないのに。
「……でも、言ったら絶対に笑う」
「笑わないよ?だから教えて?」
「……絶対?」
「絶対」
「……………………惚れ薬」
「……嘘」
「嘘じゃない。大体、私は嘘はつかない」
「…………まぁ、いいや。それじゃあこれは惚れ薬ということで」
どうやら信じてくれたらしい。まぁ、彼も長い付き合いのなかで、私が彼には嘘をつかないことくらいわかっているのだろう。
「それで、誰に飲ませるつもりだったの?」
「えっ」
急に彼の顔が怖くなる。
「この惚れ薬を、サリナは誰に飲ませるつもりだったの?ねぇ、教えてよ?」
ぐっと彼との距離が近くなる。
周りを見ても最終授業が終わってからかなり時間がたつ。残ってるのは私と彼くらいのものだ。
怖い。なにが悪かったのかよくわかんないけど、とりあえず今は彼の顔が怖い。
「えっと……なんで怒ってるの?」
おそるおそる聞いてみる。
「別に怒ってないよ?ただサリナに質問の答えを聞いてるだけだよ?」
いや、完全怒ってますよね?優しい聞き方しても目が笑ってないよ?
「………………秘密」
ようやく私が出した答えはこの二文字だった。
だって言える!?本人の目の前で、「いやー、あなたに使おうかどうか迷ってたとこなんです」なんて。言える!?
「…………まぁ、しょうがないか。無理に聞き出せないし……。じゃあこれは返しておくよ」
……なんだかなぁ。こいつに私が他の男に気があるなんて思われるのは、やだなぁ……。
「それなんだけどさ、もっててよ。あんたが」
「……これを?」
以外だったらしく、けっこうびっくりしてる。
「そう。ただ、約束して」
「約束?」
「これをただ管理するだけにして。絶対に誰かに使わないで」
惚れ薬を使って私以外の女があんたにデレデレしてるとこなんか見たくないんだよ。
「……わかった。サリナがそれでいいんなら。それにしても残念だなぁー」
「なにが?」
「いやー。これを使えばサリナを俺にベタ惚れにさせられたのになーって思って」
…………。え?
一気に、体が熱くなる。
「それじゃ、これは俺がもっとくから。また明日ねー」
それだけ言うと走っていってしまった。
……まぁ、いいか。困った薬の処理はできたわけだし。
頭をかきながら、私も下校するために歩きだす。
惚れ薬なんて使わなくてもお互いがお互いにベタ惚れですね。
今までの作品は一ヶ月くらいかけて作ってたんですけど、これは二日でできました……。なんででしょうね……。
なにはともあれ、楽しんでもらえれば、幸いです。